第六章 顔面パイと月下のイモッカップラーメン
戦いの後始末と、血なまぐさくない特売日
「いらっしゃいませー! 本日はリニューアルオープン記念特売日です! ポポロ村水産組合の朝どれマグローザ、そして採れたての太陽芋がお買い得ですよー!」
ポポロ村のメインストリートに、俺――折原晴也のよく通る営業スマイルの声が響き渡る。
爽やかな秋晴れの空の下、スーパー折原の店舗前には、開店を待ちわびていた村の主婦たちや非番のルナミス帝国兵たちが、特売のチラシを握りしめて長蛇の列を作っていた。
「あら店長さん、お店すっかり綺麗になったじゃないの!」
「前のガラス窓よりピカピカねぇ! お肉のパックもたくさん並んでて嬉しいわ!」
次々と店内に吸い込まれていくお客様(利益の源泉)を迎え入れながら、俺は胸の奥底から込み上げてくる熱いものを感じていた。
「……はぁ。やっぱり、これだよな」
俺は、真新しく張り替えられたガラス窓や、ピカピカに修繕された木製の陳列棚を愛おしげに撫でた。
数日前。炎上神ワイズの非道なヤラセ配信と、偽勇者ゼロスによる村の焼き討ち計画によって、このスーパー折原は絶体絶命の危機に瀕した。
魔物の大群が押し寄せ、神話級のステータスを金で買った偽勇者の剣圧によって、店舗のシャッターはひしゃげ、窓ガラスは割れ、特売品のワゴンは無惨にひっくり返された。
あの時は本当に、俺の寿命と胃壁と、何より当月の売上目標が完全に終わったと絶望したものだ。
だが、従業員たち(神や魔王、竜人にアイドル)との夜通しの徹夜残業による突貫工事と、ルルナの善行ガチャで出した地球の工具のおかげで、店は驚異的なスピードで元の姿を取り戻した。いや、むしろ以前よりも機能的で美しい店舗へとリニューアルを果たしたと言ってもいい。
(血なまぐさい戦闘とか、神話級のオーラのぶつかり合いとか、もう二度と御免だ。俺みたいな小心者の小市民には、こうしてエプロンを締めて、レジの小銭を数えながら特売のチラシを配っている日常が一番性に合っているんだよ……)
俺は深く、深く深呼吸をして、平和な日常の空気(と惣菜の揚げ油の匂い)を肺いっぱいに吸い込んだ。
「オラァッ! そこ、汚れてるわよ! 私の魔王軍仕込みの『漆黒のモップがけ』で、床のタイルを鏡のように磨き上げてやるわ!」
店内では、アバロン魔皇国を統べる絶対的な魔王ラスティアが、指定の緑色エプロンを身につけ、汗水垂らして床掃除に励んでいた。彼女がモップを振るうたびに、微弱な闇魔法がチリやホコリを完全に消滅させていく。
「ちょっとラスティア、モップの柄が邪魔よ! 今、特売の『ずっ友ロコシ』の陳列のゴールデンライン(一番客の手に取りやすい高さ)をミリ単位で調整してるんだから!」
その横では、ピンクの芋ジャージ姿の天界のトップ・女神ルチアナが、ポポロシガーを耳に挟みながら、真剣な顔つきで商品の陳列を行っている。
「あんたたち、神界と魔界の威厳はどこに置いてきたのよ……。完全にスーパーの優秀なパートタイマーじゃないの」
レジカウンターの隅で、人参ジュースを啜りながら月兎族の村長・キャルルが呆れたようにツッコミを入れている。
「ガッハッハ! プロデューサー! 倉庫のバックヤードから、追加の太陽芋のダンボール箱を五十箱運んできたぜェッ!」
店の裏手から、首にタオルを巻いた竜人のイグニスが、常人なら十人がかりでも持ち上がらないような巨大な荷物を、一人で軽々と担いで現れた。
「助かるぞイグニス。そのまま青果コーナーの補充に回してくれ」
「おうよ! これが終わったら、リーザたそのライブの最前列待機だからな!」
「店長さーん! ゴミ捨て場のハトのフン掃除と、空き缶の分別、終わりました! これでまた善行ポイントが50ポイント貯まりましたよ!」
教会の神官であるルルナが、麦わら帽子にエプロン姿という完全に農家の娘のような格好で、キラキラと目を輝かせながら報告にやってくる。
「ご苦労だったなルルナ。ガチャのポイントはいざという時の店の生命線だ。どんどん稼いでおいてくれ」
神様、魔王様、竜人、神官、そしてウサギ耳の村長。
常識で考えれば、一箇所に集まるだけで大陸の生態系が崩壊しかねないような規格外のバケモノたちだ。だが、今の俺には、彼らがただの『頼りになる最高の従業員(仲間)たち』にしか見えなかった。
「……ふっ。悪くない職場だ」
俺は、無意識のうちに緩んでいた口元を隠すように、バインダーで顔の下半分を覆った。
「みなさーん! 本日もスーパー折原へご来店いただき、誠にありがとうございますのーっ!」
そして、店の外に設置された真新しい『特設みかん箱ステージ』から、天使のような澄んだ声が響き渡った。
純白のフリルドレスに身を包んだ、我が店の絶対的看板娘。極貧地下アイドルにして強欲の人魚姫、リーザである。
彼女がマイクを握りしめて極上のウインクを放つと、買い物中の主婦たちや、水産組合(元・シーラン国の海兵親衛隊)の屈強な漁師たちが、一斉にステージの前に群がり始めた。
「今日はリニューアルオープンの特別な日ですの! だから、私の歌で皆さんにもっともっと『宇宙一の幸せな時間』をプレゼントして差し上げますの!」
リーザの言葉に、観客から「ウオォォォッ! リーザ姫ェェッ!」という地鳴りのような歓声が上がる。
「さあ、皆さん! 財布の紐はゆるゆるにして、私の愛(歌)を受け取る準備はできてますのー!?」
ドンッ! と、ルーベンス(元・魔王軍四天王)が操作するPA機材から、軽快でゴージャスなイントロが流れ始めた。
リーザの十八番であり、聴く者の理性を奪い全財産を搾り取る悪魔のテーマ曲――『Love & Money』だ。
『愛! アイ! 愛! アイ! ラ〜ブラブ! (Fu Fu!)』
『マネー! マネ! ローン! ダーリン! グ! (Yeah!!)』
圧倒的な音圧と、人魚の魅了魔法が乗った歌声が、ポポロ村の青空へと吸い込まれていく。
「いいぞリーザたそォォッ! 俺様の給料の八割を持っていけェェッ!」
品出しを爆速で終わらせたイグニスが、最前列に陣取り、青いサイリウムを残像が見えるほどの速度で振り回し始めた。
「あら、始まったわね! ちょっと店長、私も休憩入るわよ! リーザちゃんにスパチャ投げてこないと!」
「私も行くわ! 昨日キャッシングした枠がまだ残ってるもの!」
ラスティアとルチアナも、モップと段ボールを放り出し、限界オタクの顔になってステージへと猛ダッシュしていく。
「おいコラ! お前ら勤務時間中だぞ! 勝手に持ち場を離れるなァッ!」
俺の怒声も虚しく、神と魔王はすでにアイドルの熱狂の渦の中へと消えていた。
「……はぁ。やっぱり、まともなのはアタシと店長だけね」
キャルルがやれやれと肩をすくめ、俺の隣でレジ打ちのフォローに入ってくれた。
「すまん、キャルル。村長にまでレジを手伝わせちまって」
「いいのよ。アタシも、こういう血の流れない平和なドタバタは嫌いじゃないから」
キャルルがふんわりと微笑む。
その言葉通り、今のこの状況は、限りなく平和だった。
かつて命を狙い合った敵同士が、こうして一つのスーパーで共に働き、一つのステージの前で熱狂し、笑い合っている。
俺が社畜時代に夢見ていた『理不尽のない、平穏な日常』が、ここ異世界の辺境の村で、確かに形になっていたのだ。
「……よし。売上も好調だ。今日の夜は、店の修繕とリニューアルの打ち上げも兼ねて、屋上で宴会でもするか」
俺がポツリと呟くと、キャルルのウサギの耳がピクッと動いた。
「本当!? 店長の奢りで!?」
「ああ。偽勇者から村を守り切ったボーナス代わりだ。好きなだけ食って飲んでいいぞ」
「やったぁっ! みんなー! 今夜は店長の奢りで打ち上げよーっ!」
キャルルがステージに向かって叫ぶと、ライブ中のリーザやオタクたちから「ウオオオオオオッ!!」「プロデューサーさん太っ腹ァァッ!」という歓喜の絶叫が返ってきた。
だが、この時の俺は、完全に油断していた。
平和ボケした脳内が、彼女たちの『規格外の強欲さ』と『底なしのポンコツぶり』を、一時的に忘却してしまっていたのだ。
この後、当のリーザが『アイドルの恐るべき錬金術(物理)』を引き起こし、俺の堪忍袋の緒を盛大にぶち切らせることになるなど、この時の俺はまだ知る由もなかったのである。
血なまぐさい戦いの後始末を終え、スーパー折原に訪れた平穏な日常。
しかし、トラブルの火種は、常にレジカウンターのすぐ足元に転がっているものなのだ。
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