EP 10
不良品の返品処理と、月明かりの残業
黄金と漆黒のオーラが入り乱れた激闘が嘘のように、ポポロ村の広場に静かな夕暮れが訪れていた。
空の星(場外ホームラン)となって吹き飛んでいった偽勇者ゼロスを見送り、俺はスーパー折原のレジカウンターの裏にへたり込んでいた。
「はぁ……はぁ……。終わった……。俺の胃袋と寿命を削り取った最悪のクレーマー対応が、ようやく終わったんだ……」
ガタガタと震えていた足は、まだ完全に感覚を取り戻してはいない。ただただ、莫大な赤字と命の危機から解放されたという安堵感だけが、冷や汗と共に全身から噴き出していた。
「お疲れ様、店長!」
「完璧な連携(嫌がらせ)だったわね!」
バックヤードの扉が勢いよく開き、ピンクの芋ジャージ姿の女神ルチアナと、緑色エプロンの魔王ラスティアが、意気揚々とハイタッチを交わしながら現れた。
「ワイズのクソガキのチャンネル、完全にBAN(永久停止)してやったわ! ついでに天界の監査局にログを送りつけてやったから、あいつは今頃、神格公務員の権限を剥奪されて、始末書の山に埋もれてるはずよ!」
ルチアナがエンジェルすまーとふぉんをドヤ顔で見せびらかす。
「私の魔王軍ボットネットで、ゼロスの『厚底ブーツ』と『ポイ捨て』の動画を世界中の掲示板に拡散しておいたわ。これでアイツの『愛と正義の勇者』のメッキは完全に剥がれ落ちたわね。二度とカメラの前に立てないレベルの社会的抹殺よ!」
ラスティアも痛バッグを揺らしながら、極悪非道な笑い声を上げている。
神と魔王による、物理的暴力よりも遥かに陰湿で致命的なサイバー攻撃。
彼らの持つ圧倒的な演算能力を、ネットの荒らしに全振りさせた俺の采配は、完全に功を奏したらしい。
「だが、あの偽勇者のツケは『社会的抹殺』だけじゃ済まねぇぜ」
大斧を担いだイグニスが、広場の向こうを指差した。
そこには、俺たちの合体技で彼方へと吹き飛ばされたはずのゼロスが、ボロボロになって地面に墜落していた。
そして、白目を剥いて気絶している彼を取り囲んでいるのは――ねじり鉢巻にゴム長靴を履いた、筋骨隆々の魚人たち。当店専属の水産組合(元・シーラン国の海兵親衛隊)の面々だった。
「おっ、こいつが噂の自称勇者か」
元指揮官の魚人のオヤジが、ゼロスの胸ぐらを掴み上げて獰猛に笑った。
「聞いたぜ。てめぇのスキル【マネー】は、システムから『借金』してステータスを引き上げることもできるらしいな。……で、さっきヤケクソになって全ツッパした結果、てめぇの借金は金貨数千万枚(数十億円)まで膨れ上がってるそうだ」
「ひ、ひぃぃぃっ……!」
目を覚ましたゼロスが、自らのステータス画面(マイナス残高)を見て、顔面を土気色に変えた。
「安心しろ。愛や勇気は金で買えるかもしれねぇが、借金は『体』で返せるんだぜ。……今日からてめぇは、ポポロ村水産組合の新人漁船員だ。マグローザ漁船(タコ部屋)の底で、俺たちと一緒に一生カニの網を引いてもらうからな!」
「い、いやだァァァァッ!! 俺は勇者だぞ! こんな魚臭い船で一生を終えるなんてェェェッ!!」
ゼロスの絶叫も虚しく、彼は屈強な魚人たちに引きずられ、文字通り『海の藻屑(強制労働)』へとドナドナされていった。
他人の命をダシにしてPVを稼いでいた偽善者の、これ以上ないほど惨めで、そして適正な価格(末路)への『返品処理』であった。
「……ふぅ。これで本当に一件落着ね」
キャルルがトンファーをしまい、ウサギの耳を撫で下ろした。
「プロデューサーさんのおかげですの! 私のファン(村人)も、誰一人傷つかずに済みましたの!」
リーザが純白のドレスを揺らし、俺に駆け寄って最高の笑顔を向ける。
「いや、俺は何もしていない。お前らが体を張って戦ってくれたおかげだ。俺はただ、店の入り口でビビってシールを貼っただけだからな」
俺は心底からの本音を吐露した。
だが、俺のその言葉は、彼らの耳にはまったく違う意味――『絶対的な強者ゆえの謙遜』として変換されてしまっていた。
「ガッハッハ! プロデューサーは相変わらず謙虚だぜ! あの神話級の剣を、瞬き一つせずに見切った挙句、紙切れ一枚でただの鉄クズに変えちまうなんてな!」
「ええ。天界の最高戦力である私ですら、あのタイミングでのカウンターは不可能です。店長の底知れぬ狂気(強さ)には、神である私も震えが止まりませんわ」
イグニスとルチアナが、尊敬と畏怖の入り交じった眼差しで俺を見つめている。
(違う! 俺は本当に死ぬほど怖かったんだよ! おしっこ漏れそうだったんだよ!)
俺の悲痛な心の声は、今回も完全にスルーされた。
「さてと……敵は片付いたが、問題はこっちだ」
俺はため息をつき、周囲を見渡した。
魔物の大群の襲撃と、ゼロスが振り回した剣圧の余波により、スーパー折原の店舗は無惨な状態になっていた。
ガラス窓は割れ、特売品のワゴンはひっくり返り、入り口の防護シャッターはひしゃげている。
最悪だ。これの修繕費を考えただけで、胃がキリキリと痛み出す。
「お前ら、今日はもう上がっていいぞ。怪我人も出ているし、村の復旧の手伝いもあるだろう。……俺は残って、この散らかった店舗の片付けをする」
俺がそう言うと、キャルルやリーザたちは少し名残惜しそうにしながらも、「また明日」「お疲れ様ですの」と、それぞれの休養へと向かっていった。
*
すっかり日が落ち、ポポロ村は静寂な夜の闇に包まれていた。
月明かりだけが、ボロボロになったスーパーの店舗を照らし出している。
「あーあ。棚がバキバキに折れてやがる。これじゃあ明日の特売で、目玉商品の陳列ができないじゃないか……」
俺は一人、ランタンの灯りを頼りに、金槌と釘を持ってひしゃげた木製の棚を修理していた。
身体のあちこちが痛い。だが、休んでいる暇はない。小売業は、店が開いていなければ一円の利益も生まないのだ。
カンッ、カンッ、と、孤独な釘の音が夜の空気に吸い込まれていく。
(……俺は、なんでこんな異世界に来てまで、一人で残業なんかしてんだか)
ふと、社畜時代のトラウマが脳裏をよぎった。
ワンオペの深夜シフト。誰も助けてくれない孤独な店内。割に合わない給料と、理不尽な客のクレーム。あの頃の俺は、いつも一人で、世界を呪いながら棚の補充をしていた。
――トントン。
不意に、俺の肩が後ろから軽く叩かれた。
「……ん?」
振り返ると、そこには。
「一人でカッコつけて残業なんかしてんじゃないわよ、バカ店長」
月明かりの下、腕を組んで呆れ顔を浮かべる月兎族のキャルルが立っていた。
「お前……帰ったんじゃなかったのか?」
「村の復旧はあらかた終わったわ。それに、ウチの村の大事なインフラ(スーパー)がこんなボロボロのままじゃ、明日からの生活に困るでしょ」
キャルルが、ヒョイッと俺の手から釘の箱を取り上げる。
「ガッハッハ! 水臭いぜプロデューサー! 俺様たち従業員を差し置いて、一人で店を直そうなんてな!」
暗がりから、首にタオルを巻いたイグニスが、巨大な丸太(建材)を軽々と担いで現れた。
「プロデューサーさん! 私も手伝いますの! アイドルは、ステージ(お店)のお掃除も立派な仕事ですの!」
リーザが、純白のドレスが汚れるのも構わずに、割れたガラスをホウキで掃き集めている。
「店長さーん! ガチャの善行ポイントで、地球の『電動ドライバー』と『ブルーシート』を出しておきました!」
ルルナが、ホームセンターの店員のような完全装備で駆け寄ってきた。
そして。
「まったく、人使いの荒い店長ね。時給銅貨二枚のバイトに深夜の残業までさせる気?」
「サウナでサッパリしてきたのに、また汗かいちゃうじゃない」
ピンクの芋ジャージと緑色のエプロンを着た神と魔王――ルチアナとラスティアが、それぞれ神気と魔力を使って、倒れた特売ワゴンを空中にふわりと浮かせ、元の位置へと戻していく。
「お前ら……」
俺は、金槌を持ったまま、呆然とその光景を見つめていた。
誰も帰っていなかった。
この厄介で、強欲で、規格外のバケモノたちは、ただのビビりで戦闘力ゼロの俺を放っておかず、ボロボロになった店に集まってきてくれたのだ。
「……フッ」
俺は、自然と口元が緩むのを抑えきれなかった。
「残業代は出さないぞ。その代わり……この片付けが終わったら、俺の奢りで最高の『まかない(夜食)』を作ってやる。肉椎茸の炭火焼きに、サケスキーのハイボールも飲み放題だ」
「「「ウオオオオオオッ!! やったァァッ!!」」」
「言ったわね店長! 朝まで飲み明かしてやるわよ!」
「リーザちゃんの深夜のプライベートライブも開催ですの!」
歓声が上がり、スーパー折原の修理作業は、まるで宴会のような騒ぎへと変わっていった。
電動ドライバーのモーター音、木材を運ぶイグニスの足音、そして神と魔王のバカ笑い。
社畜時代の孤独なワンオペとは違う。今の俺には、こんなにも頼もしく、そして最高に面倒くさい仲間(従業員)たちがいるのだ。
(……悪くない)
月明かりの下、俺は仲間たちと共に棚を直し直しながら、心地よい疲労感に包まれていた。
理不尽な炎上神と偽勇者の脅威は去った。
ボロボロになった店も、明日にはまた、新しいお客様を迎えることができるだろう。
怒涛のシリアスな戦いを終え、俺たちは再び『当たり前の平和な日常』へと帰還したのだ。
夜のポポロ村に、仲間たちの笑い声が響き渡る。
波乱に満ちた特売日は終わりを告げ、彼らの絆を深めるための、静かで、そして賑やかな『月下の宴』の準備が、今まさに整おうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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