EP 9
返品処理(メッキ剥がし)と、空に輝く偽りの星
「ウオォォォォォォォッ!! 塵ひとつ残さず消し飛びやがれェェェッ!!」
全財産を【マネー】に突っ込み、神話級のオーラを纏った偽勇者ゼロスが、狂乱の咆哮と共にオリハルコンの剣を振り下ろした。
それはもはや剣技などという生易しいものではなかった。莫大な課金ステータスによって無理やり生み出された『純粋な破壊の質量』。剣の軌道上にある空間そのものがひび割れ、ポポロ村の広場を飲み込む巨大なエネルギーの津波となって俺へと襲いかかってきた。
(ひぃぃぃぃぃぃぃッッ!! だから無理だって! あんなの絶対に避けられないィィッ!!)
俺の心臓は破裂寸前で警鐘を鳴らし、涙腺からは恐怖の涙が吹き出そうになっていた。
だが、俺の体は逃げなかった。いや、逃げるという選択肢は、スーパー折原の店長としての『小売業の矜持』がすでに封印してしまっていた。
――お客様(村人)と従業員を守るため。そして何より、明日の特売の在庫(店の売上)を守るため!
俺は、迫りくる絶死のエネルギー波に向かって、逆に大きく一歩を踏み出した。
「フッ……!!」
息を極限まで吐き出し、社畜時代に叩き込まれた『神回避』の極致を引き出す。
相手の攻撃が巨大であればあるほど、その懐には必ず『死角』が存在する。それは、深夜のコンビニで暴れる酔っ払いが、パイプ椅子を大振りしてきた時に潜り込む安全地帯と同じ理屈だ。
ズドォォォォォォォォンッッ!!!!
俺の頭上を、世界を滅ぼすほどのエネルギーの奔流が通過していく。
熱波と衝撃が俺のエプロンを激しく揺らし、皮膚が焼けるような痛みが走る。
(死ぬ死ぬ死ぬ! おしっこ漏れるゥゥッ!!)
内心で絶叫しながらも、俺の足は狂いなくゼロスの絶対的な死角――厚底ブーツで無理やり底上げされた、アンバランスな足元へと滑り込んだ。
「なっ……!? ま、また躱されただと!? どこに行きやがった!」
自分の放った巨大すぎる力に振り回され、完全に体勢を崩したゼロスが、慌てて視線を泳がせる。
「――ここだ、不良在庫」
ゼロスの足元から、地獄の底から響くような俺の冷徹な声が這い上がった。
「ヒッ!?」
ゼロスが下を向いた瞬間、俺は右手に握りしめていた『廃棄処理』と『半額』のシールの束を、怒涛の勢いで叩きつけた。
ペタッ!!
まずは、彼が握るオリハルコンの剣の刀身に『廃棄処理』のシールを。
ペタァッ!!
次に、絶対防御を誇るオリハルコンの鎧の胸当てに『半額』のシールを。
ペタペタァッ!!
そして最後。彼の虚栄心の象徴であり、バランスの悪さの元凶である『十センチの厚底ブーツ』の両足に、念入りに『廃棄処理』のシールを貼り付けた。
「なにを……てめぇ、俺の神聖なる鎧に、なんの紙切れを貼り付けやがったァッ!?」
ゼロスが慌ててシールを剥がそうとするが、もう遅い。
ユニークスキル【半額シール】の絶対法則が、すでに発動していた。
「教えてやるよ。それは、お前のような偽装表示のパッケージを、適正価格に戻すための魔法のシールだ」
俺はゆっくりと立ち上がり、エプロンのホコリを払いながら、極めて冷酷な『店長の営業スマイル』を浮かべた。
「――お前、装備と金を全部剥がしたら、一体何が残るんだ?」
俺の決め台詞が響いた瞬間。
ピキッ……。
ゼロスが握っていたオリハルコンの剣に、小さな亀裂が走った。
「え……?」
パァンッ!! という乾いた音と共に、神話級の強度を誇るはずの剣が、まるで古いビスケットのように粉々に砕け散り、風に吹かれて砂のように消え去った。
「な、なんだ!? 俺の剣がッ! 総額一万ゴールドの課金武器がァッ!」
ゼロスがパニックに陥る間もなく、今度は彼の全身を包むオリハルコンの鎧から、眩い黄金の光がスゥッと消え失せた。
光を失った鎧は、みるみるうちに赤茶色に錆びつき、ただの重くて動きにくい『鉄クズ(半額以下の価値)』へと成り下がった。
「う、嘘だろ……!? 俺の絶対防御が……俺の、無敵のステータスが……!」
ゼロスはガタガタと震えながら後ずさろうとした。
――だが。彼が貼られたシールは、剣と鎧だけではない。
ポンッ、ポンッ!
軽快な破裂音と共に、ゼロスが履いていた『十センチの厚底ブーツ』のソール部分が、廃棄処理の対象となって跡形もなく弾け飛んだのだ。
「あ、ひゃんッ!?」
突然、足元の十センチの支えを失ったゼロスは、無様な悲鳴を上げて前のめりにバランスを崩し、ドシャッ! と地面に顔面から激突した。
そして、ヨロヨロと立ち上がった彼と、俺の視線が交差する。
「…………あれ?」
先ほどまで俺を見下ろしていたはずのゼロスの目線は、厚底ブーツを失ったことで、俺の鼻先あたりまでガクッと低くなっていた。
「……なるほどな」
俺は、完全にメッキが剥がれ落ち、本来の貧弱で小柄な体格を露呈した彼を見下ろして、鼻で笑った。
「オリハルコンの装備も、神話級のステータスも、そしてその『背の高さ』すらも……全部、金で買っただけの見栄だったってわけだ」
「ち、ちがう! 俺は勇者だ! 俺は世界中から称賛される、選ばれた存在なんだァァッ!」
ゼロスが涙目になりながら喚き散らす。
だが、その哀れな姿は、上空に浮かぶ遠隔撮影用ドローンのカメラによって、逃さず克明に捉えられていた。
『――ふふっ。店長のシールが発動したわね! さあラスティア、一気に全世界に配信してやるわよ!』
『任せなさい! 【厚底ブーツ弾け飛んでチビバレwww】ってテロップを、画面のど真ん中にデカデカと固定表示してやったわ!』
バックヤードの神と魔王による容赦のない裏工作(配信操作)により、ゼロスが剣と鎧と『身長』を失って泣き喚く無様な姿は、一切の編集もカットも許されず、ありのままの真実としてゴッドチューブに大々的に晒し上げられていた。
「あ、あああ……! 俺のPVが! 俺の輝かしいイメージがァァッ!!」
ゼロスが、カメラドローンに向かって絶望の悲鳴を上げる。
その時だった。
「――店長さん! ありがとうございますの!」
リーザの声が響いた。
振り返ると、先ほどまで倒れていたイグニスとキャルルが、リーザの『Love & Money(回復とバフの歌)』によって傷を癒やし、立ち上がっていた。
「ヘッ……。プロデューサーがせっかくメッキを剥がしてくれたんだ。この不良品の『最終処分』は、俺たち従業員に任せてもらうぜェッ!」
イグニスが、サビだらけの鉄クズとなったゼロスの鎧の胸倉を、片手で軽々と掴み上げて宙に吊るした。
「ヒッ!? や、やめろトカゲ! 俺はお前らの命の恩人で……!」
「黙りなさい。アタシたちの村を荒らし、リーザちゃんを泣かせた罪……万死に値するわよ」
キャルルが、月兎族の瞳を紅く光らせ、トンファーを構えてクラウチングスタートの姿勢を取った。
「いくぜキャルル! 俺たちの合体技で、このゴミ野郎を店の外(場外)まで返品してやろうぜェッ!」
「ええ! 月の力、見せてあげるわッ!」
イグニスが大斧を全力で振りかぶり、大爆発のような紅蓮の炎『イグニス・ブレイク』をゼロスの身体に叩き込んだ。
「ゲブォァァァッ!?」
炎の衝撃で空高く打ち上げられたゼロス。
そこへ、マッハの速度で跳躍したキャルルが、空中で完璧な一回転を描き、最強の飛び蹴りを放った。
「月影流奥義――流星脚ッッ!!」
ドゴォォォォォォォォンッッ!!!!
炎と闘気の合体技が、偽勇者ゼロスの貧弱な身体にクリーンヒットした。
血の一滴すら流す暇もない。圧倒的な物理エネルギーによって、ゼロスは「俺のスパチャがァァァァァァッ!!」という断末魔の叫びを残し、まるで夜空に輝く一筋の流れ星のように、キラーン☆と光って空の彼方へと吹き飛んでいった。
「ふぅ……」
空の星となった偽勇者を見送り、俺はどっと全身の力が抜け、その場にペタンと座り込んだ。
恐怖で震えていた足は、もう一歩も動かすことができない。
「や、やったぁぁっ! プロデューサーさん、すごいですの!」
リーザが、純白のドレスを翻して俺の胸に飛び込んでくる。
「ガッハッハ! 流石は俺様のプロデューサーだぜ! あの無敵の鎧を、紙切れ数枚でスクラップに変えちまうなんてな!」
「本当よ、店長。アンタが一番のバケモノなんじゃないの?」
イグニスとキャルルも、晴れやかな笑顔で俺を囲んだ。
(違う……俺はただのビビりだ。ただ、店の赤字が怖かっただけなんだ……)
俺の悲痛な心の声は、誰にも届かない。
*
一方、その頃。
天界のVIPルームでは、炎上神ワイズが自分のノートPCの画面を抱えて、発狂寸前の絶叫を上げていた。
「あああああっ!! なんだよこれ! なんで俺のチャンネルの登録者が、秒速で一万人ずつ減っていくんだよォォッ!!」
ワイズの画面には、ゼロスの『厚底ブーツ』と『ポイ捨て』の無様な映像と共に、彼が魔物を召喚したという決定的なシステムログの証拠(ルチアナがハッキングで引きずり出し、世界に公開したもの)が、デカデカと拡散されていた。
「クソッ! 炎上商法だ! 炎上商法で逆転を……!」
ワイズがキーボードを叩こうとした瞬間。
『――あなたのチャンネルは、重大な規約違反(世界神による権限剥奪)により、永久にBANされました』
無慈悲なシステムメッセージと共に、画面が真っ暗にブラックアウトした。
「ウソだろ……俺の、俺のPVが……俺のすべてがァァァァッ!!」
他人の命をオモチャにし、ヤラセ配信で荒稼ぎを企んだ炎上神と偽勇者の極悪な台本は、一人の社畜店長の『小売業の矜持』と、限界オタクと化した神と魔王の『サイバー嫌がらせ』の前に、完全に粉砕されたのである。
「ふぅ。不良在庫の返品処理、完了だな」
俺は、冷や汗を拭いながら、ようやくホッと息を吐き出した。
ポポロ村の空を覆っていた黒雲が晴れ、静かな夕暮れの光が、ボロボロになった広場を優しく照らし始めていた。
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