EP 4
ポポロ村急襲と、安全圏の傍観者
ドドドドドッ……!!
ポポロ村の静寂を切り裂き、地鳴りのような轟音が押し寄せてきた。
村を囲む森の木々が次々とへし折られ、そこから姿を現したのは、おぞましい魔物の大群だった。
筋骨隆々のオーク、粗野な笑い声を上げるゴブリン、さらには機械の身体を持つ巨大な蜘蛛――天魔窟の残党である死蜘蛛機までもが、村の防壁を紙細工のように食い破って雪崩れ込んできたのだ。
「ひぃぃぃぃッッ!! な、なんだあの数は!? 昨日の特売日の客より多いじゃないかァァッ!」
俺はスーパー折原のレジカウンターの裏に隠れ、ガタガタと震えながら悲鳴を上げていた。
「て、店長! 泣いてる場合じゃないわよ! 村の人たちが逃げ遅れてるわ!」
キャルルがダブルトンファーを両手に構え、月兎族の俊敏さを活かして店先へ飛び出した。
「オラァッ! 月影流・顎砕きッ!」
先陣を切って突っ込んできたオークの顔面に、キャルルの闘気を纏った膝蹴りがめり込む。オークの巨体が宙を舞い、後続のゴブリンたちを巻き込んで吹き飛んだ。
「ウオォォォッ! 俺様の推し(リーザたそ)のステージを泥靴で汚すヤカラは、俺様が絶対に許さねぇぜェッ! 害悪アンチども、まとめて塵になりやがれェッ!」
イグニスが大斧を振り回し、紅蓮の炎『イグニス・ブレイク』を放ちながら魔物の群れに突撃していく。
二人の個としての戦闘力は圧倒的だ。しかし、今回ばかりは数が多すぎる。ワイズがシステム権限で召喚した魔物の波は、倒しても倒しても際限なく押し寄せてくるのだ。
「キャァァァッ! 助けてぇっ!」
「魔物だ! 魔物が村にッ!」
パニックに陥った村人たちが、四方八方へ逃げ惑う。
その光景を見た瞬間、俺の『社畜の防衛本能』が、恐怖を無理やり抑え込んでスイッチを入れた。
「……ッ! おいルルナ、リーザ! 突っ立ってる暇はないぞ! 避難誘導だ!」
俺はさすまたを杖代わりに立ち上がり、拡声器代わりの魔導メガホンを手に取った。
「あいつらはただの村人じゃない! 当店に毎日お金を落としてくれる大切な『お得意様』だ! 顧客が減ったら売上が落ちるだろうがァァッ!」
「は、はいですの! 私のダーリン(ファン)たちを傷つけさせるものですか!」
「店長! 私も手伝います!」
俺はメガホンのボリュームを最大にして、村の広場に向けて叫んだ。
「お客様にお知らせいたします! ただいま、大変質の悪いクレーマー(魔物)の集団がご来店しております! 大変危険ですので、速やかにスーパー折原の店内、および教会の地下シェルターへ避難をお願いいたします! お買い物カゴはそのまま置いてお逃げください!」
俺の的確(?)な避難誘導のアナウンスにより、パニックになっていた村人たちが、次々と頑丈なスーパーの店舗内へと駆け込んでくる。
その間にも、バックヤードからは『ターンッ! ターンッ!』という、神と魔王による凄まじいタイピング音が鳴り響いていた。
「くそっ、ワイズの野郎、プロキシサーバーを何重にも噛ませてやがる! 舐めるなよクソガキが!」
「ルチアナ、ドローンの映像ポートの穴を見つけたわ! ここに魔王軍のスパムパケットを大量にぶち込んでやるわよ!」
裏方のサイバー戦も佳境に入っているようだ。彼女たちが配信の画角を荒らし、通信を遅延させてくれているおかげで、ワイズの思い通りの『絵』は撮れていないはずだ。
だが、現場の物理的な危機は刻一刻と迫っていた。
*
その頃。
ポポロ村を一望できる森の小高い丘の上で、偽勇者ゼロス・ディバインは、安全圏から村が蹂躙される様を悠然と見下ろしていた。
「……チッ。どうなってんだ、配信の回線がさっきからブツブツ途切れやがる。ドローンの映像もノイズだらけじゃねぇか」
ゼロスはイライラした様子で、耳の通信機を叩いた。
『……ああ、すまないゼロス。なぜか天界のサーバーに何者かから異常な規模のDDoS攻撃が仕掛けられていてね。今復旧中だ』
通信の向こうで、炎上神ワイズの苛立った声が聞こえる。
『だが、そんなことはどうでもいい。肝心の「絵」はどうなっている?』
「絵もクソもありませんよ」
ゼロスはポポロシガーを咥え、忌々しげに紫煙を吐き出した。
「あの『スーパー』とかいう店の従業員どもが、思いのほか手強くてですね。兎の女とトカゲの男が前線で粘っているせいで、魔物がなかなか村の中心まで侵攻できていないんですよ。おまけに村人どもは、あのスーパーの建物の中に避難しちまった」
『なんだと? それじゃあ悲劇の絵(死体)が撮れないじゃないか』
「ええ。俺が颯爽と登場してヒロイン(アイドル)を救うには、もっと圧倒的な絶望感が必要なんです。村人が何人も血を流して倒れ、『ああ、もうダメだ!』って視聴者が絶望のピークに達した瞬間に出ないと、スパチャの額が跳ね上がらないんですよ」
ゼロスは、火のついたシガーを森の土に押し当てて揉み消した。
「……もう少し、待ちましょう。魔物の数は圧倒的だ。あの前衛の二人のスタミナが切れて、スーパーの防衛線が突破されるまで。村人が絶望の悲鳴を上げ始める、その時が俺の出番です」
他人が血を流し、絶望に染まるのを『最高のタイミング』としてただ傍観する。
それが、金でステータスを買い、正義を騙る男の真の姿だった。
*
「はぁっ……はぁっ……! くそっ、キリがないわね……!」
スーパー折原の店舗前。
キャルルが肩で息をしながら、迫り来る死蜘蛛機の粘着糸をトンファーで弾き落とした。
「ガァァァッ! プロデューサー、そろそろ俺様もスタミナがキツいぜェッ! 相手は痛覚のない機械まで混ざってやがる!」
イグニスの大斧の振りも、徐々に鈍り始めている。
「耐えろ! ここが正念場だ!」
俺はさすまたを構えながら、冷や汗を拭った。
店舗への避難誘導はほぼ完了した。だが、防衛線が突破されれば、店内にいる村人たち(顧客)が危険に晒される。
「ルルナ! ガチャのポイントはまだあるか!」
「は、はい! あと200ポイント残っています!」
「地球の防犯グッズを出し惜しみするな! 『目眩まし』になりそうなものを出せ!」
「わかりました! 善行ポイント、使います! お願い、地球の神様ァッ!」
ルルナが祈りを捧げると、ポンッ! と彼女の足元に、オレンジ色の液体の入った『防犯用カラーボール』の箱と、巨大な『業務用消火器』が数本錬成された。
「よし! キャルル、イグニス! 下がれ!」
俺はカラーボールを両手に掴み、オークの顔面に向けて全力で投げつけた。
パァンッ!! という破裂音と共に、オークの顔面が鮮やかな蛍光オレンジ色の塗料で染まり、強烈な刺激臭に魔物が「ギャァァッ!」と悲鳴を上げて目を押さえる。
「今だルルナ、消火器のピンを抜け! 前方に向かって全噴射だァァッ!!」
「は、はいぃぃっ! 防犯(消火)の奇跡よぉぉっ!」
ブシュゥゥゥゥゥッッ!!
ルルナが消火器のレバーを握ると、猛烈な勢いで真っ白な粉末消火剤が噴出し、迫りくる魔物の群れの視界を一瞬にして真っ白な煙幕で覆い尽くした。
「ゲホッ、ガハッ!」とむせ返り、混乱する魔物たち。
「す、すげぇ! さすがプロデューサー、魔法も使わずに魔物の大群を足止めしやがった!」
「感心してる暇はないぞ! 今のうちに防護シャッターを下ろすんだ!」
俺の指揮により、スーパーの防衛戦はなんとかギリギリの均衡を保っていた。
――だが、その均衡は、一人の予期せぬ行動によって破られた。
「あ、あああ……! ミリィちゃん!」
避難を終えたはずの村人の中から、一人の母親が悲痛な叫びを上げた。
「私の子が……ミリィがいません! お願い、誰か、誰か助けて……ッ!」
「なにッ!?」
俺が血の気を引かせて振り返ると、消火器の煙幕が晴れかかった広場の隅――崩れた民家の瓦礫の陰に、逃げ遅れた五歳くらいの少女が、座り込んで泣きじゃくっている姿が見えた。
「ギィィィ……」
そして最悪なことに、その少女の背後から、機械の脚をガチャガチャと鳴らしながら、巨大な死蜘蛛機が、凶悪なアゴを鳴らして忍び寄っていた。
「しまっ……! キャルル! イグニス!」
「ダメ、店長! アタシたちの位置からじゃ、間に合わないわ!」
前線でオークを食い止めていた二人が、絶望の声を上げる。俺の足の速さでも、到底届く距離ではない。
「キャァァァァッ!」
死蜘蛛機が、少女に向かって鋭い鎌のような前脚を振り上げた、その絶対絶命の瞬間。
「――私の大事なファンに、手を出すんじゃありませんのォォォッ!!」
純白のフリルドレスが、風を切って広場を駆け抜けた。
「リーザ!?」
俺が叫ぶより早く、極貧地下アイドルにして、最強の強欲人魚姫・リーザが、死蜘蛛機と少女の間に滑り込んだ。
ガァンッ!!
死蜘蛛機の鋭い前脚が、リーザの細い腕を直撃する。
「くぅぅっ……!」
人魚の魔力で咄嗟に防御壁を展開したものの、衝撃を殺しきれず、リーザは吹き飛ばされて瓦礫に背中を打ち付けた。
「リーザちゃんッ!」
「リーザたそォォォッ!!」
リーザは痛みに顔を歪めながらも、すぐに少女を腕に抱き込み、立ち上がった。
「大丈夫ですの、ミリィちゃん。……アイドルは、絶対にファンを見捨てたりしませんの」
リーザの細い腕からは、一筋の赤い血が流れていた。
その光景に、魔物たちが一斉に標的をリーザへと変え、彼女を取り囲むようにジリジリと距離を詰めていく。オーク、ゴブリン、そして死蟲機。数十体の魔物が、たった一人の少女を完全に包囲したのだ。
「う……ううっ……」
絶望的な包囲網の中で、リーザは恐怖に震えながらも、決して少女を離さなかった。
*
その様子を、森の奥からカメラドローン越しに見つめていた男の口元が、ニヤリと醜く歪んだ。
「……ハッ! 来たぜ。アイドルの絶対絶命の大ピンチ。しかも、健気に子供を庇って血を流している……! これ以上ない、最高の『悲劇の絵』だ!」
偽勇者ゼロスは、厚底ブーツの踵を鳴らし、オリハルコンの剣をチャキッと構えた。
『そうだ、ゼロス。完璧なタイミングだ。今すぐ飛び出して、彼女を救え!』
通信機越しのワイズの声も、興奮に震えている。
『世界中の視線が、今、君に注がれるぞ! 行け、勇者ゼロス! 彼女を救い、君のヒロインにするんだ!』
「ええ、任せてくださいよワイズ様。俺のこの金(課金)で買った圧倒的な力で、あのバケモノどもを一瞬でゴミクズに変えてやりますよ!」
ゼロスは白い歯を見せて邪悪に笑うと、ユニークスキル【マネー】を起動した。
懐の金貨が光となって消滅し、彼のステータスが、本来の限界を突破して神話級にまで跳ね上がる。
「さあ……お待ちかね、主役の出番だッ!!」
悲劇を待ち望み、他人の絶望を食い物にする偽りの勇者が、今まさに『最高の見せ場』を掠め取るために、森の中から飛び出そうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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