EP 2
カメラの裏側と、炎上神の台本
焼け焦げた木の匂いと、土煙が立ち込める第7エリアの広場。
空中に不自然に浮かぶ『遠隔撮影用ドローン』のレンズが赤い光を点滅させ、広場の中心をしっかりと捉えていた。
「ああ……神よ! 私がもう少し早く駆けつけていれば、これほどの犠牲は出なかったというのに……ッ!」
純白のミスリルマントを纏った勇者ゼロスは、血まみれで倒れ伏す村人の前で膝をつき、天を仰いで大粒の涙をこぼした。
その悲痛な叫びは、ドローンのマイクを通して全世界へとリアルタイムで配信されているはずだ。
「ゆ、勇者様……どうか、ご自分を責めないでくだせぇ……」
生き残った村の老人が、ゼロスの輝くオリハルコンの鎧にすがりつく。
「貴方様が来てくださらなければ、我々は全滅しておりました。貴方様は我々の光……真の、勇者様じゃ……」
「……おじいさん。私は、決してこの悲劇を忘れません。魔王軍の残党は、私が必ず滅ぼしてみせます!」
ゼロスは老人の手を両手で包み込み、カメラに向かって、まるで完璧に計算されたかのような『白く輝く歯』を見せて微笑んだ。
だが。
ピピッ、と。上空のドローンがバッテリー交換、あるいは別アングル撮影のために一時的に高度を下げ、レンズがゼロスから外れた、まさにその瞬間だった。
「――おいジジイ。汚い手で俺のオリハルコンの鎧に触るな。レンタル代がいくらすると思ってんだ。泥がついただろうが」
ゼロスの口から出たのは、先ほどの聖人君子のような声とは真逆の、ドス黒く冷え切ったチンピラのような声だった。
「ひっ!?」
老人が驚いて手を離すと、ゼロスは舌打ちをして立ち上がり、厚底のブーツで老人の身体を乱暴に横へと蹴り退けた。
「ったく、PV稼ぎのボランティア営業も楽じゃねぇな。……おい、次のシーンの撮影まで五分休憩だ。メイク直すから鏡出せ」
ゼロスは懐からポポロシガーを取り出し、慣れた手つきで火をつけると、大きく紫煙を吐き出しながら、まだ火のついているマッチを瓦礫の山へと平然と投げ捨てた。
「……ッ!!」
物陰からその一部始終を監視していた俺たちは、全員が言葉を失い、次いで猛烈な怒りに震えた。
「あの野郎……ッ! 自分が助けた老人をゴミみたいに蹴り飛ばしやがった! プロデューサー、俺様もう我慢ならねぇ! 今すぐ飛び出して、あいつのその薄っぺらい鎧ごと叩き割ってやってもいいか!?」
イグニスが、大斧の柄がミシミシと鳴るほど強く握りしめ、歯を剥き出しにして唸った。
「やめろ、イグニス。早まるな」
俺は、恐怖と緊張でガクガクと震える膝を必死に押さえつけながら、イグニスの腕を掴んで止めた。
「今お前が飛び出せば、あのドローンのカメラは即座にお前を『勇者を襲う狂暴な魔族』として全世界に配信する。あいつは剣の腕で戦ってるんじゃない。あの『カメラ(PVと世論)』という現代の武器を盾にしているんだ。ファンタジー世界の住人のお前が、真っ向から情報戦に突っ込めば確実に火傷する」
「ぐっ……! じゃあ、あの胸糞悪い三文芝居をただ見てろってのかよ!」
「いや、裏の顔(不良在庫の証拠)を掴む」
俺は冷や汗を拭いながら、教会の神官ルルナを振り返った。
「ルルナ。お前のガチャで、遠くの音を拾う『盗聴器』みたいな地球の道具は出せないか? あいつの独り言か、あるいは通信相手の会話を傍受したい」
「やってみます! 今朝のハトのフン掃除で貯めた500ポイント……無駄にはしません!」
ルルナが祈りを捧げると、ポンッ! と彼女の手元に地球の『指向性集音マイク付きのワイヤレスイヤホン』が錬成された。
「でかした! すぐにゼロスにマイクを向けろ。音声をスピーカーで小さく流すんだ」
俺の指示に従い、ルルナが集音マイクを広場のゼロスへと向ける。
ノイズ混じりの音声が、スピーカーから俺たちの耳に届き始めた。
『……あー、聞こえるかワイズ様。こちらゼロス。今回の村焼きの絵面、どうでした?』
ゼロスが、耳に仕込んだ小型の通信魔導具に指を当てて喋り始めた。
その直後、スピーカーからもう一人、軽薄で鼻につく若い男の声が響いた。
『お疲れ、ゼロス。今回の悲劇ポルノもまあまあの数字(PV)が出てるよ。でもさぁ……ちょっとマンネリ気味だね。田舎の村を焼いて助けるだけじゃ、もうスパチャは伸びないんだよねぇ』
その声を聞いた瞬間、俺の背筋にゾクッと冷たいものが走った。
間違いない。こいつが、ルチアナが言っていたヤラセ配信の黒幕――『炎上神ワイズ』だ。
『ならどうするんですか、ワイズ様。俺は金(課金アイテム)さえあれば、どんな魔物でも一撃で倒せる『絵』を作りますよ。あのオリハルコンの鎧も、ユニークスキル【マネー】でレンタルしてるんだから、経費がバカにならないんですよ』
『分かってるって。だから、次はもっとデカいバズ(利益)を狙う。……今、ゴッドチューブで一番話題になってる、ポポロ村のアイドル『リーザ』を知ってるだろ?』
「――――ッ!?」
リーザの名前が出た瞬間、俺たちの空気が一瞬にして凍りついた。
『ああ、あの地下アイドルですか。田舎のスーパーの店頭で歌ってるっていう』
『そう。彼女を次のターゲットにする。俺が裏から手を回して、魔物の大群をポポロ村に差し向ける。村人があらかた死んで、リーザが魔物に囲まれ、絶望がピークに達したところで……君が颯爽と現れて彼女を救うんだ。どうだい? 悲劇の中でアイドルを救うイケメン勇者! これなら絶対に世界中でバズるし、彼女も君の専属ヒロインになるってわけだ』
『ははっ! さすがワイズ様、極悪なシナリオ(台本)を書きますね。了解しました。魔物の大群がポポロ村を火の海にするまで、俺は安全な森の中で待機して、最高の出番を待つことにしますよ』
プツッ。
通信が切れる音が響いた後、バックヤードのような暗がりに潜む俺たちの間には、ただ重く、底知れない怒りの沈黙だけが落ちていた。
「…………」
純白のフリルドレスを着たリーザが、ガタガタと小刻みに震えている。
だが、それは恐怖ではなかった。彼女のサファイアの瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ち、その奥には激しい怒りの炎が燃えたぎっていた。
「私の……私のファン(村の人たち)を、そんな理由で……殺すって、言うんですの……?」
リーザがマイクを握りしめる手が、白く鬱血している。
「私は、ファンのみんなからお金(愛)を搾り取って、代わりに宇宙一の幸せな時間をあげるって決めたのに……あいつらは、ただの数字のために、私の大事なお客様をゴミみたいに捨てるっていうんですの……ッ!?」
「ふざけないで……! アタシの村を、PV稼ぎの舞台にする気!?」
キャルルが、ダブルトンファーをギリッと構え、月兎族の目を血走らせる。
「俺様の推し(リーザたそ)を、悲劇のヒロイン気取りのダシに使うだとォ……! 許さねぇ! 絶対に許さねぇぞあのクソ外道がァァッ!」
イグニスの闘気が、もはや抑えきれないほどに膨張していた。
そして、俺は。
「ひぃぃッ……! む、村をまるごと魔物の大群で襲う!? 冗談じゃないッ! 店が、特売の在庫が、せっかく儲けた売上金が全部パーになるじゃないかァァッ!!」
俺は頭を抱え、ガタガタと震えながら半泣きで絶叫していた。
神の雷でも、魔王の炎でもない。魔物の大群による物理的な破壊。
そんなものが村に押し寄せれば、俺のスーパーは一溜まりもない。赤字どころの騒ぎではない。物理的な倒産だ。死にたくない。逃げ出したい。
だが。
俺の『限界社畜としての怒り』は、恐怖を完全に凌駕して、腹の底でマグマのように沸き立っていた。
「あいつら……客の命も、うちのアイドル(看板娘)も、自分の『売上(PV)』を作るための使い捨ての道具だと思っていやがる」
俺は、エプロンのポケットから『廃棄処理』と『半額』のシールを取り出し、シワになるほど強く握りしめた。
小売業とは、お客様に価値を提供し、その対価としてお金をいただく神聖な取引だ。
だが、あいつらがやっていることは違う。命を奪い、偽善で塗り固めたパッケージを被せ、安全な場所から数字だけをかすめ取る。同業者と呼ぶのもおぞましい、最低最悪の詐欺師だ。
「不良品どころじゃない。あれは市場に出してはいけない、廃棄処分確定の劇物だ」
俺は震える足に無理やり力を込め、冷や汗に塗れた顔を上げ、広場で再びカメラに向かって笑顔を作っている偽勇者を見据えた。
「俺は戦えない。あんな剣で斬られたら一瞬で死ぬ。だがな……あいつらが『絵(PV)』を作って売上を出すというなら、その『絵』のパッケージごと、俺のやり方(接客)でズタズタに引き裂いてやる」
俺は、キャルル、イグニス、リーザ、ルルナの顔を順番に見渡した。
「いいかお前ら。絶対に力で先走るな。あいつらの土俵(暴力と配信)には乗らない。……俺たちはスーパー折原の従業員として、この理不尽なクレーマーどもに、完璧な『返品処理』を叩き込んでやるぞ」
ただのビビりな店長が、他人の命と日常を弄ぶ世界の悪意に対し、決して退かない『小売業の矜持』を剥き出しにした瞬間であった。
ポポロ村を狙う炎上神の極悪な台本を叩き潰すための、前代未聞の防衛戦が、今、始まろうとしていた。
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