第五章 偽りの勇者と、メッキの剥がれた特売日
焦げ臭い特売品と、カメラドローンの勇者
「……第7エリアの村が、意図的な『マッチポンプ』によって焼き討ちに遭ったわ」
スーパー折原のバックヤード。
女神ルチアナがエンジェルすまーとふぉんの画面を睨みつけ、地を這うような低い声で告げた瞬間、その場の空気が氷点下まで凍りついた。
「炎上神、ワイズ。最近神界に入ってきたあのクソガキが、PV(予算)稼ぎのために、人間の命をオモチャにしたヤラセ配信を仕掛けたのよ」
「許せないわね。私の管轄の魔族を扇動して、勝手に悪役に仕立て上げるなんて……。魔王として、きっちり落とし前をつけさせてもらうわよ」
ルチアナとラスティアが、パイプ椅子からゆっくりと立ち上がった。
ゴゴゴゴゴゴッ……!
彼女たちの背後で、黄金の神気と漆黒の魔力が渦を巻き、バックヤードの空間そのものがミシミシと悲鳴を上げ始める。ただの「休日のダメなオヤジ」と化していた二人が、本来の『世界の絶対者』としての殺意をむき出しにしたのだ。
「ちょっと! 新入りのお前ら、ちょっと待つんだの!」
その絶大なプレッシャーに膝をガクガクと震わせながらも、俺――折原晴也は、バインダーを床に叩きつけて叫んだ。
「お前らが本気を出したら、PV稼ぎのヤラセどころじゃ済まないだろうが! 大陸の半分が吹き飛んで、生態系が崩壊するぞ! なにより、明日はウチの特売日だ! バイトが勝手にシフトに穴を開けることは、店長であるこの俺が絶対に許さん!!」
「て、店長……! でも、このままじゃ犠牲者が……ッ!」
「分かっている! だが、お前たちのような『最終兵器』を初動で投入するのはリスクが高すぎる! 現場の状況調査と初期対応は、俺たちで行く!」
俺は震える足に無理やり力を込め、エプロンのポケットに『半額シール』の束をねじ込んだ。
「イグニス! 裏から出張販売用の荷車を出せ! キャルル、ルルナも同行だ! リーザは『地方営業』という名目で連れて行くぞ! 当店のタレントの顔を売るチャンスだ!」
「ガッハッハ! 任せろプロデューサー! 俺様とリーザたそがいれば、どんな地方のドサ回りでも大入り満員にしてやるぜェッ!」
大斧を担いだイグニスが、力強くサムズアップする。
「あーもう、無茶苦茶よ! スーパーの出張販売で、焼き討ちされた村に向かうなんて前代未聞だわ!」
キャルルがウサギの耳を頭にペタリと張り付けながらも、愛用のダブルトンファーを腰に提げた。
「店長さん、お任せくださいの! 悲しんでいる村の人たちに、私の歌と笑顔(と物販)を届けてみせますの!」
純白のフリルドレスを着たリーザも、マイクを握りしめてやる気満々だ。
「おい、ルルナ! お前は念のために、ガチャのポイントを温存しておけ! 何が起こるか分からないからな!」
「は、はい! 今朝のハトのフン掃除で貯めた500ポイント、いざという時のために取っておきます!」
「よし、出発だ! ルチアナとラスティアは、店でレジ打ちと品出しの留守番をしておけ! いいか、絶対に外に出るなよ!」
俺は神と魔王に釘を刺し、息巻く従業員たちと共に、黒い煙が立ち昇る第7エリアへと急行した。
*
ポポロ村から数里離れた、第7エリアの辺境の村。
俺たちが息を切らして辿り着いた時には、すでに村の半分が黒コゲの廃墟と化していた。
「……ひどい有様ね。見事に焼け落ちてるわ」
物陰から村の様子を窺いながら、キャルルが顔をしかめた。
燻る残骸、逃げ惑う村人たち。そして、村の広場では、数匹の巨大なオークやゴブリンの残党が、下品な笑い声を上げながら村人たちを追い詰めていた。
「おい、どうすんだプロデューサー。俺様が飛び出して、あの汚え魔物どもをミンチにしてやろうか?」
イグニスが大斧を構え、闘気を練り上げる。
「待て、イグニス。何かがおかしい」
俺は、さすまたを握りしめたまま、その惨状を冷徹に観察した。
たしかに村は焼かれ、魔物が暴れている。だが、俺の『社畜の勘』が、強烈な違和感を訴えかけていた。
「……あの魔物ども、村人を脅してはいるが、致命傷を与えていない。まるで『誰かが助けに来るのを待っている』ような、時間稼ぎの動きに見える。それに……」
俺は空を指差した。
黒煙が立ち込める空の中、不自然なほど静かに宙に浮いている小さな物体があった。
「ルルナ。あれはなんだ?」
「あっ、あれは……ドワーフ製の魔導通信石を応用した『遠隔撮影用ドローン』です! 高価な魔導具で、主に貴族のお披露目会などを空撮するために使われるものですが……」
「やっぱりな」
俺が舌打ちをした、その瞬間だった。
「――待たせたな、皆の衆!!」
焼け落ちた村の広場に、これ以上ないほど劇的なタイミングで、よく響く爽やかな男の声が轟いた。
村人たちと魔物たちの視線が一斉に声の方向へ向く。
燃え盛る炎を背景に、瓦礫の上に立っていたのは、一人の若い男だった。
輝くばかりの聖なる鎧。純白のミスリルマントが風に翻り、手には神々しい光を放つオリハルコンの剣と盾。そして、整いすぎているほど整った顔立ち(どこか人工的な匂いがする)に、不自然なほど白く輝く歯がキラリと光った。
「安心しろ。もう大丈夫だ。この私――勇者ゼロス・ディバインが来たからには、これ以上の悲劇は生まれない!!」
男――勇者ゼロスは、マントをバサァッと翻し、完璧なポーズを決めた。
「ゆ、勇者様だァァッ!」
「神は我々を見捨てていなかったッ!」
絶望の淵にいた村人たちが、涙を流して歓声を上げる。
「いくぞ、邪悪なる魔物どもよ! 愛と正義の名の下に、私が貴様らを討つ!」
ゼロスは剣を振りかざし、オークたちに向かって飛び降りた。
その動きは流麗で、剣の一振りでオークの巨体が真っ二つに両断される。血飛沫す舞わない、まるで絵画のような美しい剣技。
だが、その光景を物陰から見ていた俺たちは、誰一人として歓声を上げなかった。
「……おい、プロデューサー」
イグニスが、怪訝な顔で首を傾げた。
「あの自称勇者の野郎……なんか、動きが妙にカクカクしてねぇか? 剣の振りも素人くせぇ。それに、なんで戦いながら、上空のドローンをチラチラ見てやがるんだ?」
「ええ。それに、あいつの足元……見てちょうだい」
キャルルが呆れたように指差した。
「あのブーツ、かかとが異常に高いわ。五センチ……いや、十センチはある『厚底ブーツ』よ。背を高く見せるために、あんな歩きにくい靴で戦ってるなんて、武道家としては信じられないわ」
「……その上、あれを見てください」
ルルナが、震える声で広場の隅を指差した。
ゼロスがカメラ(ドローン)に向かって爽やかな笑顔を振りまいている背後、カメラの死角となる瓦礫の陰で、彼は一瞬だけ懐から『ポポロシガー(葉巻)』を取り出し、火をつけて一口吸い、そのまま火のついた葉巻を村人の畑に平然とポイ捨てしたのだ。
そして、すぐに口臭スプレーをシュッシュッと口内に吹きかけ、再びカメラの前に戻って「皆の怪我はないか!?」と聖人君子のような顔を作っている。
「……ッ!! な、なんて奴ですの……! アイドルとして、カメラの裏表があるのは理解できますけど……あんな、人の命が懸かっている場所で、ポイ捨てなんて……!」
リーザが、純白のドレスの裾を強く握りしめ、サファイアの瞳に怒りを宿した。
「……間違いない」
俺は、さすまたを強く握りしめ、ギリッと奥歯を噛み締めた。
神の怒りでもなく、魔王の殺意でもない。ただの、しがないスーパーの店長としての『静かな怒り』が、俺の腹の底でフツフツと沸き立っていた。
「あいつ、村人を助けに来たわけじゃない。自分の手で火を放ち、人が死ぬギリギリのタイミングで登場して『最高の絵(PV)』を撮るために、客の命をダシにしているだけだ」
俺は、カメラに向かって白い歯を見せびらかすゼロスの姿を、極寒の目で見据えた。
「金と虚栄心で塗り固められた偽装表示。……中身は、最低最悪の不良在庫だ」
ルチアナの言っていた『炎上神ワイズ』のヤラセ配信。その実行犯が、あの厚底ブーツの偽勇者なのだ。
「店長……どうするの? 相手はオリハルコン装備よ。アタシたちで止めるの?」
キャルルがトンファーを構えながら問いかけてくる。
「俺には戦闘力はない。あんな剣で斬られたら一溜まりもない」
俺はエプロンのポケットから、見慣れた『半額シール』の束と、『廃棄処理』のシールを取り出した。
「だが、スーパーの店長として、不良品が市場に出回るのを黙って見過ごすわけにはいかない。……おいお前ら、出張販売(お仕事)の時間だ。あいつのメッキを、徹底的に剥がしてやるぞ」
焦げ臭い村の広場で、PVの亡者と化した偽勇者に対する、社畜店長の冷徹な『品質管理』の幕が、静かに切って落とされた。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




