EP 10
限界バイトの神々と、遠い空の黒い煙
「いらっしゃいませー! スーパー折原へようこそ! 本日の特売品は、ポポロ村近海で獲れた新鮮なマグローザの切り身となっております!」
澄み渡るポポロ村の青空の下、スーパー折原の店頭には、かつてないほど豪華(かつ異常)な従業員たちの声が響き渡っていた。
「おいグレン! 在庫の数が合わないわよ! 魔王軍の事務処理能力の低さをこんなところで露呈させる気!?」
レジ打ちを担当する魔王ラスティアが、指定の緑色エプロン姿で、バックヤードに向けて怒鳴り声を上げる。
「う、うるせぇ! 今やってるんだよ! ていうか、なんで俺様が炎魔将軍なのに、スーパーのバックヤードで『在庫管理表(手書き)』の集計なんてやらされてんだ! まあ、静かに事務作業ができるのは魔王城よりマシだが……」
炎魔将軍グレンが、帳簿をめくりながらブツブツと文句を言っている。
「ラスティア様! グレン! お言葉ですが、言葉遣いがなっておりません! 接客業における基本は笑顔と丁寧な言葉遣いです! 天界の規律に泥を塗るような真似は許しませんよ!」
駐車場の掃き掃除をしていた天使長ヴァルキュリアが、神聖なる黄金の翼を羽ばたかせながら、完璧な姿勢でモップを振るっている。
「ふぁ〜あ……。ヴァルキュリア、あんた真面目ねぇ。時給銅貨二枚のバイトなんだから、もっと肩の力抜きなさいよ……。ああ、昨日のサウナとサケスキーがまだ残ってるわ……」
品出し担当の女神ルチアナは、相変わらずの芋ジャージ姿で、欠伸をしながら段ボールの箱をカッターで開けていた。
世界の創造主、絶対的な魔王、そして天界と魔界のエリート将軍たち。
本来なら大陸の覇権を巡って血みどろの戦争を繰り広げるべき存在たちが、時給二百円の底辺アルバイトとしてスーパーの業務に忙殺されている。
異世界広しといえども、これほどまでに狂ったエコシステムを構築している店は、後にも先にも当店だけであろう。
「……なぁ、村長。アタシ、もうツッコミ疲れて思考が停止しそうなんだけど」
レジの奥で、キャルルが死んだ魚のような目で俺に話しかけてきた。
「神様と魔王様がレジ打って、天使と悪魔が掃除と在庫管理してるスーパーって、何? 世界の縮図がこの狭い店舗に凝縮されちゃってるわよ……」
「黙れ。俺だって胃に穴が空きそうなんだ」
俺はズキズキと痛む胃をさすりながら、手元のバインダーの売上データに目を落とした。
「あいつら、時給で働かせてる分際で、稼いだ端からリーザのグッズやライブのチケット代、サウナの利用料に全額突っ込みやがる。要するに、給料(経費)がそのまま当店の売上に還流しているんだ。小売業としてはこれ以上ないほど美味しい状況だが……」
俺はチラリと、客に笑顔を振りまく魔王と女神を見た。
「一歩間違えれば、店ごと消し飛ばされかねない『歩く核弾頭』を五人も抱え込んでいる状態だ。いつボロが出るかと思うと、夜もろくに眠れやしない」
俺はただ、平穏に黒字を出して、家賃を払い、静かに生きていきたいだけなのだ。
それなのに、なぜこうも次から次へと規格外のバケモノ(厄介客)ばかりが来店するのか。
「プロデューサーさん! 午前のライブ、大盛況でしたのーっ!」
バックヤードの扉が開き、純白のドレスを着たリーザが、汗を拭いながら満面の笑顔で駆け寄ってきた。
「今日の新規のお客さんたちも、ちゃーんと手持ちの小銭を全部スパチャしてくれましたの! 私、もっともっと歌って、この村のお金を全部私の手元に集めてみせますの!」
「よしよし、よくやったリーザ。お前の強欲さ(プロ意識)には頭が下がる」
俺はリーザの頭を撫でながら、時計を見た。
「よし、ちょうど昼時だ。お前ら! 午前中のシフトはここまでだ。手を洗ってバックヤードに集合しろ。『まかない』の時間だぞ」
俺がそう宣言すると、腐っていた神々や魔王たちの目の色が、一瞬にして猛禽類のようにギラリと輝いた。
「「「まかないッ!!!」」」
ズドドドドドッ! と、神話級のオーラを纏った五人が、光の速さで手洗い場へと殺到した。
*
「「「いただきまーすッ!!」」」
バックヤードに特設された折りたたみテーブルを囲み、神、魔王、天使、悪魔、竜人、そしてアイドルが、一斉に手を合わせた。
本日のまかないは、ルナミス帝国軍の兵士たちにも大人気の『肉椎茸と米麦草の醤油草炊き込みご飯』の特大オニギリと、揚げたての『トライバードの唐揚げ(マヨ・ハーブ添え)』、そしてキャルル特製の人参スープだ。
「はふっ、はむっ! う、んまぁぁぁぁいッ!!」
天使長のヴァルキュリアが、唐揚げを齧った瞬間に黄金の翼をバッサバッサと羽ばたかせ、感動の涙をこぼした。
「この衣のサクサク感! そして中から溢れ出す熱々の肉汁! マヨ・ハーブの酸味が脂の重さを中和して、いくらでも食べられてしまいます! 天界の『聖なるプロテイン(チョークの味)』しか知らなかった私の人生は、一体なんだったのでしょうか……ッ!」
「おうよ! 米麦草のオニギリも最高だぜ! 肉椎茸のダシが米の一粒一粒に染み込んでやがる! 事務作業で疲れた脳髄に、炭水化物がダイレクトに染み渡るぜェッ!」
グレンもまた、炎の剣をその辺に放り投げ、オニギリを両手で持ってリスのように頬張っている。
「ふふっ、新規のバイトどもは唐揚げで感動してるわね。でも、スーパー折原のまかないの真髄は『ニンニクアブラ』よ。ねえ店長、今日の夜は二郎系ラーメンを作ってちょうだい!」
すっかりこの店の主のような顔をしたルチアナが、イモッカのグラスを片手に偉そうに要求してくる。
「調子に乗るな。まかないは俺の気分次第だ」
俺は呆れながらも、この奇妙で騒がしい食卓の光景を眺めていた。
ルルナがガチャで出した地球のアイドル雑誌を囲んで、ラスティアとイグニスが「リーザたその次の衣装はこれだ!」と激論を交わしている。
キャルルは「あんたたち、食べこぼさないでよ」と世話を焼きながらも、どこか楽しそうだ。
(……まあ、悪くない)
俺は心の中で、そっと呟いた。
ブラック小売業で人間不信になりかけていた俺が、異世界でこんなバケモノたちと食卓を囲んでいる。彼らは確かに厄介で、強欲で、規格外だが……こうして飯を食って笑っている姿は、ただの気のいい連中にしか見えない。
この平穏な日常(売上好調の店舗運営)が、一日でも長く続いてくれればいい。
俺は温かい人参スープをすすりながら、そう願った。
――しかし。
世界は、俺のような小市民のささやかな願いなど、決して許してはくれないのだ。
ピロリロリンッ!
バックヤードの和やかな空気を切り裂くように、ルチアナのジャージのポケットから、甲高い電子音が鳴り響いた。
「……ん? エンジェルすまーとふぉんの通知? ソシャゲのスタミナ回復かな……」
ルチアナが唐揚げを咥えたまま、のんきにスマホの画面を覗き込んだ。
だが。
画面を見た瞬間、ルチアナの顔から、休日のダメなオバサンのような緩みが、スッ……と消え去った。
「…………え?」
ルチアナの瞳から光が消え、絶対的な神としての冷徹な眼差しが戻る。
その場の空気が、一瞬にして氷点下まで凍りついた。
あまりのプレッシャーの変化に、ラスティアが唐揚げを落とし、ヴァルキュリアが立ち上がった。
「ルチアナ様……? いかがなされましたか?」
ヴァルキュリアが恐る恐る尋ねる。
「……第7エリアの『勇者の村』が、焼き討ちに遭ったわ」
ルチアナの声は、地を這うような低く冷たいものだった。
「焼き討ち? 魔王軍の仕業か!?」
イグニスが大斧を手繰り寄せるが、ラスティアが即座に首を横に振った。
「違うわ! 魔王軍の主戦力(私とグレン)は今ここにいるのよ! そもそも、私からそんな命令は出していない!」
「ええ、ラスティアの仕業じゃないわ。……システムログによると、これは意図的な『マッチポンプ』よ。何者かが裏で魔族の残党を扇動し、意図的に村を焼かせ、大量の死者を出した。そして……その悲劇の直後に、タイミング良く『契約勇者』を投入して、劇的な復讐劇を演出している」
ルチアナは、スマホの画面に映るゴッドチューブの『急上昇ライブ配信』のサムネイルを睨みつけた。
「……炎上神、ワイズ。最近神界に入ってきたあのクソガキが、PV(予算)稼ぎのために、人間の命をオモチャにしたヤラセ配信を仕掛けたのよ」
その言葉に、バックヤードの全員が息を呑んだ。
単なる勢力争いや戦争ではない。自分たちの利益(PV数)のためだけに、無実の村人を虐殺し、それを美談に仕立て上げるという、吐き気を催すほどの悪意。
スーパーでの和やかな日常が、一瞬にして残酷な世界の現実へと引き戻された。
「……店長」
ルチアナが、スマホを握りしめたまま俺を振り返った。
「ごめんなさい。私、午後のシフト、お休みをもらっていいかしら。……ちょっと、職場の『クソ生意気な後輩』に、神の裁き(コンプライアンス指導)を下してこなくちゃいけなくなったわ」
「私も行くわ、ルチアナ。私の管轄の魔族を勝手にオモチャにされたんだ。魔王として、落とし前をつけさせてもらうわよ」
ラスティアの目にも、先ほどまでのオタクの緩みはない。そこにあるのは、すべてを漆黒に染め上げる魔王の殺意だ。
「……」
俺は、無言でバインダーを机に置いた。
神と魔王。彼女たちが本気で怒っている。それはつまり、このポポロ村の平穏すらも脅かしかねない、大陸全土を巻き込む規模の『シリアスな危機(特大の赤字リスク)』が迫っているということだ。
ふと、窓の外を見た。
ポポロ村から遠く離れた、大陸の西の果ての空。
平和な青空を汚すように、一条の黒い煙が、不気味に立ち昇っているのが見えた。
(……冗談じゃない)
俺は胃薬のボトルを固く握りしめ、ギリッと奥歯を噛み締めた。
俺はただ、スーパー折原で売上を出して、こいつらと平穏にバカ話をして生きていきたいだけだ。
それを、PV稼ぎだのヤラセだのというふざけた理由で、俺の店の『常連客』の笑顔を奪い、日常を脅かすというのなら。
(相手が炎上神だろうが、勇者だろうが関係ない……。俺の店(日常)を荒らすクレーマーは、半額シールで理性を剥ぎ取り、社会の底辺まで値引き(ざまぁ)してやる……ッ!)
最強の勘違い店長と、限界バイトに身を落とした神々の平穏な日常は、こうして終わりを告げた。
遠い空の黒い煙は、新たなる嵐(シリアスな戦い)の始まりを、静かに、そして残酷に告げていた。
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