EP 8
定休日のサウナ会と、世界を堕落させる焼き鳥
ポポロ村の『スーパー折原』に、月に一度の定休日が訪れた。
休業の立て札を出し、シャッターを半分下ろした店内は、いつもの喧騒が嘘のように静まり返っている。
「ふぅ……。たまには店(数字)のことを忘れて、完全にオフにならないと、俺の胃壁がもたないからな」
エプロンを外した俺は、ドワーフの木工職人とルルナの善行ガチャで作り上げた増築棟『VIP専用・サウナ付き休憩室』のボイラーに魔力石を放り込んだ。
本日は時間交代制で、今は女性陣の入浴時間だ。
サウナ室の中では、神聖なヒノキ(に似た魔界の香木)の香りと、すさまじい熱気が立ち込めていた。
「ああっ……! くる……くるわぁっ! 毛穴という毛穴から、日々のアルバイトの疲れと、クレジットカードの支払いストレスが、汗と一緒にドバドバと流れ出ていくわァァッ!」
頭にタオルを巻いた女神ルチアナが、サウナストーンの前の特等席で天を仰いでいた。
「わかるわ、ルチアナ……。このチリチリとした熱波、私の魔王城の地下牢(灼熱責め)よりよっぽど快適ね。人間界の『さうな』という文化、これこそが至高のエンターテインメントよ……」
魔王ラスティアもまた、隣で汗だくになりながら、完全にオッサンのような恍惚の表情を浮かべている。
「ちょっと二人とも、うるさいわよ。せっかく村長業務の疲れを癒やしてるんだから、静かに『整って』ちょうだい」
キャルルが月兎族の長い耳をペタリと垂らし、目を閉じてじっと耐えている。
「ふふふ、私は代謝を上げてアイドルとしてのコンディションを完璧に仕上げますの! これで明日のライブも、ファンからお小遣い(スパチャ)を絞り放題ですの!」
一番の最年少であるリーザは、砂時計を見つめながら己の強欲に磨きをかけていた。
十分後。
「「「ぷはぁぁぁぁっ!!」」」
キンキンに冷えた水風呂から上がり、縁側スペースに並べられたリクライニングチェアに倒れ込んだ四人は、完全に言葉を失っていた。
ポポロ村の爽やかな秋風が、火照った体を優しく撫でていく。
「……整ったわ……。もう、何も考えられない……」
「……ええ。宇宙の真理なんて、どうでもよくなるわね……」
甚平姿の神と魔王は、口を半開きにして完全に使い物にならなくなっていた。
「おーい、お前ら。湯上がりで冷える前に、こっち来い。特製のまかないを作ってやったぞ」
俺が縁側へ顔を出すと、全員の目がパッと輝いた。
俺の手には、炭火を入れた七輪と、そこから立ち昇る暴力的なまでに香ばしい匂いの元――『肉椎茸の炭火焼き鳥』があった。
「な、なんなのその匂い!? お肉!? でもキノコの匂いもするわ!」
ルチアナが甚平の裾を乱しながら食いついてくる。
「これはポポロ村の特産品『肉椎茸』を、俺の社畜時代の知識(オヤジ飯)で串打ちにして、炭火でじっくり焼き上げたものだ。タレは醤油草とハニーかぼちゃの蜜を煮詰めた特製甘辛ダレ。塩はシンプルに天然塩だけだ」
ジュゥゥゥッ……!
七輪の上で、肉厚な肉椎茸の表面から脂が滴り落ち、炭火に当たって白い煙が舞い上がる。
「たまんねぇぜプロデューサー! 俺様にも一本くれェッ!」
裏で仕込みを手伝わされていたイグニスがヨダレを垂らしているのを、「お前はあとで男湯に入ってからだ」と制し、俺は焼き上がった串を女性陣に配った。
「そ、それでは……いただきますわ」
ラスティアがタレの肉椎茸串を口に運んだ。
「――――ッ!?」
瞬間、魔王の瞳孔がカッと開いた。
「な、なにこれぇぇっ!? 噛んだ瞬間、本物の肉みたいな弾力と肉汁が溢れ出て……その後に、キノコの強烈な旨味がドカンと爆発したわッ! 甘辛いタレの焦げた風味が、食欲のブレーキを完全にぶっ壊してくるゥゥッ!」
「こっちの塩もヤバい! 表面はカリッとしてるのに、中はフワフワ! 肉椎茸の素材の味がダイレクトに脳髄を殴ってくるわァァッ!」
ルチアナも塩焼きを頬張り、感動の涙を流している。
「ふふふ。だが、これだけじゃない。風呂上がり、そして焼き鳥と言えば……これだろうが」
俺は氷をたっぷり入れたジョッキをドンッと置き、米麦草から作られた度数37度の高級酒『サケスキー』を注いだ。そして、ルルナのガチャで出しておいた地球の『炭酸水メーカー』で作った強炭酸水を一気に注ぎ込み、マドラーで軽くステアした。
「キンキンに冷えた、サケスキーの強炭酸ハイボールだ。飲め」
「「いただきますッ!!」」
神と魔王がジョッキを両手で掴み、喉をゴクゴクと鳴らして流し込んだ。
「ッッッかぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!!!」
二人の絶対者が、これまでで一番大きく、そして一番下品なおっさんのような歓声を上げた。
「最高ォォォォッ!! 強烈な炭酸の刺激が、サウナでカラカラになった喉を切り裂いていくぅぅっ! サケスキーの芳醇な香りと、焼き鳥の濃い味付けが、口の中で完璧なマリアージュ(悪魔の契約)を結んでるわッ!」
ラスティアがジョッキを片手に天を仰ぐ。
「たまんないわね! 天界のワインや霊薬なんて、このジョッキ一杯のハイボールの前じゃただの泥水よ! 労働の後に、サウナに入って、焼き鳥齧ってハイボール流し込む……! これぞ究極の贅沢! 限界社会人の至福ゥゥッ!」
ルチアナも完全に出来上がり、甚平の胸元をはだけさせながらくだを巻いている。
「店長……アンタ、本当に恐ろしい男ね」
キャルルが人参ジュース(未成年なので)を飲みながら、肉椎茸の塩焼きを齧ってため息をついた。
「武力どころか、サウナと焼き鳥と酒だけで、神様と魔王様を『完全にダメなオヤジ』に作り替えちゃったじゃない」
「プロデューサーさん! 私もはやく大人になって、そのシュワシュワしたお酒を飲んでみたいですの!」
リーザが焼き鳥のタレを口の周りにつけながら目を輝かせている。
「ガッハッハ! 大人になるには、まずは俺様みたいに給料の八割を推しに貢ぐ覚悟が必要だぜェッ!」
イグニスが笑うと、俺は「お前はただのアホだ」とチョップを入れた。
縁側に並んで座る、世界の頂点たち。
「あーあ。もう世界征服とか、勇者と戦うとか、めんどくさくなっちゃったわー」
ラスティアが焼き鳥の串で歯の裏をいじりながらボヤく。
「わかるー。私も宇宙の管理とかもういいわ。クレカの支払いさえ終われば、ここで一生ダラダラして、リーザちゃんのライブ見て、メロンソーダとハイボール飲んで生きていきたいー」
ルチアナも完全に魂が抜けきっている。
(……ふっ。勝ったな)
俺はジョッキの氷をカラカラと鳴らしながら、心の中で冷徹なガッツポーズを決めた。
世界の脅威? 一国を消し飛ばすオーラ? そんなものは、スーパー折原の『完璧な福利厚生』の前には無力だった。
彼女たちはもう、当店が提供するジャンクな快楽と、オタ活の沼から抜け出すことはできない。俺の店を脅かす敵は、完全に『常連客兼、底辺アルバイト』へと無力化されたのだ。
「おい、お前ら。定休日が終われば、明日からまた特売ラッシュだぞ。サケスキー代を稼ぐために、レジ打ちと品出しを死ぬ気でやってもらうからな」
「「はーい、店長ォ〜」」
間延びした返事が、ポポロ村の夕空に響く。
最強の神と魔王を縁側で堕落させる、スーパー折原の定休日。
俺の胃の痛みは少しだけ和らいだが、この果てしなく弛緩した平穏な日常の裏で、新たなる『最悪の脅威』が動き出そうとしていることに、俺たちはまだ気づいていなかった。
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