EP 7
永遠の17歳(自称)の悩みと、特売のシートマスク
「……はぁ。ダメね。ぜんっぜんノリが悪いわ」
「……ええ。最近、どうにも乾燥がひどくて。目元の小ジワとか、笑うとちょっとファンデーションが浮くのよね……」
スーパー折原のバックヤード。
パイプ椅子に並んで座った女神ルチアナと魔王ラスティアが、手鏡を覗き込みながら、この世の終わりのような重いため息を吐いていた。
二人は『永遠の17歳』を自称(強弁)している。しかし、連日のリーザのライブでの過激なオタ芸、サウナと水風呂の往復、深夜までのイモッカ(芋酒)の痛飲、そして二郎系ニンニクアブラ飯のドカ食いという、健康と美容に喧嘩を売るような堕落しきった生活が祟り、彼女たちのお肌は完全に悲鳴を上げていた。
「神気をいくら練っても、肌のターンオーバーは促せないのよ……。天界の化粧水も、この下界の乾燥した空気には負けちゃうし」
「私なんて、ブラックホール出してるせいか顔の水分まで持っていかれてる気がするわ。……ねえ、これじゃあリーザちゃんにレスをもらった時、可愛く見えないんじゃないかしら」
「おい、バイトども。何を朝から死にそうな顔をしている」
開店前の在庫チェックをしていた俺は、バインダーを叩きながら二人に声をかけた。
「接客業において、身だしなみと笑顔は基本だぞ。そんなカサカサの肌と疲れ切った顔でレジに立たれたら、客が逃げるだろうが」
俺が社畜的観点から注意した、その瞬間だった。
「……あ?」
「……今、誰の肌がカサカサのババアだって言ったのかしら?」
ギロッ、と。
神と魔王の瞳から、冷酷な光が放たれた。黄金の神気と漆黒の魔力が、彼女たちの背後で実体化し、ドクロの形となって俺に牙を剥く。
「ひぃぃッ!!?」
俺の心臓が、喉から飛び出しそうになった。
(や、ヤバい! 永遠の17歳(自称)の地雷を真っ向から踏み抜いてしまったッ! 女性の肌トラブルを指摘するのは、小売業のクレーム対応において最悪のタブーだ!)
一瞬で消し炭にされる恐怖に、俺の膝はガクガクと震え、バインダーを取り落としそうになる。
「ち、ちがう! お客様……じゃなくて、従業員の健康管理も店長の仕事だからだ! お、俺に任せろ! 当店の『福利厚生』で、お前たちのその乾燥肌をプルプルにしてやるから!」
俺は必死に命乞い……もとい、説得を試みながら、バックヤードの隅でモップがけをしていた神官ルルナに向かって叫んだ。
「ルルナ! 例のガチャだ! 善行ポイントを使って、地球の『アレ』を出してくれ!」
「は、はい店長! お任せください!」
ルルナが目を輝かせ、モップを投げ捨てて祈りを捧げる。
「今朝も早起きして、村のドブ掃除とハトのフン掃除でポイントを稼いできました! 検索カテゴリー『美容』『地球』『特効薬』……いっけぇぇぇッ!」
ポンッ! と心地よい音と共に、ルルナの手元に現れたのは、見慣れた銀色のパッケージだった。
『地球の高級シートマスク(美容液ヒタヒタ・高保湿タイプ)』である。
「これを、今夜風呂上がりに顔に貼り付けて十五分待て。……いいか、絶対に十五分だぞ。それ以上やると逆に水分が飛ぶからな」
俺は震える手でそのパッケージを二人に手渡し、接客マニュアルばりの丁寧な口調で説明した。
「……ただの濡れた布切れじゃない。いいわ、プロデューサーがそこまで言うなら試してみるわ」
「これで効果がなかったら……どうなるか分かってるわよね、店長?」
神と魔王の脅しに、俺は胃をキリキリと痛めながら「お、お疲れ様でした……」と見送るしかなかった。
*
そして、翌朝。
スーパー折原の開店前。バックヤードの扉がバンッと開き、出勤してきた二人の姿を見た瞬間、店内にいた全員が息を呑んだ。
「お、おっはよー! 店長!」
「今日も絶好調よ! リーザちゃんのライブ、最前列で声出していくわよーっ!」
そこには、昨日のくすんだオバサン……もとい、疲れ切った女性の姿は微塵もなかった。
ルチアナとラスティアの肌は、内側から発光しているかのように白く透き通り、弾けんばかりの水分を保って『プルップルのツヤッツヤ』になっていたのだ。まさに、文句のつけようがない『真の17歳』の輝きである。
「な、なにこれ……ッ!」
いち早く反応したのは、村長のキャルルだった。彼女は持っていた人参を落とし、二人の顔にすがりついた。
「信じられない……! 昨日までカサカサだったのに、ゆで卵みたいにツルンツルンじゃない! 神気や魔力のせいじゃないわ、純粋に細胞が喜んでる!」
「ふふっ、わかる? 店長がくれた『しーとますく』っていうのを貼って寝たら、これよ!」
ルチアナが誇らしげに頬を指差す。
その言葉は、運悪く(あるいは運良く)開店待ちで店内に雪崩れ込んできたポポロ村の主婦たちの耳にも届いてしまった。
「えっ!? なにそれ、私も欲しいわ!」
「村長さんより綺麗な肌になるなんて! 店長さん、それいくらなの!? 金貨一枚!? いや、三枚出すわ!」
「私にも売って! 旦那が最近、私の顔を見てため息をつくのよォォッ!」
ドドドドドッ!
主婦の群れが、血走った目で俺のレジカウンターに殺到してきた。
「ひぃぃぃッ!?」
俺はレジの裏に隠れながら悲鳴を上げた。
美容に対する女性の執念は、魔王の殺意よりも恐ろしい。目の前にいるのは、圧倒的な購買意欲(という名の暴動)に取り憑かれた狂戦士の群れだ。
さらに最悪なことに、キャルルまでもがカウンターを乗り越えて俺の胸ぐらを掴んできた。
「店長ォォッ! アタシも最近、村長業務のストレスと、あんたの店の騒動のツッコミ疲れで、毛穴の開きが気になってたのよ! その『しーとますく』、アタシにも回しなさい! 一生のお願いよッ!」
「バ、バカ言え! あれはルルナのガチャで出た一品物だ! 在庫なんかあるわけないだろ!」
「うるさい! 在庫がないなら今すぐ出せ! さもないとこの店を営業停止処分にするわよ!」
(職権乱用だ! 行政のトップが賄賂(美容液)を要求してきやがった!)
俺は泣きそうになりながら、暴徒と化した女性客たちのプレッシャーから逃れる術を必死に探した。
このままでは、商品がないという理由で暴動が起き、店が破壊される。
(くそっ……! 商品がないなら……創り出して『安売り(特売)』するしかない!)
俺は脳内のシステムをフル稼働させ、エプロンのポケットから『目玉商品』の特売シールを大量にプリントアウトした。
「ルルナ! ガチャだ! 地球の布製品……なんでもいい、ただの『コットン布』を大量に出せ!」
「は、はい! (ポンッ!)」
「イグニス! 裏の森から『陽薬草』をありったけ引っこ抜いてこい! 絞って汁にするんだ!」
「オウッ! わけわからんが任せろぜェッ!」
俺はバックヤードの作業台に、ルルナが出したただのコットン布を広げ、イグニスが絞ってきた大量の『陽薬草(ポーションの原料になる万能薬草)』の青汁に浸した。
本来、陽薬草の汁を顔に塗ったところで、傷は治るが美容効果などたかが知れている。
だが、俺には『価値を操作する』という最強の武器がある。
「いくぞ……! 特売錬成ッ!!」
俺は、青汁に浸した布を素早く袋に詰め、その表面に黄金に輝く『目玉商品(特売)』のシールを次々と貼り付けていった。
『 目玉商品(大注目・効果絶大!)』
シュワァァァッ……!
シールの効果が発動し、袋の中のただの陽薬草パックの『美容価値』が、強制的に限界突破した。
物理的な効果ではなく、「これを貼れば絶大な美容効果が得られる」という概念的な価値がバフされたのだ。
「皆様、お待たせいたしましたァァッ!!」
俺は汗だくになりながら、山盛りのパックを抱えてレジに戻り、高らかに宣言した。
「こちらが、ルチアナ様とラスティア様もご愛用! スーパー折原が誇る新商品、『特製・陽薬草シートマスク(目玉商品)』でございます! 本日はなんと、特別価格の銅貨五枚でのご提供です!」
「「「ウオオオオオオッ!! 買うわァァァッ!!」」」
主婦たちの歓声(地鳴り)が、ポポロ村を揺らした。
飛ぶように、いや、奪い合うようにパックが売れていく。チャリン、チャリンとレジに銅貨が雪崩れ込み、用意した百枚の特製シートマスクは、わずか三分で完売した。
「……はぁ、はぁ。助かった……」
俺は空になった段ボール箱にへたり込み、胃薬を口に放り込んだ。クレーム対応による命の危機を、なんとか機転(特売錬成)で乗り切ったのだ。
「ふふふ、私の肌もこれでプルプルね♡」
キャルルがさっそくパックを顔に貼り付けながら、ご機嫌な様子でウサギの耳を揺らしている。
「プロデューサーさん! いつも裏方で頑張ってるルルナ先輩にも、一枚プレゼントしてあげてくださいの!」
リーザが気を利かせて言うと、ルルナも「わぁっ! ありがとうございます店長!」と喜んでいた。
そして。
「いやー、助かったわ店長。おかげで肌の調子も最高だし、これで心置きなく徹夜でリーザちゃんのライブ配信のアーカイブが見られるわ!」
「ええ。サウナで汗を流した後、イモッカを飲みながらオタ芸の練習もできるわね!」
ルチアナとラスティアが、キラキラに輝く17歳の肌のまま、底辺オタクのようなセリフを吐いて笑い合っている。
「……いや、寝ろよ。お前ら。また肌荒れしてクレームつけてきても、もう在庫はないからな……」
俺の虚しいツッコミは、オタ活の予定で盛り上がる彼女たちの耳には一切届かなかった。
神と魔王の肌荒れから始まった暴動は、結果としてスーパー折原に新たな名産品(バカ売れ商品)をもたらした。
俺の胃壁は今日もゴリゴリと削られ続けているが、この理不尽な世界で生き残るための『小売業の知恵』は、着実に磨かれているのだった。
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