EP 3
神と魔王の頂上決戦と、ニンニクマシマシのまかない飯
特設みかん箱ステージの上に、純白のドレスに身を包んだリーザが躍り出た。
「みなさーん! 今日も私のために、たっくさんの愛(軍資金)を持ってきてくれてありがとうございますのーっ!!」
ドンッ! と、地球産のアンプから重低音のビートが鳴り響く。
スーパー折原の店舗前は、凄まじい熱気に包まれていた。漁から帰ってきたばかりの水産組合(元・海兵親衛隊)の面々が、大漁旗を振り回しながら「ウオォォォッ! 姫ェェッ!」と雄叫びを上げている。
そして、その狂騒の最前列ど真ん中には、世界の頂点に君臨する二人の絶対者が陣取っていた。
「オラオラァッ! リーザちゃんこっち向いてェッ! 私の愛(アバロン魔皇国の国家予算)を受け取りなさァァァイッ!」
魔王ラスティアが、八本の青いサイリウムを風車のように振り回しながら、足元に魔法空間を展開し、そこから金貨の詰まった麻袋を次々とステージへ投げ込んでいく。
「ヒィィッ! ま、魔王様! それは我が国のインフラ整備用の予算ですゥゥッ!」
付き添いで来ていた元・四天王のルーベンス(現在はスーパーのPA機材担当)が、ミキサーの影から悲痛な叫びを上げているが、限界オタクと化した魔王の耳には届かない。
「ちょっとラスティア! あんただけ抜け駆けしてんじゃないわよ!」
その隣で、ピンクの芋ジャージを着た女神ルチアナが、サングラスをカチ上げて対抗心を燃やす。
「私は神界のトップよ! オタクとしての格の違いを見せつけてやるわ! くっ……限度額いっぱいのクレカ(エンジェルすまーとふぉん)のキャッシング枠を解放して……限界突破のスパチャよォォォッ!」
ルチアナがスマホの画面を連打すると、天界から黄金の光と共に『神聖な秘宝(換金アイテム)』がボロボロと降り注ぎ始めた。
「わぁぁっ! 新規の太客のお姉さんたち、凄いですのーっ!! もっともっと、絞り出してくださいの♡ Love & Money!!」
リーザがマイクを握りしめ、強欲なウインクを放つ。
それに呼応するように、魔王と女神の熱狂(オタクの業火)はさらにエスカレートしていった。
「私が一番の太客よ!! 魔王の財力を見なさい!」
「うるさいババア! 神の経済力(借金)を舐めるなァァッ!」
ズドォォォォォォンッ!!
二人の感情の高ぶりに呼応し、魔王の漆黒の魔力と、女神の黄金の神気が、物理的な衝撃波となってポポロ村の空間で激突した。
空が真っ二つに割れ、大気が悲鳴を上げる。
「ひぃぃぃッ! 村が! アタシの村が消滅しちゃうぅぅっ!」
月兎族のキャルルが、耳を塞いで地面に伏せた。竜人のイグニスでさえ「バケモノどもの覇気で息ができねぇ……ッ!」と膝をついている。
神話の時代を彷彿とさせる、世界の理が崩壊するほどの頂上決戦。
――しかし。俺の目に映っていたのは、世界の終わりなどという壮大な光景ではなかった。
「……あ、ああっ! 店のガラス窓にヒビがッ! 特売の『月見大根』と『ダイズラ豆』のワゴンが、突風で吹き飛ばされそうになってるッ!!」
俺はレジの奥で、頭を抱えて悲鳴を上げていた。
「やめろォォッ! 商品は店(小売業)の命だ! あんなバケモノどものオタ活の余波で、俺の店の陳列棚をメチャクチャにされてたまるかァァッ!」
恐怖で足はガクガクと震えている。
一歩でも近づけば、あの黄金と漆黒のオーラで消し炭にされるかもしれない。だが、俺の『社畜としての責任感(赤字への恐怖)』が、生存本能を完全に凌駕してしまった。
「そこを退け、イグニス! キャルル!」
「て、店長!? 死ぬわよ! 行っちゃダメぇぇッ!」
キャルルの制止を振り切り、俺は緑色のエプロンを翻した。
相手は絶対者。正面から行けば消し飛ばされる。ならば、俺が社畜時代に培ったクレーマー対応の極意――『死角からの神回避』を使うしかない。
ヒュッ……!
俺は姿勢を極限まで低くし、飛び交う神気と魔力の波の隙間を縫うようにして、ステージの最前列へと滑り込んだ。
(死ぬ死ぬ死ぬ! おしっこ漏れそう! でも、ガラスの修理代のほうが怖いィィッ!)
心の中で絶叫しながら、俺は右手に握りしめた『半額』シールの束を素早く二枚剥がした。
そして、互いを睨み合い、今まさに極大魔法と神罰を撃ち合おうとしていたルチアナとラスティアの背中に、音もなく背後から張り付いた。
「当店での……迷惑行為は……お断りだァァァッ!!」
ペタッ! ペタッ!
二人の背中に、鮮やかな赤字で『半額(理性50%オフ)』と書かれたシールが貼り付けられた。
シュゥゥゥン……。
その瞬間、世界を滅ぼしかけていた絶大なオーラが、嘘のように霧散して消え去った。
割れていた空が元に戻り、突風が止む。
「……あれ?」
「……はて? 私は今、何を……?」
シールを貼られた神と魔王は、瞳から一切の知性と敵対心を失い、まるで深夜のテレビショッピングを見つめるニートのような、ぽかんとした間抜けな表情で立ち尽くしていた。
「ふぅ……」
俺は全身汗だくになりながら、二人の肩をポンポンと叩いた。
「お客様方。ライブで熱くなるのは結構ですが、他のお客様や店舗に迷惑をかける行為はご法度です。頭を冷やしてもらうために、バックヤードへご同行願います」
「あ、はーい……」
「なんか……お腹空いたわ……」
理性を半額に割り引かれ、完全に『チョロい客』と化した二人は、幼児のように素直に頷き、俺の誘導に従ってスーパーの裏口へとゾロゾロと歩いていった。
「……うそぉ。あのバケモノ二人を、シール二枚でお持ち帰りしちゃったわよ、あの店長」
キャルルが呆然と呟き、イグニスも「プロデューサーの手腕、もはや神殺しの領域だぜ……」と戦慄していた。
*
スーパー折原のバックヤード。
段ボールが積まれた休憩スペースのパイプ椅子に、芋ジャージの女神ルチアナと、ゴシック鎧にハッピを着た魔王ラスティアが、ぽつんと並んで座っていた。
「いいか。あんたたちがいくら偉い神様や魔王だろうと、俺の店では俺のルールに従ってもらう。暴れた罰として、今日は当店の『特製まかない弁当』を食べて反省してもらうぞ」
俺はそう言って、ドワーフ製の保温庫から二つの巨大な丼ぶりを取り出し、彼女たちの前にドンッ! と置いた。
「な、なによこれ……!」
丼の中身を見たラスティアが、目を丸くして身を乗り出した。
「山のように盛られた米麦草の上に、分厚く切られたシープピッグの極厚豚肉! そして、くたくたに煮込まれたレ足スと太陽芋! なにより……この強烈な刻みニンニクと、暴力的な量の背脂は一体なんなのよッ!?」
俺が提供したのは、ルナミス帝国軍の戦闘糧食にも採用されている二郎系超回復理論のベース――『豚神屋監修・ニンニクマシマシアブラカタメ特製弁当』であった。
「……こんなの、天界では絶対に許されない食べ物よ……」
ルチアナが、サングラスを外してゴクリと喉を鳴らした。
「私が天界でヴァルキュリアに無理やり飲まされている『緑の絶望(極悪青汁)』や『聖なるプロテイン』とは真逆の……健康という概念を完全に放棄した、炭水化物と脂質の暴力じゃない……っ!」
「食え。食わなきゃ帰さないぞ」
俺が腕を組んで凄むと(本当は足が震えているが)、理性をデバフされている二人は、おそるおそる割り箸を手に取り、その極悪なニンニクアブラ飯の山へと喰らいついた。
「――――ッ!?」
一口食べた瞬間。神と魔王の瞳孔が、限界までカッと見開かれた。
「な、ななな……なんという暴力的な旨味なのッ!?」
魔王ラスティアが、咀嚼しながらワナワナと震え出した。
「私のアバロン魔皇国で食べている、ロックバイソンの暗黒赤ワイン煮込みのような上品さとはまるで違う! 塩分! 脂! ニンニク! 脳の報酬系を直接ハンマーで殴りつけてくるような、圧倒的な背徳感ッ! ま、魔王の私としたことが……こんな下品な食べ物に、レンゲが止まらないわァァッ!」
魔王がものすごい勢いで豚肉に喰らいつき、口の周りをアブラまみれにして貪り食う。
「ああっ……! 駄目、こんなの食べたら、またヴァルキュリアに正座説教されちゃう……! でも、でもォッ!」
女神ルチアナもまた、涙を流しながら一心不乱に丼をかき込んでいた。
「美味しい……っ! 連日の激務とクレカの請求に追われる私のすり減った心に、この濃すぎる醤油草の塩分がジンジン染み渡るわぁぁっ! もう健康とかどうでもいい! 私はこの脂の海で溺れたいィィッ!!」
ズルズルズルッ! ガツガツガツッ!
バックヤードに、世界の頂点たる二人が、ジャンクフードの魅力に完全に屈服し、野生の獣のように餌を貪る音だけが響き渡る。
高貴な食事しかしてこなかった彼女たちにとって、地球の限界社会人が編み出した『二郎系・ニンニクマシマシ』の暴力的な味付けは、劇薬にも等しい威力を持っていたのだ。
「……ぷはぁぁぁっ!!」
数分後。二人は顔をテカテカに光らせ、空になった丼を置いて、だらしなくパイプ椅子に背もたれを預けた。
「……店長。負けたわ。私の魔力も覇気も、この一杯の前に完全に屈服したわ」
ラスティアが、幸福感に満ちた緩んだ顔で呟く。
「……店長さん。お願い、またこれ食べさせて。私、ここで皿洗いでもレジ打ちでもなんでもするから……このお弁当のまかない付きで雇って……」
ルチアナに至っては、すっかり堕落した目で俺に命乞い(バイトの懇願)をしてきた。
(……勝った)
俺は心の中でガッツポーズを決めた。
半額シールのデバフと、胃袋を直接掴む『餌付け』のコンボ。これにて、理不尽極まりない超大型クレーマーたちは、完全に当店の手名付けられた『太客』兼『無料の労働力』へとクラスチェンジを果たしたのだ。
「いいだろう。当店は現金がなくても、労働での対価(お支払い)を歓迎している。明日からお前たちは、リーザちゃんのライブで警備と清掃を手伝う『アルバイト(神と魔王)』だ。時給は銅貨二枚。まかないは付けたる」
「「ありがとうございます、店長ォォォッ!!」」
世界の絶対者二人が、パイプ椅子の前で深々と俺に土下座した。
「……えぇと。店長さん、裏で何があったんですの?」
ライブを終えたリーザが、首を傾げながらバックヤードを覗き込んでくる。
「見ちゃダメよリーザちゃん。アレは資本主義の闇に飲まれて完全に洗脳された可哀想な大人たちよ」
キャルルがリーザの目を手で隠しながら、俺をドン引きした目で見つめていた。
こうしてスーパー折原は、世界を滅ぼすバケモノたちを、一杯のジャンクフードで完全に飼い慣らすことに成功したのである。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




