第四章 神と魔王と、限界オタクの特売日
世界の頂点、ご来店(ただし不審者)
「へい、いらっしゃい! 今朝上がったばかりの極上キングクラブに、脂の乗ったマグローザの大トロだよ! リーザ姫への愛のために、俺たち水産組合が海底から引きずり出してきた最高級品だ! 買っていきな!」
威勢の良い声が、スーパー折原の新設『鮮魚コーナー』に響き渡る。
ねじり鉢巻にゴム長靴という、完全に市場のオヤジと化したシーラン国の元海兵親衛隊の指揮官が、巨大な包丁で巨大魔獣を鮮やかに捌いていた。
「いらっしゃいませー! タイムセール実施中ですよ! 本日の夕飯は海鮮丼で決まりですね!」
俺、折原晴也は、深緑色のエプロンを締め直し、完璧な営業スマイルで村の主婦たちにパック詰めの刺身を売り捌いていた。
先日の『特売ゲリラライブ』で、理不尽な武力と殺意を持って襲来したシーラン国の精鋭部隊。彼らは今や、リーザのライブを見るための資金を稼ぐべく、当店専属の『ポポロ村水産組合』としてマグローザ漁船や蟹工船に乗り込み、命懸けで漁に出る優良なビジネスパートナー(労働力)へと変貌を遂げていた。
「……本当に、意味がわからないわ」
レジ横で人参ジュースをチューチューと吸いながら、ポポロ村の村長である月兎族のキャルルが、呆れ果てたようなため息を吐いた。
「一国の精鋭部隊よ? それが今じゃ、完全にスーパーの鮮魚担当じゃないの。アタシ、この異常な状況をルナミス帝国の本国にどう報告すればいいのよ……」
「これも立派な産業振興だろ、村長。彼らは労働の喜びと推し活の尊さを知り、我がスーパーの利益率向上に多大な貢献をしてくれている。極めて健全なエコシステムさ」
俺が売上データをまとめた羊皮紙をチェックして満足げに頷いていると、バックヤードの扉がバンッと開き、純白のフリルドレスに身を包んだリーザがホクホク顔で飛び出してきた。
「プロデューサーさん! 今日も私のブロマイド、完売しましたの! イグニスさんがお給料を前借りして箱買いしてくれましたの!」
「ガッハッハ! リーザたその尊い笑顔を独占するためなら、ランチェスター戦略における一点突破の集中投資だぜェッ!」
リーザの後ろから、首にタオルを巻き、両手に青いサイリウムと大量のブロマイドを抱えた竜人のイグニスが、気持ちの悪いオタク特有の早口でまくしたてる。
「素晴らしい熱量だ、イグニス。だがリーザ、一部の太客(VIP)に依存するビジネスモデルは非常に危険だ。常に新規顧客の開拓と、客単価の底上げを意識しろ」
「はいですの! 私、もっともっとたくさんのファンから愛(お小遣い)を巻き上げるために、ルルナ先輩に新しい機材のガチャを回してもらいますの!」
「任せてくださいリーザちゃん! ドブ掃除とゴミ拾いのシフトを倍増して、善行ポイントを荒稼ぎしてきます!」
教会の神官でありながら、すっかり重度の地球ガチャ中毒者となったルルナが、鼻息を荒くして村の清掃用具を抱えて駆け出していった。
極貧の地下アイドルだったリーザは、今やスーパー折原の売上を牽引する絶対的な看板娘だ。
そして、元海兵たちという安定した仕入れルートの確保。
平和だ。
すべてが俺の計算(店舗運営マニュアル)通りに完璧に回っている。ブラック小売業で心身を削られた俺にとって、ここはまさに理想の職場と言えた。
――だが、その平穏は、夕刻の空と共に突如として終わりを告げた。
「……ん?」
レジ締めを始めようとしていた俺は、ふと手を止めた。
風向きが変わった。いや、そんな生易しいものではない。空気が、物理的な重さを持って肌にまとわりついてくるような嫌な感覚。
スーパーの開け放たれた入り口から外を見ると、天の上と、地の底――相反する二つの方向から、とてつもなく巨大で、そして異質な『何か』が、このポポロ村に向かって急速に集束してきているのがわかった。
「……な、なに、これ……ッ!?」
先ほどまで呆れ顔だったキャルルのウサギの耳が、ピンッ! と限界まで逆立ち、彼女はガクガクと膝を震わせ始めた。
「て、店長……! うそでしょ、あり得ないわ! 天の上から降り注ぐような『神聖な力』と、地の底から湧き上がるような『絶大な魔力』……! 一国を消し飛ばせるレベルのバケモノが、二体同時にこっちに向かってきてるわよ!?」
「オ、オイオイオイ……冗談キツいぜ……」
ブロマイドを抱えていたイグニスも、顔面を土気色に変えて大斧を握り直す。
「俺様も親父からおとぎ話で聞いたことがある程度だが……あのプレッシャー、まさか神話の時代の調停者クラスか……!?」
強者であるキャルルやイグニスが、本能的な恐怖で身動きすら取れなくなっている。
実際、村の空は異様な色に染まっていた。半分は黄金に輝く神々しい光に、もう半分はすべてを飲み込むような漆黒の闇に。
(……ヤ、ヤバい!!)
俺の心臓は、早鐘のように激しく鳴り響いていた。
神話の時代? 一国を消し飛ばす?
そんなファンタジーなスケールの話は、俺の社畜脳には一ミリも理解できない。
だが、俺の『小売業の店長』としてのトラウマセンサーが、警鐘をガンガンと鳴らし続けていたのだ。
(この異常なプレッシャー……間違いない! クレームの域を超えた、超大型の強盗団だ!!)
かつて、深夜のワンオペ中に遭遇した、金属バットを持った強盗。あるいは、賞味期限切れの惣菜をわざと持ち込んで慰謝料をふんだくろうとした、その筋のプロのクレーマー。
俺の目には、ポポロ村に向かってくるその絶大なオーラが、『売上金と商品を狙う、超絶厄介な物理的脅威』にしか映っていなかった。
「ひぃっ……! どうしよう、今日に限って水産コーナーが爆売れしたせいで、レジの売上金(現金)がパンパンだぞ! こんなの根こそぎ持っていかれたら、大赤字どころか店が潰れるッ!」
俺は内心で悲鳴を上げながら、ガタガタと震える足をごまかすように、エプロンのポケットを探った。
「店長さん!? どうしてそんなに冷静なんですの!?」
リーザが涙目で俺の背中にしがみついてくる。
「……冷静なものか。俺は今、猛烈に焦っている」
俺は額に大量の冷や汗を浮かべながら、レジの奥から一本の長い棒――ドワーフの鍛冶屋に特注で作らせた『防犯用さすまた』を引っ張り出し、さらに右手には脳内システムで錬成した『半額』シールの束を握りしめた。
「いいかお前ら! 相手が何者かは知らんが、狙いは間違いなく当店の『売上金』か『商品』だ! キャルル、ルルナ! 直ちにレジの現金を金庫に移してロックしろ! イグニス、お前は入り口のバリケード兼、不審者制圧のサポートだ!」
「て、店長……アンタ、正気なの!?」
キャルルが震える声で叫ぶ。
「あんなの、国軍が束になっても勝てないような規格外の存在よ!? それを、強盗扱いして『さすまた』一本で立ち向かう気!?」
「当たり前だ! 誰が自分の店の売上(命)をタダで渡すか!」
俺は震える足に無理やり力を込め、店の入り口、特設のみかん箱ステージの前に仁王立ちした。
「相手がどこのどいつだろうと関係ない! 当店で暴れるような客は、俺がこの『半額シール』で、理性を50パーセントオフのチョロい客にデバフしてやる! ……さあ来い、超大型強盗ども! スーパー折原の防犯マニュアルの恐ろしさを、その身に刻んでやるッ!!」
「……っ!」
俺のその言葉に、キャルルもイグニスも息を呑んだ。
本当は「ヒィィッ! 誰か警察(騎士団)を呼んでくれェェッ!」と泣き叫びたいのに、社畜時代に骨の髄まで染み付いた『店と商品を守る』という悲しき防衛本能が、俺の態度を無駄に堂々としたものに変換してしまっていた。
「……す、すげぇぜ店長。あの世界を滅ぼすようなプレッシャーを前にして、一歩も引かねぇどころか、ただの強盗扱いだなんて……」
「これが……これが数々の修羅場をくぐり抜けてきた、大人の余裕……プロデューサーさんの真の力ですのね!」
イグニスとリーザの目に、尊敬の念がキラキラと浮かんでいる。
(違う! 俺はただ、売上が減って始末書を書かされるのが死ぬほど嫌なだけだ!)
俺の悲痛な心の叫びは、誰にも届かない。
ゴゴゴゴゴゴッ……!!
そして。
ポポロ村の静寂を破り、スーパー折原の店舗前に、二つの影がドスン! と音を立てて降り立った。
一人は、神々しい光を纏いながらも、なぜか芋ジャージにサングラス姿という不審極まりない格好の女。
もう一人は、禍々しい闇のオーラを放ちながら、その両手にリーザの特製うちわやサイリウムを大量に抱え込んだ、明らかに推し活グッズで完全武装した女。
天界を統べる世界の女神ルチアナと、アバロン魔皇国を統べる魔王ラスティア。
世界の頂点に君臨する二人の絶対者が、極貧地下アイドルの『お忍びライブ参戦』という名の最悪の厄介客として、ついに当店にご来店(襲来)したのだった。
「い、いらっしゃいませぇぇっ!!」
俺の声が、恐怖でひっくり返りそうになりながらも、夕暮れの空に響き渡った。
スーパー折原、かつてない『大特売日(頂上決戦)』の幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
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