EP 10
「ゴッドチューブのバズと、天界・魔界の反応」
「いらっしゃいませ! 本日水揚げされたばかりの、ポポロ村近海産『極上キングクラブ』と『朝どれマグローザ』はいかがでしょうか! 当店の専属水産組合が命懸けで獲ってきた、鮮度抜群の海の幸ですよ!」
スーパー折原の店内に、今日も俺の威勢の良い営業スマイルが響き渡る。
新設された『鮮魚コーナー』の氷の上には、かつてポポロ村を強襲した巨大魔獣たちの身が、美しく解体されてズラリと並んでいた。
「おおっ、このカニの足、大将の腕より太ぇじゃねぇか!」
「マグローザのトロの部分も最高ね! 今夜はお刺身よ!」
村の主婦たちやルナミス兵たちが、目を輝かせて次々とパックをカゴに入れていく。
「ヘイいらっしゃい! 姫様への愛のために、俺たちが海底二万マイルから素潜りで引っ張ってきた特大ガニだ! どんどん買ってくれよな!」
鮮魚コーナーの裏で魚を捌いているのは、ねじり鉢巻にゴム長靴を履いた、シーランの海兵親衛隊の指揮官(元)である。彼らはすっかり『スーパー折原・専属水産卸売業者』としての板に付き、威勢の良い魚屋のオヤジと化していた。
「……信じられないわ。一国の精鋭部隊が、ただの漁師兼アイドルオタクになっちゃうなんて」
キャルルがレジ横で人参ジュースをストローで啜りながら、呆れたように呟く。
「これが資本主義の力だよ、村長。彼らは労働の喜びと推し活の尊さを知り、極めて健全なエコシステムに組み込まれた。おかげで当店の利益率もウナギ登りだ」
俺が売上データをチェックして満足げに頷いていると、バックヤードからフリルのアイドル衣装を着たリーザが、ホクホク顔で出てきた。
「プロデューサーさん! 今日も私のグッズ(ブロマイド)、完売しましたの! イグニスさんが給料の八割を突っ込んで、箱買いしてくれましたの!」
「ガッハッハ! リーザたその輝きを独占するためなら、安い投資(ランチェスター戦略)だぜェッ!」
首にタオルを巻き、両手に大量のブロマイドを抱えたイグニスが、親指を立てて笑っている。
「良い傾向だ。だがリーザ、一部の太客に依存するビジネスモデルは危険だ。常に新規顧客の開拓を忘れるな」
「はいですの! 私、もっともっとたくさんのファンからお小遣い(愛)を巻き上げるために、新曲の振り付けを練習してきますの!」
リーザはガッツポーズをして、意気揚々とバックヤードの鏡の前へと戻っていった。
かつてパンの耳を巡ってハトと争っていた極貧地下アイドルは、今やスーパー折原の売上を牽引する絶対的な『看板娘』へと成り上がっていた。
平和だ。すべてが俺の計算(店舗運営)通りに回っている。
――だが。
俺たちはまだ、知る由もなかった。
前回の『特売ゲリラライブ』の熱狂を、たまたま客として訪れていた一人の旅の商人が『魔導記録用クリスタル』で撮影し、あろうことかそれを世界のネットワーク網――『ゴッドチューブ』へとアップロードしてしまっていたことを。
*
同刻。
鬱蒼とした闇に包まれたアバロン魔皇国、魔王城の最深部にて。
禍々しい玉座に寝転がっていた永遠の17歳(自称)・魔王ラスティアは、虚空に投影されたゴッドチューブの画面を見て、持っていた赤いサイリウムをポロリと落とした。
『愛も富も同じ輝き (どっちも本物ー!)
ダイヤも株も♪ 土地も愛も♪ (All Need! All Need!)
貴方の全て(人生)を背負って生きていける (Fuuu〜!)』
画面の中で、純白のドレスを着た人魚の少女が、圧倒的な歌唱力とウインクで観客(海兵たち)の全財産を巻き上げている。
「……な、なにこれ。なにこの子……ッ!」
ラスティアの美しい瞳が、信じられないものを見たように限界まで見開かれた。
「魔、魔王様! いかがなされましたか!」
側近の魔族が慌てて駆け寄る。
「前にポポロ村に派遣した『狂獣大隊』が壊滅した件でしょうか! あの雷神の月兎め、我が国の精鋭を一人で……」
「違うわよバカ! そんなのどうでもいいの!」
ラスティアがバンッ! と玉座を叩いて立ち上がった。
「見てよこれ! このアイドル、凄すぎるわ! 地球の朝倉月人くんみたいなキラキラ感がありながら、客の金を限界まで搾り取ろうとするドス黒い強欲さ……! そのギャップがたまらないじゃない! なにこの『Love & Money』って曲! 私の魂(オタク心)にブッ刺さったわ!」
「は……? ア、アイドル……?」
「再生回数、すでに一千万回を超えてるわよ! しかもこれ、あのルーベンスがバイトしてるっていう辺境の『スーパー』の特設ステージじゃないの!」
ラスティアは興奮のあまり、両手で顔を覆って身悶えした。
「決めた! 私、直々にこの村に行くわ! お忍びで最前列のチケット取って、この子に私の全財産(魔王軍の予算)をスパチャしてくる!」
「ま、魔王様ァァァッ!? ご乱心はお鎮めくださいィィッ!」
魔王城に、側近の悲痛な叫びが空しく響き渡った。
*
一方、遥か上空。
雲の上に広がる、神聖にして不可侵の領域――『天界』。
黄金の神殿の奥深くで、世界のシステムを管理する最高位の女神ルチアナは、ポテトチップスを齧りながら神のタブレット(iPad)を眺めていた。
「んもー、最近の下界は平和すぎて退屈ねー。勇者の子孫たちも全然魔王倒しに行かないし。ゴッドチューブでも見よーっと」
ルチアナが適当にランキング1位の動画をタップした、その瞬間。
画面いっぱいに、リーザの特売ゲリラライブの映像が流れ始めた。
「……ぶふぅっ!?」
ルチアナが、食べていたポテトチップスを盛大に噴き出した。
「な、なにこれ!? このアイドルが着てる衣装、私が設定したガチャシステムの『地球のアイドル衣装(UR)』じゃない! しかも手に持ってるの、地球製のワイヤレスマイクとアンプ!? どうして異世界の田舎村にこんなオーバースペックな機材が揃ってんのよ!」
ルチアナは慌ててシステムログを引っ張り出した。
「えーと、発信源は……ポポロ村の『ルルナ・カギタ』!? あーっ、あの勇者と聖女のポンコツ末裔! まーたドブ掃除とゴミ拾いの善行ポイントを全ツッパして、アイドルの機材を錬成したのね! 神の奇跡を完全に裏方の小道具扱いしてるじゃないのォォッ!」
女神が頭を抱えて地団駄を踏む。
だが、怒り狂いながらも、映像から流れるリーザの歌声は、彼女の神聖な耳にも心地よく響いていた。
『絶対無敵のスパチャアイドル!
五円が積もれば 山となる!』
「……ていうか、この子、めちゃくちゃ歌上手いし可愛いのよね。ちょっと推せるかも……」
ルチアナが、ポッと頬を染めて呟く。
「ダメよルチアナ、神たる者が下界のアイドルにハマるなんて! でも、生ライブ……一度くらい観てみたいわね。それに、この『スーパー』って店、私のシステムを悪用してる疑いがあるし、直接視察(お忍びライブ参戦)に行くしかないわ!」
職権乱用という名の、新たなる厄介オタクが天界で産声を上げた瞬間であった。
*
そして、夕刻のポポロ村。
スーパー折原の店先で、俺は閉店の準備をしながら、ふと空を見上げた。
「……ん?」
風向きが変わった。
ただの天候の変化ではない。天の上と、地の底から、とてつもなく巨大な『熱気(魔力)』が、このポポロ村に向かって急速に集束してきているのが、肌で感じ取れたのだ。
「店長、どうしたの? 難しい顔して」
キャルルが箒を持ちながら不思議そうに首を傾げる。
「いや……」俺は少しだけ口角を吊り上げ、エプロンのポケットにある『特売シール』の束を撫でた。「どうやら、当店のアイドル(リーザ)の集客力が、俺の想像を少しだけ超えてしまったらしい。明日あたり、とんでもない『VIP客』が来るかもしれないな」
「VIP客ぅ? お金持ちなら歓迎よ! またリーザちゃんのライブでガッツリ搾り取ってやりましょう!」
「ああ。相手が神であろうと魔王であろうと関係ない。当店は、いかなるお客様にも最高の『接客』を提供するだけだ」
俺は店舗のシャッターを下ろし、静かに来るべき『大特売日』への闘志を燃やした。
極貧アイドルと社畜店長が巻き起こした熱狂は、ついに世界の理すらも巻き込み、新たなる嵐を呼ぼうとしていた。
*
『ついにあの神と魔王が動く――!
迫り来る天界と魔界の絶対的VIP客たちに、社畜店長の『スーパーの理屈(接客)』が炸裂する!?
推し活に狂ったトップ層から全財産を搾り取れ!
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