EP 9
「マグローザ漁船行きと、新しいお小遣い」
チャリン、チャリン、ジャラララッ……。
スーパー折原の店頭に築き上げられた、黄金と宝石の山。
みかん箱の上に立つ純白のアイドル・リーザの足元には、シーランの海兵親衛隊が投げ打った全財産が、まばゆい光を放って積み上がっていた。
そしてその周囲の砂浜には、極限の熱狂と全財産を失ったことによる『圧倒的な満足感(賢者タイム)』により、白目を剥いて気絶した数百の魚人兵と巨大魔獣たちが、文字通り屍のように転がっている。
「……な、なんだこの恐ろしい光景は」
レジカウンターの下でガタガタと震えていた元・アバロン四天王のルーベンスが、恐る恐る這い出してきて、その惨状(?)に戦慄の声を漏らした。
「魔王軍の略奪よりえげつない……一滴の血も流さずに、一国の軍隊から全財産と戦意を根こそぎ奪い取るとは。こ、これが資本主義の闇か……ッ!」
「人聞きの悪いことを言うな、新人。これは彼らが自らの意志で提供した『正当な対価』だ。当店は押し売りなど一切していない」
俺はエプロンのポケットを金貨でパンパンに膨らませながら、冷徹な営業スマイルで振り返った。
「さあ、ルルナ。この売上をレジに入金してこい。イグニス、お前は倒れているお客様(海兵)たちが起きるまで、冷たい水でも配ってやれ」
「了解だぜプロデューサー! クッ……俺様も、もっと給料が高ければ、あの海兵どもに負けないくらいのスパチャをリーザたそに投げられたのによォ……ッ!」
イグニスがサイリウムを握りしめ、悔し涙を流しながら海兵たちの介抱に向かう。完全にオタクのメンタルである。
「アタシ、もうツッコミ疲れたわ……。行政のトップとして、この状況をどう本国(ルナミス帝国)に報告すればいいのよ……」
キャルルがトンファーを地面に投げ捨て、疲労困憊といった様子で座り込んだ。
それから数十分後。
気絶していた海兵の指揮官が、「ハッ!」と息を吹き返し、勢いよく上半身を起こした。
「……お、オレは……! 姫様の極上のライブで、オレの魂が天に昇って……」
指揮官は夢見心地の顔で周囲を見回し――そして、空っぽになった自分のズタ袋(軍資金入れ)と、すっからかんになった部下たちの財布を見て、顔面を土気色に変えた。
「あ、あああああッ!? な、無い!? 女王様から預かった遠征用の軍資金が、銅貨一枚残らず消え失せているゥゥッ!?」
指揮官の絶叫に、他の魚人兵たちも次々と飛び起き、己の懐を探っては悲鳴を上げた。
「た、隊長! オレたちの個人的な貯金も全部なくなってます!」
「そうだった……! おれたち、姫様のあまりの尊さに理性が吹き飛んで、持ってるもの全部投げちまったんだ……っ!」
海兵たちが頭を抱え、砂浜を転げ回って絶望する。
「ど、どうする!? このままじゃ本国に帰るための食料も買えないぞ!」
「それ以前に、軍資金を全額アイドルの投げ銭に溶かしたなんて女王様に知られたら、おれたち全員、海溝の底で八つ裂きの刑だァァッ!」
理不尽な武力で村を更地にしようとしていた精鋭部隊は、自らの強欲と推し活の代償により、完全なる『帰宅困難の破産者』へと没落していた。
「お困りのようですね、お客様」
パニックに陥る海兵たちの前に、俺は冷えたおしぼりを差し出しながら、救世主(悪魔)のような笑みを浮かべて歩み寄った。
「て、店長……! ううっ、おれたちはどうすれば……」
「簡単なことです。本国に帰れば処刑される。ならば、このポポロ村の豊かな海で『新しい仕事』を始めればいい。皆さんが連れてきたあの巨大なカニ(キングクラブ)とマグローザ、非常に優秀な漁業リソースとお見受けしました」
「……漁業、だと?」
「ええ」俺は頷き、背後の海を指差した。「あなた方の潜水能力と魔獣を使えば、この近海で大量の高級海産物が獲れるはずだ。それを当店『スーパー折原』が専属で買い取らせていただきます」
俺の提案に、指揮官が目を丸くする。
「つまり……おれたちに、ここで『マグローザ漁船(蟹工船)』に乗って働けと言うのか……!? シーランのエリートたるこのオレたちに、泥臭い肉体労働を……」
「もちろん強制はしません。ですが」
俺は声を潜め、悪魔の囁きを落とした。
「当店でしっかり稼げば、そのお金で『次回のリーザちゃんのライブ』の最前列チケットや、当店限定のアイドルグッズ(ルルナのガチャ産)を大量に買うことができますよ?」
「――ッ!!」
その言葉を聞いた瞬間、指揮官と海兵たちの目に、再びギラギラとした『オタクの業火』が灯った。
「そ、そうか……! ここで働けば、いつでも姫様に会えるし、合法的に推し活ができる……!」
「処刑されるくらいなら、姫様のためにカニを獲る人生のほうが、一万倍マシだァァッ!」
「やるぞ! おれたちは今日から、リーザ姫親衛隊・兼・ポポロ村水産組合だァァッ!!」
「「「ウオオオオオオッ!! 姫様のために、海を枯らす気でカニを獲るぞォォッ!!」」」
洗脳完了である。
彼らは武器を漁網に持ち替え、嬉々として巨大キングクラブの背に乗り込み、ポポロ村の沖合へとマグローザ漁船を走らせていった。
これにて、スーパー折原の「水産部門(仕入れルート)」が圧倒的な強化を果たしたのだった。
「……見事な悪徳商法ね。あのエリート兵たちを、完全に搾取のエコシステムに組み込んじゃうなんて」
キャルルが呆れたようにため息をつきつつも、村の産業が発展したことには満更でもない顔をしている。
「店長さん!」
ステージの片付けを終えたリーザが、タタタッと駆け寄ってきた。
「海兵さんたち、帰っちゃいましたの……? お母様から、また怒りの通信が来るんじゃ……」
「通信石の回線は、イグニスに斧で物理的に切断させたから当分は繋がらない。だがリーザ、本当に良かったのか? お前は一国の姫だ。あの大金を持たせて海兵たちに頭を下げさせれば、安全な城で優雅に暮らすこともできたはずだぞ」
俺が問いかけると、リーザは純白のフリルドレスの裾をギュッと握りしめ、首を横に振った。
「嫌ですの。……お城の中は安全だけど、誰も私の歌でお金を払ってはくれないんですの。私がどれだけ歌っても、ただ『姫様だから』って拍手されるだけ」
リーザは真っ直ぐに俺の目を見た。
「私は、私の魅力で、ファンの心とお金を全部奪い尽くしたいんですの。そして、その強欲を一番認めてくれて、一番輝かせてくれるのは……プロデューサー(店長)さん、あなただけですの!」
その純粋すぎる野心と、アイドルとしての覚悟。
俺は小さく息を吐き、エプロンのポケットから、きちんと製本された『雇用契約書』を取り出した。
「お前の覚悟、確かに受け取った。今日からお前は、スーパー折原の専属アイドルだ。時給は銅貨五枚からスタート。売上の歩合はスパチャ総額の三割(残りは店が搾取する)。そして……毎回のライブ後の『特製まかない弁当』を保証する」
「わぁぁぁッ!! ありがとうございますの、プロデューサーさん!」
リーザは歓喜の声を上げ、契約書に流れるようなサインを書き込んだ。
「これで、もうパンの耳を巡ってハトと喧嘩しなくても済みますのね!」
「ガッハッハ! リーザたそ〜! 専属契約おめでとうだぜェ! 俺様、明日から給料の八割をグッズ代に回すぜ!」
「ルルナ先輩! また可愛いお洋服のガチャ、お願いしますの!」
「任せてくださいリーザちゃん! ドブ掃除とゴミ拾いのシフトを倍に増やして、善行ポイントを稼いできます!」
極貧生活から抜け出した強欲な人魚姫と、彼女を支える(搾取する)スーパーの従業員たち。
ポポロ村に、かつてない平和と活気、そして『アイドル文化』が完全に根付いた瞬間であった。
――しかし。
彼らは知る由もなかった。
この日の『特売ゲリラライブ』の熱狂を、客に混じって面白半分で撮影していた一人の旅の商人が、その映像(魔導記録)を、世界のネットワーク『ゴッドチューブ』へとアップロードしてしまったことを。
そしてその映像が、天界と魔界の双方で、とんでもない『爆バズり』を引き起こすということを。
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