EP 7
「海兵親衛隊の強襲と、強欲のアイドル」
ズズズズズズッ……!!
ポポロ村の海岸線から、大地を削り取るような重低音が響き渡る。
海面を割って上陸してきたのは、全長十メートルを超える巨大な蟹型魔獣『キングクラブ』の群れと、凶暴な巨大魚『マグローザ』に跨った数百の魚人兵たち――海中国家シーランが誇る、無敵の海兵親衛隊であった。
(……やれやれ。お客様センターでの長電話の直後に、これほどの団体客が押し寄せてくるとはな。迅速に処理しなければ、レジの回転率と客単価に深刻な悪影響を及ぼしてしまう)
俺は迫り来る大軍勢をガラス越しに見つめながら、店長としての冷静な社畜思考を巡らせていた。
「て、店長! 呑気に構えてる場合じゃないわよ! あれ、ガチの殺意を持った正規軍じゃない!」
キャルルが特注安全靴の踵を鳴らし、ダブル・トンファーを両手に構えて店先へと飛び出す。
「リーザちゃんは店の中の、安全なバックヤードに隠れてなさい! アタシとイグニスで、なんとか時間を稼ぐから!」
「ウオォォォッ! 義理のお袋(女王)の軍隊を傷つけるのは気が引けるが、俺様の推し(リーザたそ)のライブ会場を荒らす奴は、誰であろうと許さねぇぜェッ!」
イグニスが右手で大斧を、左手で青く光るサイリウムを振り回しながら、キャルルと並んで海岸線への防衛ラインに立った。
「全軍、突撃ィィッ!! 忌まわしき『すーぱー』を粉砕し、リーザ姫を救出せよ!」
キングクラブの背に乗った海兵の指揮官が、三叉の槍を振り下ろして咆哮する。
ドォォォォンッ!! と、巨大な蟹のハサミがポポロ村の防壁を紙細工のように粉砕し、魚人兵たちが怒涛の勢いで雪崩れ込んできた。
「オラァッ! 月影流・破衝撃ィィッ!!」
キャルルが疾風のごとく敵陣に飛び込み、闘気を纏わせたトンファーでマグローザの突進を真正面から弾き返す。
「イグニス・ブレイクッ! そして、ロマンス打ちィィッ!!」
イグニスもまた、大斧の絶大な威力とサイリウムの残像(オタ芸)を組み合わせた謎の乱舞で、次々と魚人兵たちを空高く跳ね飛ばしていく。
二人の個としての戦闘力は圧倒的だ。
だが、多勢に無勢。シーランの海兵親衛隊は、昨日キャルルが単騎で蹂躙したアバロンの部隊とは違い、完全なる『統率』が取れていた。
「前衛が抑えられている間に、両翼から回り込め! 姫君の身柄を確保するのだ!」
波状攻撃と、巨大なキングクラブによる重量プレッシャー。じりじりと、防衛ラインがスーパー折原の店舗前へと押し込まれていく。
「くっ……! 数が多すぎるわ! このままじゃ、店が潰されちゃう!」
キャルルが息を切らし、トンファーを構え直す。
「ヒィィッ! か、蟹工船の足音が近づいてくるゥゥッ!」
レジの下では、元・四天王のルーベンスが頭を抱えて完全に使い物にならなくなっていた。
「そこまでだ、下等な陸の民ども!」
海兵の指揮官が、キングクラブの背からスーパーの店頭を睨み下ろした。
「我が愛しきリーザ姫! 今、お救いいたします! さあ、そのような薄汚い『みかん箱』から降りて、我々と共に豊かで清らかな海底宮殿へ帰りましょう! もう、パンの耳など齧らなくても良いのです!」
指揮官の悲痛な叫びが響き渡る中。
スーパーの店頭に設置された、質素な『みかん箱』の上。
純白のフリルドレスに身を包んだリーザは、ガタガタと膝を震わせていた。
無理もない。彼女は無力な人魚の少女に過ぎない。自分を連れ戻すために、見たこともない恐ろしい軍隊が殺意を剥き出しにして迫ってきているのだ。普通の少女なら、泣き叫んで逃げ出すか、大人しく保護される道を選ぶだろう。
――しかし。
彼女は、逃げなかった。
震える両手で、ルルナがガチャで錬成したワイヤレスマイクを、決して手放そうとはしなかった。
「……降りませんの」
リーザの声は小さかったが、マイクを通して周囲にハッキリと響いた。
「なっ……姫? 今、なんと……?」
「私は、このみかん箱から、絶対に降りませんのッ!!」
リーザが顔を上げる。
そのサファイアの瞳の奥には、恐怖を完全に塗り潰すほどの、ある種の『狂気』にも似た執着の炎が揺らめいていた。
「私がステージに立って歌うと、ファン達の『時間』を奪うことができるんですの。みんな、仕事や生活で辛いことや、考えなきゃいけないことがたくさんあるはずなのに……私が歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、私だけを見てくれるんですの」
「姫……? 一体、何を仰って……」
「お母様の用意した安全なお城では、ダメなんですの! 私は……私はファン達の『世界』そのものになりたいんですの! 彼らの視線も、お金も、心も、何もかもを全部奪い尽くして……その代わり、彼らの人生に『宇宙一の幸せな時間』を味わわせてあげるんですの!」
それは、究極の自己犠牲か、あるいは極限の自己中心主義か。
一人の少女が背負うにはあまりにも重く、そして果てしなく強欲な、アイドルとしての絶対的な哲学だった。
「私は運命……! 私は物語……ッ! だから貴方達の全て(軍資金)をちょうだい! Love&Money!!」
リーザの叫びが、海兵たちの動きを一瞬だけピタリと止めさせた。
彼女の純粋すぎる強欲に、歴戦の兵士たちですら気圧されたのだ。
「……素晴らしい」
静寂を破ったのは、拍手の音だった。
俺はレジカウンターからゆっくりと歩み出て、みかん箱の上に立つリーザの隣へと並び立った。
「て、店長さん……!」
「客から全てを奪い尽くし、代わりに絶対的な満足感(価値)を提供する。搾取と奉仕の完全なる等価交換。……見事なプロ意識だ、リーザ君。君は間違いなく、トップに立つ器だ」
俺は冷徹な笑みを浮かべ、脳内のシステム画面を操作した。
現在の売上ポイントは、先ほどのゲリラライブで十分に貯まっている。出し惜しみはしない。
(プリントアウト! 『 プレミア(特上)』シール!!)
消費ポイント50p。俺の右手に現れた、黄金に輝く極上のシール。
俺はそれを、リーザが両手で握りしめているマイクの持ち手部分に、ペタリと貼り付けた。
『 プレミア(特上)』
シュワァァァッ……!!
シールが貼られた瞬間、マイクという魔導具そのものの『価値』が跳ね上がり、リーザの全身を包み込む人魚の魔力が、黄金色のオーラとなって爆発的に膨れ上がった。
「えっ……!? 店長さん、これ……身体の奥から、ものすごい力が……声が、どこまでも届きそうな気がしますの……っ!」
「君の歌声の価値(バフ効果)を、特上レベルに引き上げた。どんな屈強な兵士だろうと、このマイクを通した君の歌を聴けば、ただの熱狂的なファンに成り下がる」
俺は海兵の軍勢を見据え、プロデューサーとしての絶対の自信を持って言い放った。
「上等だ、シーランの親衛隊。当店自慢の専属アイドルが、貴様らの軍資金を根こそぎ搾り取ってやる。……歌え、リーザ。これが俺たちの『商売』だ」
極貧地下アイドルと、狂気の社畜店長。
最凶の搾取タッグが、理不尽な武力に対する、史上最大の『特売ゲリラライブ(反撃)』を開始しようとしていた。
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