EP 6
「深海の女王の激怒」
「ふぅ……やはり、食後のデザートには『パンの耳』に限りますの。このパサパサとした食感が、飢えと寒さに震えたルナミス帝国での下積み時代を思い出させてくれて、アイドルのハングリー精神を刺激しますの!」
特売ゲリラライブが大成功に終わった日の午後。
スーパー折原のバックヤードにて、フリル付きのアイドル衣装を着たリーザが、まかないの『唐揚げ弁当(大盛り)』をペロリと平らげた後、どこからか調達してきたパンの耳をリスのように齧っていた。
絶世の美少女(人魚姫)が、純白のドレス姿でパンの耳を貪り食う。あまりにもシュールで哀愁漂う光景である。
「ねえリーザちゃん、店長の唐揚げでお腹いっぱいになったんでしょ? なんでわざわざそんな鳩のエサみたいなもの食べてんのよ……」
キャルルが呆れたようにため息をついた。
「甘いですのキャルル先輩! 満腹だからといってタダでもらえる食材を拒否するのは、ポイ活のプロとして三流ですの! このパンの耳は、パン屋の裏口で鳩と五分間睨み合って勝ち取った戦利品ですのよ!」
「誇らしげに言うことじゃないわよ! あんた一応、深海の女王の娘でしょ!」
「ガッハッハ! 流石は俺様の推し! その泥臭いハングリー精神、ビジネス書(ランチェスター戦略の弱者の戦い方)に通じるものがあるぜ!」
すっかり厄介な古参オタクと化したイグニスが、首にタオルを巻いたまま激しく同意している。
「おい聖女! ルルナ! リーザたそが齧ったこの神聖なパンの耳の欠片、防腐処理の魔法をかけてアクリルケースに保存してくれ! オークションに出せば金貨三枚で売れるぞ!」
「ひっ!? わ、分かりましたイグニスさん! 神の国の真空パックを……」
「お前ら、ウチのタレントを不当に商品化(転売)するな」
俺が背後からイグニスの後頭部にチョップを叩き込んでいると、店内に設置されているドワーフ製の発明品――『魔導通信石』が、ジリリリリリッ! とけたたましいコール音を鳴らし始めた。
公衆電話サイズの水晶から鳴るそれは、ポポロ村の行政窓口でもある当店への、外部からの連絡を意味している。
「あ、アタシが出るわ。村長だし」
キャルルがウサギの耳を揺らして通信石に近づき、受話器(魔力受信部)に魔力を流し込んだ。
「はい、こちらポポロ村スーパー折原。何かご用で……」
『出たな、誘拐犯の悪徳店主めッ!!』
ビリビリビリッ!
通信石から放たれた凄まじい怒声と魔力波に、キャルルが「ひゃうっ!?」と悲鳴を上げて受話器を取り落としそうになる。
通信石の水晶部分に、海のように青く、そして深い怒りに燃える巨大な女性の顔がホログラムとして浮かび上がった。
海中国家シーランを統べる絶対者、深海の女王リヴァイアサンである。
「こ、この声……! お、お母様!?」
パンの耳をくわえていたリーザが、顔面を蒼白にさせて跳ね起きた。
『おお、我が愛しき娘、リーザよ! やはりそこに囚われておったか!』
女王のホログラムが、悲痛な叫びを上げる。
『ルナミス帝国でトップアイドルとして大成功していると手紙に書いておったから、母は安心しておったのに! 先ほどゴッドチューブに上がった映像を見たぞ! なぜお前のような高貴な姫君が、辺境のスーパーでみかん箱の上に乗らされておるのじゃ!』
「ち、違うんですのお母様! みかん箱は私が自ら進んで乗った立派なステージで――」
『言い逃れは無用じゃ! しかも風の噂によれば、お前はパンの耳を巡ってハトと争い、野良犬と残飯を奪い合っておるとか! なんという悪逆非道な強制労働! その「すーぱー」とやらを仕切っている店長を出せェェッ!』
完全に誤解だった。
確かにみかん箱の上で歌わせたのは事実だが、パンの耳やハトとの争いはリーザが『個人の趣味(ポイ活)』として勝手にやっていたことだ。だが、過保護な女王から見れば、娘が劣悪な環境で奴隷のように搾取されているとしか思えないのだろう。
「店長さん、代わります」
俺は慌てるキャルルから受話器を受け取り、冷静な営業スマイルで水晶のホログラムに向かって一礼した。
「お電話ありがとうございます。私がスーパー折原の店長、折原です。女王様、何か誤解をされているようですが、当店は法令を遵守したホワイトな雇用契約を結んでおります。みかん箱は本人の強い要望であり、パンの耳は福利厚生ではなく本人のポイ活の賜物です」
『ええい、黙れ下等生物! 娘をたぶらかし、見世物にした罪は万死に値する! すでに我がシーランの精鋭『海兵親衛隊』を、ポポロ村の近海に進発させておる! 貴様のそのふざけた店ごと、海の底へ沈めてくれるわァァッ!』
「お待ちください。それは明らかな営業妨害の域を超えた武力行使では――」
ブツッ。
女王が一方的に通信を切断し、水晶の光が消えた。
……クレーム対応において、相手がこちらの論理(正論)を聞く耳を持たない場合、残された手段は限られている。
ズズズズズズッ……!!
通信が切れた直後、ポポロ村の地面が小刻みに揺れ始めた。
それは内陸の村にはあり得ない、大量の海水が押し寄せてくるような重低音だった。
「て、店長! 外! 外見てよ!」
窓際に駆け寄ったキャルルが、ウサギの耳をピンと逆立てて悲鳴を上げた。
ポポロ村から少し離れた海岸線。本来ならのどかな砂浜が広がるその場所に、あり得ない光景が広がっていたのだ。
ザバァァァァッ!
海面が大きく盛り上がり、そこから上陸してきたのは、全長十メートルを超える巨大な蟹の魔獣――『キングクラブ』の群れだった。さらに、凶暴な魚型魔獣『マグローザ』に跨った、完全武装の魚人兵たちが、数百という規模で浜辺を埋め尽くしていく。
先日のアバロン魔皇国『狂獣大隊』に匹敵、いやそれ以上の統率と殺意を持った正規軍の強襲である。
「う、うわぁぁぁっ! 蟹工船行きの恐怖の象徴、キングクラブだ! あれに捕まったら、借金返すまで遠洋漁業でタコ部屋行きだぞ!」
元・アバロン四天王のルーベンスが、過去のトラウマでも刺激されたのか、レジカウンターの下に隠れてガタガタと震え始めた。
「バカヤロウ! 俺様の推し(リーザ)の実家からの刺客だぞ! 義理の親父(お袋)の軍隊を殴るわけにはいかねぇ……だが、リーザたそを連れ戻されるのだけは絶対に阻止するぜェッ!」
イグニスが大斧とサイリウムを両手に構え、複雑なオタク心と戦士の本能の狭間で葛藤している。
「みんな、落ち着いてください!」
パニックになりかける店内を制したのは、他でもないリーザだった。
彼女はマイクを握りしめ、目をキラキラと輝かせながら、海岸線から迫り来る海兵たちを見つめていた。
「お母様は勘違いしていますが、これはピンチではありませんの! よく見てください、あんなにたくさんの人が集まっているんですのよ!」
「……え?」
キャルルが呆然とする中、リーザは信じられないことを口にした。
「あれは敵ではありません! 遠路はるばる海を越えて、私のライブを観に来てくれた『新規のファン(スパチャ要員)』ですの! しかも完全武装……つまり、お財布(軍資金)もたっぷり持っているはずですのーっ!!」
ただの世間知らずか、それとも強欲が極まったが故の狂気か。
大軍勢を前にして、極貧地下アイドルは一歩も引くどころか、彼らの所持金をむしり取る気満々だった。
「……ふっ、見上げたタレント根性だ」
俺はエプロンの紐をキツく締め直し、脳内のシステム画面を展開した。
「上等だ。お前のその強欲、俺の『商売』で最大限に増幅してやる。イグニス、ルーベンス! クレーマーの対応準備だ。当店は、いかなる軍勢(お客様)のご来店も歓迎するぞ!」
理不尽な武力と、スーパーの特売日。
海を越えた過保護な親衛隊を相手に、最悪にして最強の『アイドル防衛戦』の幕が切って落とされた。
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