EP 5
「特売ゲリラライブと、古参オタクの誕生」
翌朝。
ポポロ村のメインストリートに面した『スーパー折原』の店頭は、かつてない熱気と喧騒に包まれていた。
店の入り口前には、空の木箱やダンボールを頑丈に積み上げて作られた『特設ステージ』が設営されている。その周囲には、特売のチラシを握りしめた村の主婦たちや、非番のルナミス帝国兵たちが「今日は何が安くなるんだ?」と興味津々で群がっていた。
「……なぜだ。なぜアバロンの四天王たる私が、マイクのケーブルの配線(八の字巻き)までやらねばならんのだ……! しかも、一度も絡まることなく完璧に巻き上げられる、手に馴染む自分が憎い……!」
ステージの袖では、緑色のエプロンを身につけたルーベンスが、地球のPA機材のセッティングをプロの裏方スタッフ並みの手際でこなしながら、血涙を流して己の順応性を呪っていた。
「おい新人! 泣いてる暇があったらスピーカーの角度を客席に向けろ! 音響の良し悪しが今日の売上を左右するんだぞ!」
「ひぃっ! も、申し訳ありません店長! ただいま出力調整を!」
俺が指示を飛ばすと、元・四天王はビクッと肩を震わせてミキサーのツマミを操作し始めた。完璧な裏方である。
「ちっ、なんで俺様がこんな前列で突っ立ってなきゃならねぇんだ」
ステージの最前列(客とステージの間)では、巨大な両手斧を地面に突き立てた竜人のイグニスが、腕を組んで不機嫌そうに周囲を睨みつけていた。
「俺様は最強の竜人戦士だぞ。あんな芋ジャージの小娘の『お遊戯会』の警備なんて、俺様のキャリアプラン(ランチェスター戦略)において完全に無駄なリソースの割き方だぜ」
「文句を言うなイグニス。熱狂した客がステージに上がらないように抑えるのがお前の仕事だ。……さあ、時間だぞ」
俺が懐中時計を確認し、ルーベンスに合図を送る。
ドンッ!! と、地球産のアンプから重低音のビートが店先に響き渡った。
ざわついていた客たちが、一斉にステージへと視線を向ける。
「みなさーん! おはようございますのーッ!!」
軽快なイントロと共にステージ(木箱)の上に飛び出してきたのは、純白と水色のフリルドレスに身を包んだ、絶世の美少女――深海の王女にして当店の専属アイドル、リーザだった。
「おおっ!? な、なんだあの可愛いお嬢ちゃんは!」
「きらきらしてて、お姫様みたいだわ……!」
ルルナのガチャで錬成された完璧なアイドル衣装と、彼女自身の持つ人魚姫としての圧倒的なビジュアル。それだけで、客たちの目は釘付けになった。
「本日は、スーパー折原の特売ゲリラライブにお集まりいただき、ありがとうございますの! 私の歌で、皆さんに宇宙一の幸せな時間をお届けしますの!」
リーザがマイクを両手で握りしめ、極上のウインクを放つ。
そして、彼女は大きく息を吸い込み、その深海の底から湧き上がるような美声を、電子マイクに乗せて解き放った。
『五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!
五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!』
ズッギャァァァァァァン……!!
マイクとアンプを通して増幅された『人魚族の魅了バフ』が、目に見えない衝撃波となって客席を直撃した。
昨日、バックヤードでアカペラで歌っていた時の比ではない。スピーカーから放たれる圧倒的な音圧が、客の鼓膜を通り越し、脳のシナプスと『財布の紐』を直接書き換えていく。
「な、なんだこれは……ッ!?」
最前列にいたイグニスの目が、限界まで見開かれた。
ただの電波ソングのはずなのに、リーザの歌声が耳に入った瞬間、彼の強靭な竜人の心臓が「ドクンッ!」と異常な速度で跳ね上がったのだ。
『「ちょっと重いかな?」って五十円!
「重すぎて無理!」って五百円!
身軽な愛を ジャラジャラさせて
私の配信 投げ込み カモン!』
「あぁっ……! な、なんて素晴らしい歌声なんだ……!」
屈強なルナミス軍の兵士たちが、涙を流しながら両手を天に掲げ始めた。
「俺たちの過酷な前線での疲れが、スゥッと消えていく! これが……これが『愛』なのか!」
「リーザちゃーーん!! 可愛いぞォォォッ!!」
客席のボルテージが、一瞬にして沸点に達する。
俺は冷徹な目でその狂騒を見下ろし、レジ横に山積みにされた本日の目玉商品『ロックバイソンの極厚ステーキ肉』のワゴンへと歩み寄った。
「さあ、ここからが本番(搾取)だ」
俺は脳内のシステムを開き、売上ポイントを消費して『タイムセール』のシールを大量にプリントアウトした。
『⏰ タイムセール(今から30分間・半額)』
バシッ、バシッ、バシッ! と、次々にパック詰めされたステーキ肉にシールを貼り付けていく。
「お客様! ただいまリーザちゃんのライブ開催を記念して、最高級ロックバイソン肉のタイムセールを実施中です! リーザちゃんの歌声に感動したなら、今夜の食卓はステーキで決まりでしょう!」
『絶対無敵のスパチャアイドル!
五円が積もれば 山となる!
御縁をちょーだい キラキラ☆キラリ
推しの生活 支えてちょーだい!』
リーザの歌声による『購買意欲の極限バフ』と、俺のタイムセールによる『今買わなければ損をするという焦燥感』。
この二つが掛け合わさった時、客の理性のストッパーは完全に消滅した。
「うおおおおっ! リーザちゃんのために肉を買うぞォォッ!」
「おばちゃんも買うわ! ステーキ肉五枚ちょうだい!」
「俺は十枚だ! リーザちゃんの未来への投資だァァッ!」
怒涛の勢いでワゴンに群がる客たち。
ルーベンスとルルナが悲鳴を上げながらレジをフル稼働させているが、それでも追いつかないほどの爆発的な売れ行きだった。
「……す、すげぇ。これが『集客』……これが、アイドルビジネスの力……」
最前列に立ち尽くしていたイグニスは、その圧倒的な光景を前に、持っていた大斧をガランと地面に取り落とした。
彼の視線は、ステージの上で輝くリーザから一ミリも動かせなくなっていた。
今まで『失敗の本質』だの『キャリアプラン』だの、小難しい理屈を並べて己を武装してきた竜人のプライドが、彼女の純粋で強欲な輝きの前で、音を立てて崩れ去っていく。
(俺様は……今まで、なんてちっぽけな世界で生きていたんだ……。彼女の歌を聴いているだけで、ただ生きているだけで、世界がこんなにも鮮やかに色づくなんて……っ!)
「ハルヤ様! イグニスさんが棒立ちです! これじゃ警備になりません!」
ルルナがレジから叫ぶ。
「いや、いい。あいつはもう、こちらの世界の住人ではなくなった」
俺が目を細めた、その時。
イグニスがブルブルと震える手で懐を探り、銅貨を数枚取り出して、ルルナのいるレジへと猛ダッシュした。
「お、おい聖女! ガチャだ! お前のそのガチャで、光る棒……『サイリウム』を出してくれェェッ!!」
「は、はい!? ドブ掃除ポイントを使いますよ!?」
「構わねぇ! 俺様の給料を前借りしてでも構わねぇ! 今すぐ、俺様の推し(リーザ)の輝きに応えるための『武器』が必要なんだァァァッ!!」
ポンッ! とルルナのガチャから排出された、青色に光る地球のケミカルライト(サイリウム)を両手に握りしめ、イグニスは再びステージの最前列へと舞い戻った。
「ウオォォォォォッ!! リーザァァァァッ!!」
ブンッ、ブンッ!
先ほどまでの不機嫌な態度はどこへやら、竜人の凄まじい筋力をフル活用し、残像が見えるほどの速度でサイリウムを振り回し始めた。
「L・I・Z・A! リー・ザッ! オ・レ・ノ! リー・ザァァァッ!!」
見事なオタ芸である。強靭な戦士が、たった一曲の間に、完全なる『厄介な古参オタク』へと生まれ変わった瞬間だった。
「ふふっ、最前列のお兄さん、熱い応援ありがとうございますの♡ もっともっと、皆さんの愛(お金)、私にぶつけてくださいのーッ!!」
リーザがマイクを向けると、イグニスは「ブフッ!」と鼻血を噴き出してその場に倒れ込んだが、両手のサイリウムだけは止めずに振り続けていた。
*
結果として、特売ゲリラライブは大成功を収めた。
用意していたロックバイソンの肉は開始十五分で完売。その他、惣菜や飲料水に至るまで、客たちはリーザへの貢ぎ物の感覚で買い占めていった。
「お疲れ様ですのーっ! 店長さん、私の集客力、見ましたの!?」
ライブを終え、バックヤードに戻ってきたリーザが、興奮冷めやらぬ様子で駆け寄ってくる。
「ああ、見事なものだ。売上は普段の五倍を超えた。約束通り、歩合のボーナスとまかないの唐揚げ弁当だ。受け取れ」
「わぁぁっ! ありがとうございますの!」
銀貨の詰まった袋と、ずっしりと重い唐揚げ弁当を受け取り、リーザは宝石のような瞳をキラキラと輝かせた。
「俺様もいるぜェ! リーザたそ〜! ライブ最高だったぜェェ!」
そこに、首にタオルを巻き、特製アイドルうちわ(ルルナのガチャ産)を持ったイグニスが、気持ちの悪い笑顔で近寄ってきた。
「ヒッ!? な、なんか最前列にいた変な人が来ましたの!」
「こらイグニス、タレントに気安く近づくな。出禁(廃棄処分)にするぞ」
俺が冷たく言い放つと、イグニスは「す、すんませんプロデューサー!」と直角にお辞儀をして引き下がった。すっかりヒエラルキーが完成している。
スーパー折原のアイドルビジネスは、こうして輝かしい第一歩を踏み出した。
――しかし、彼女の歌声の波及効果を、俺たちは甘く見過ぎていた。
同刻。
ポポロ村から遠く離れた、深く薄暗い海の底。
海中国家シーランの、美しくも荘厳な海底宮殿にて。
「……なんということじゃ」
水晶玉に映し出された映像を見て、玉座に座る巨大な影――深海の女王リヴァイアサンが、ワナワナと肩を震わせていた。
映像には、みかん箱の上でフリフリの衣装を着て歌うリーザの姿と、それを囲んで肉を買い漁る群衆の姿がはっきりと映し出されている。
「ルナミス帝国で大成功しているという親善大使の娘が、なぜあのような辺境の田舎の『すーぱー』とやらで、みかん箱に乗らされて歌っておるのじゃ……!」
女王の周囲の海水が、激しい怒りの魔力によってボコボコと沸騰し始めた。
「しかも、聞けば『パンの耳を巡ってハトと喧嘩していた』などの不憫な噂も入ってきておる……! あの者たち、我が愛しき娘を奴隷のようにこき使い、見世物にしているに違いない!」
「女王様! いかがなさいましょう!」
周囲を取り囲む武装した魚人兵たちが、一斉に槍を突き上げる。
「決まっておろう! 直ちに精鋭『海兵親衛隊』を編成せよ! 巨大キングクラブ部隊とマグローザ騎兵をポポロ村の近海へ進発させ、あの忌まわしき『すーぱー』を更地に変え、リーザを奪還するのじゃァァッ!!」
極貧地下アイドルが巻き起こした熱狂の波紋は、海を越え、母なる女王の激怒という名の恐るべき津波となって、ポポロ村へと押し寄せようとしていた。
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