EP 3
「ハゲたぬきのポンポコ節と、店長プロデューサー」
『絶対無敵のスパチャアイドル!
五円が積もれば 山となる!
御縁をちょーだい キラキラ☆キラリ
推しの生活 支えてちょーだい!』
スーパー折原のバックヤードに、芋ジャージ姿のリーザが放つ謎の電波ソングが響き渡った。
みかん箱の上に立ち、完璧なステップとウインクを振り撒く彼女の歌声には、人魚族特有の『魅了のバフ魔法』が微弱ながらも確かに乗っている。
「……面白い。君のその『強欲』、当店の特売日に利用させてもらおうか」
俺が腕を組み、冷徹なプロデューサーの目で値踏みしている横で、キャルルが両手で顔を覆って再び泣き崩れた。
「あぁぁっ……! アタシが村長として『村の生活実態アンケート調査』をしてる時に、村の警備隊から『公園で異常な速度で雑草を食べている不審な少女がいる』って報告があったのよ……。信じたくなかったけど、あれ、やっぱりリーザちゃんだったのねぇぇッ!」
「アイドルのロケ弁(公園の雑草)ですの! 栄養価が高くて美容にも良いと、ルナミス新聞の節約コラムにも書いてありましたの!」
みかん箱から飛び降りたリーザが、自慢げに胸を張る。
「言い訳しないで! 深海の王女様が雑草食べて小銭を乞う歌を歌ってるなんて、シーランの女王様が知ったら戦争が起きるわよ!」
「大丈夫ですの! 私はこの歌で、ファン達の愛を巻き上げて生きていけるんですの! それを今から証明してみせますの!」
リーザはポリ袋を握りしめ、ダダダッとバックヤードを飛び出していった。
「あ、こら! どこ行くのよリーザちゃん!」
キャルルが慌てて後を追い、俺とイグニスもその後へと続いた。
*
その夜。
ポポロ村の中心にある広場では、村のジジババたちと、非番のルナミス軍の兵士たちが入り乱れ、焚き火を囲んで盛大な宴会(寄り合い)が開かれていた。
酒の肴は、スーパー折原で特売になっていた『ピラダイのソーリーフ甘辛煮』や、イモッカ(芋焼酎)である。
「いやぁ、最近は平和でええのう」
「まったくだ。スーパー折原の唐揚げが美味すぎて、前線に戻る気が失せちまうぜ」
皆が上機嫌でジョッキを傾けている中、広場の中央に、突如として『みかん箱』がドンッと置かれた。
ざわめく村人たちの前に現れたのは、小豆色の芋ジャージを着込んだリーザだ。
「みなさーん! こんばんはですの! ルナミス帝国からやってきた、トップ・地下アイドルのリーザですの!」
リーザは深々と一礼すると、いきなり自分の鼻の穴に、用意していた『五円玉(銅貨)』をスポッと二枚詰め込んだ。
「なっ……!? なにしてんだあいつ!」
草葉の陰から様子を見ていたイグニスが、驚愕に目を剥く。
「それでは聴いてくださいの! 宴会の大定番! 『ハゲたぬきのポンポコ節』ですの!」
リーザが、ジャージの裾をめくって自分のお腹を露出させ、両手でポコポコと叩き始めた。
『♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン
月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜
お尻はツールツル〜 ターマターマはマ〜ルマル〜!』
「そ、ソレ! ヨイヨイ!」
人魚姫の尊厳を完全に投げ捨てた、あまりにも泥臭い宴会芸。しかし、その歌声には、深海の底から響き渡るような『強力な魅了バフ』が乗っていた。
鼻に五円玉を詰め、絶世の美少女がお腹を太鼓のように叩きながら歌うというカオスな光景に、村のジジババと兵士たちの心が、一瞬にして爆発的な高揚感に包み込まれたのだ。
『♪は、は、葉っぱを乗せても ドロンとドンドン
化けよ〜化けで〜尻尾は ボーサボサでチョーロチョロ〜!』
「う、うおおおぉぉッ! なんだこの娘、最高じゃねぇか!」
「ア、ドッコイ! いいぞ嬢ちゃん、もっとやれェェッ!」
宴会の空気が、異様な熱狂の渦へと巻き込まれていく。兵士たちが手拍子を打ち、ジジババたちが踊り出す。リーザの歌声が放つバフは、彼らの財布の紐を完全に緩め、理性を吹き飛ばす劇薬だった。
『♪み〜んな合わせて 腹太鼓〜
ポンポコ ピーヒャラ テーンツルリン!』
「ヒューッ! 最高だぜアイドル! ほら、俺のお小遣い(おひねり)だ!」
「ワシの年金も持ってけェ!」
チャリン! チャリン! チャリリリーンッ!
歌が終わるや否や、みかん箱の前に置かれたポリ袋めがけて、雨霰のように銅貨や銀貨が投げ込まれた。
「ああっ、ありがとうございますの! みなさんの愛、しっかりと受け取りましたのぉぉっ!」
リーザは鼻から五円玉を吹き飛ばし、地面に散らばった硬貨を猛然とポリ袋へと掻き集め始めた。その目は、金塊を見つけたドワーフ以上にギラギラと輝いている。
「……嘘でしょ。あのリーザちゃんが、鼻に小銭詰めて腹太鼓なんて……」
キャルルが魂が抜けたような顔で、広場の木に寄りかかってずるずると崩れ落ちた。
「俺様の竜人のプライドが粉々になる光景だぜ。プライドってもんがねぇのか、あの女……」
イグニスもまた、ドン引きして顔を引き攣らせている。
「いや、違う。これこそが『究極の接客』だ」
俺は広場の狂騒を見つめながら、口角を吊り上げた。
「自分の尊厳を投げ打ってでも、顧客の心を掴み、対価を引き出す。彼女は搾取される側(底辺)にいるから惨めに見えるだけで、その本質は、ファンの時間と金をすべて奪い尽くそうとする『強欲な捕食者』だ。……あれだけのバフ効果があれば、当店の特売商品の売上を今の三倍……いや、五倍には引き上げられる」
俺は落ち込んでいるキャルルの横を通り抜け、硬貨を数えてホクホク顔になっているリーザの元へと歩み寄った。
「素晴らしい営業だったよ、リーザ君。だが、いつまでも村の寄り合いで小銭を稼いでいては、トップ・アイドルへの道は遠いぞ」
「て、店長さん! 見ましたの!? 私の集客力!」
リーザがポリ袋を抱きしめながら、ドヤ顔で振り返る。
「ああ、見事だった。そこで、君に『スーパー折原の専属特売ライブ担当』としての契約を持ちかけたい」
俺は懐から、一枚の雇用契約書を取り出した。
「君の仕事は、当店の店頭に立って特売品をアピールしながら歌を歌うこと。それだけだ。報酬は基本時給に加えて、売上に応じた『歩合制』。さらに、ライブの日の『まかない(特製弁当)』を保証しよう。もう、タローソンの廃棄弁当を野良犬と奪い合う必要はない」
「ま、まかない……!?」
リーザの宝石のような瞳が、三日月のように細められた。
「公園の雑草ではなく、店長さんが焼いたアツアツのウインナーや唐揚げが食べられるんですの!?」
「ああ。当店は福利厚生もしっかりしている。それに、君の歌声のバフと俺の『割引シール』を組み合わせれば、客の購買意欲(愛)を限界まで搾り取れる。君は、真のトップ・アイドルになれるぞ」
俺は悪徳プロデューサーのように冷たく微笑みながら、契約書とペンを差し出した。
「……サインしますの!」
一切の迷いなく、リーザが契約書にペンを走らせる。
「契約成立だ。キャルル村長、イグニス、ルルナ! 明日のオープンは特売ゲリラライブだ! 準備にかかるぞ!」
「あぁぁ……アタシの可愛い後輩が、ブラック企業に就職しちゃったぁぁ……」
キャルルの悲痛な嘆きをよそに。
極貧地下アイドルと、狂気の社畜店長による、最凶の『売上搾取タッグ』がここに結成されたのだった。
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