EP 2
「極貧ポイ活アイドルと、オカン村長」
「ちょっとリーザちゃん……あんた、深海の王女様なのに、なんでこんな……『雨に濡れた野良犬』と『公園の鳩』が混ざったような悲惨な匂いをさせてんのよォッ!?」
スーパー折原のバックヤード。
ポポロ村の村長であり元・獣人王国姫のキャルルが、芋ジャージ姿の少女・リーザの肩をガクガクと揺らしながら悲鳴を上げていた。
「あ、あうぅ……キャルル先輩、お久しぶりですの。相変わらずお元気そうで……」
「元気そうじゃないわよ! あんた、ルナミス帝国に親善大使として行ったはずでしょ!? なんでポポロ村のスーパーで、ウインナーのタダ食いなんてしてんのよ!」
キャルルが頭を抱えると、リーザはコホンと一つ咳払いをし、小豆色の芋ジャージの襟を正した。
「誤解しないでほしいですの。私は親善大使の任を終えた後、人前で歌うことの喜びに目覚めたのです。そして今や、ルナミス帝国全土にその名を轟かせる『トップ・地下アイドル』として、愛と歌を届けているのですの!」
「地下アイドル……って、その芋ジャージと健康サンダルで!?」
「衣装は動きやすさと保温性が第一ですの! アイドルは身体が資本ですから!」
リーザは胸を張り、ドヤ顔で自身の『輝かしいアイドル生活』を語り始めた。
「毎朝六時に公園のラジオ体操に参加してスタンプを貯め、図書カードをゲット! その後は鳩に餌をやるおじさんの前に陣取り、鳩たちと熾烈なパンの耳争奪戦を繰り広げて朝食を確保!」
「ハ、ハトと喧嘩してんの!?」
「昼はルナミスデパートへ出向き、マッサージチェアで疲労回復! トイレの石鹸で顔を洗い、化粧品売り場のテスターでフルメイクを完成させますの! もちろん、アンケートに答えて試供品の化粧水をもらうのも忘れません!」
あまりにも堂々とした底辺ポイ活アピールに、竜人のイグニスがドン引きして数歩後ずさった。
「……おい店長。こいつ、マジで魔獣よりたくましい野生児じゃねぇか」
「静かに聞けイグニス。これは究極の節約術だ」
俺は腕を組み、彼女の異常なまでの生存能力に感心すら覚えていた。
「そして夕方は、タローソンの廃棄弁当を巡って野良犬と縄張り争いですの! 勝てなかった日は、交番の前で謎の反復横跳びを三時間続けます」
「……なんで交番の前で反復横跳びなんかするんだ?」
イグニスが思わずツッコミを入れる。
「決まっていますの。不審者として保護された後、取調室で『お前も色々と苦労してるんだな……』とお巡りさんが同情して、カツ丼をご馳走してくれるからですの! これで夕食も完璧!」
「完璧じゃないわよォォォッ!!」
キャルルが両手で顔を覆い、ボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「なによそれ……親善大使どころか、ただのホームレスじゃない! 海中国家の女王様(お母さん)は、あんたが帝国で大成功してるって手紙を信じて、毎日誇らしげにしてるのよ!? もし娘が交番でカツ丼食ってるとか知ったら、ショックで泡吹いて倒れるわよ!」
「お母様には心配をかけたくないのですの。……それに、アイドルは下積みが大事だって、キャルル先輩と一緒にルナキン(ファミレス)でドリンクバーを飲み粘りながら語り合ったじゃないですか……っ」
リーザが俯き、ギュッと透明なポリ袋を握りしめた。
かつてルナミス帝国でシェアハウス仲間だった二人の間に、どうしようもない経済格差と、友情の溝が横たわっていた。
「……もういい! もういいからリーザちゃん、これ食べなさい!」
キャルルは涙を拭うと、自分のリュックから『手作りサンドイッチ(人参たっぷり)』と『特製野菜ジュース』を取り出し、リーザの手に強引に握らせた。
「アタシが毎朝作ってるお弁当よ! パンの耳やウインナーばっかりじゃ栄養が偏るわ! 野菜もちゃんと食べなきゃダメでしょ!」
「えっ……い、いいんですの!? アイドルは安易な施しは受けない主義なんですが……その、手作りなら、ファンからの差し入れということで……!」
リーザの目はサンドイッチに釘付けだった。
そして次の瞬間、「いただきますぅぅッ!」という叫びと共に、彼女は野生の猛獣のような速度でサンドイッチに喰らいついた。
モギュ! モギュモギュッ! ゴキュン!
まるで掃除機のように、サンドイッチと野菜ジュースが数十秒で彼女の胃袋に吸い込まれていく。
「ふぁぁぁ……っ、お腹いっぱい……。キャルル先輩のオカンみたいなサンドイッチ、久しぶりに食べましたの……幸せ……」
リーザはポッコリと膨らんだお腹をさすり、幸せそうにソファーに寝転がった。
その光景は、涙を流す保護者と、タダ飯を食って寛ぐ親戚のダメな子供そのものだった。
――しかし。
スーパーマーケットのバックヤードにおいて、そのような無条件の慈愛(タダ飯)は存在しない。
「感動の再会と、お腹が満たされたところで申し訳ないが」
俺は歩み寄り、リーザの目の前に『緑色のエプロン』をバサリと広げて見せた。
「当店はボランティア施設ではない。君が先ほど試食コーナーで平らげたウインナー三皿分、通常価格にして銀貨二枚分だ。万引きとして村の警備隊に突き出されたくなければ、労働で返してもらおうか」
「え……? ろ、労働……?」
リーザがぽかんと口を開けた。
「そうだ。陳列、品出し、レジ打ち。ウチのルーベンス(元・四天王)の指導のもと、しっかりと働いて借金を返済しろ。働かざる者、食うべからず。これが資本主義の絶対ルールだ」
俺が冷酷な店長の目で告げると、リーザはハッと我に返り、芋ジャージの裾を翻してバッと立ち上がった。
「お、お断りですの!」
「……ほう? 支払いを拒否するか」
「勘違いしないでほしいですの! 私は、労働を拒否しているわけではありません!」
リーザは大切そうに抱えていたポリ袋の中から、古びた『みかん箱』を取り出し、床にドンッと置いた。
そして、その上にピョンと飛び乗ったのだ。
「私はアイドル! アイドルは、ダンボールを潰したりレジを打ったりする肉体労働で対価を得る生き物ではないのですの! アイドルがファンに与えるのは『夢』と『希望』! そしてファンが私に与えるのは『スパチャ(愛)』!」
リーザは胸を張り、堂々たる宣言を放った。
「私がこのスーパーでライブをして、お客さんから『お賽銭』を巻き上げ……集めますの! その売上で、ウインナー代をきっちりお支払いしますの!」
「……おいおい、こんな芋ジャージの小娘の歌なんかで、客が金を払うわけ……」
イグニスが鼻で笑いかけた、その時だった。
「ミュージック、スタートですの!」
リーザが指を鳴らした瞬間。
彼女の全身から、深海の底から湧き上がるような、透き通った『魔力の波動』が広がった。人魚族が生まれ持つ、対象の感情を揺さぶる魅了の歌声。
『五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!』
『五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイ!』
(キラキラリーン☆という謎のSEが、どこからともなく響き渡る)
『銅でもない 銀でもない
狙い打つのは 真鍮のゴールド!
穴の向こうに 未来が見える
覗いてみてよ 私とキミのディスタンス♪』
みかん箱の上に立つリーザが、芋ジャージ姿のまま、完璧なステップと振り付けで歌い始めた。
『「ちょっと重いかな?」って五十円
「重すぎて無理!」って五百円
身軽な愛を ジャラジャラさせて
私の配信 投げ込み カモン!』
「な、なんだこの歌は……!?」
イグニスが目を見開く。ただの電波ソングのはずなのに、なぜか心が猛烈に高揚し、無意識のうちに財布の紐を緩めたくなるような恐ろしい引力が働いているのだ。
『絶対無敵のスパチャアイドル!
五円が積もれば 山となる!
御縁をちょーだい キラキラ☆キラリ
推しの生活 支えてちょーだい!』
「……なるほど」
俺は腕を組み、みかん箱の上で強烈な存在感を放つ人魚姫を、冷徹な『プロデューサー(店長)』の目で値踏みした。
こいつの歌声は、客の理性を飛ばし、購買意欲を限界まで高める劇薬だ。
「面白い。君のその『強欲』、当店の特売日に利用させてもらおうか」
極貧地下アイドルと、狂気の社畜店長。
搾取される側と搾取する側が、スーパーマーケットという舞台で最悪の化学反応を起こそうとしていた。
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