第三章 極貧ポイ活アイドルと、オカン村長
「試食コーナーの死闘と、芋ジャージの人魚姫」
ジュゥゥゥゥッ……!!
ホットプレートの上で、脂の乗ったシープピッグ(豚型魔獣)の粗挽きウインナーが、パチパチと心地よい音を立てて弾けている。
香ばしい肉の焦げる匂いが店内に漂い、買い物客たちの足を自然と立ち止まらせる。
「いらっしゃいませ! 本日の特売品、シープピッグの粗挽きウインナーのご試食はいかがでしょうか! 一口食べれば溢れ出す肉汁、今夜の食卓のメインディッシュに最適ですよ!」
スーパーマーケットにおける『試食コーナー』とは、単なるサービスの場ではない。
匂いと音、そして実際に舌で味わわせることで、お客様の潜在的な「買いたい」という欲求を極限まで刺激する、高度な心理戦の最前線である。
俺が爪楊枝に刺したアツアツのウインナーを小皿に並べると、ポポロ村の主婦たちや、非番のルナミス兵たちが次々と群がり、「美味い! 一袋もらうわ!」と次々にカゴへ入れていく。
狙い通りの売上アップ。俺は完璧な営業スマイルを浮かべながら、次々とウインナーを焼き上げていった。
――しかし。
小売業の歴史において、試食コーナーには常に一つの『天敵』が存在する。
商品の購入を一切目的とせず、ただ己の胃袋を満たすためだけに試食を食い尽くす者。スーパー業界の隠語で『試食のプロ』と呼ばれる存在だ。
「……おい店長。またやられたぞ」
警備担当のイグニスが、信じられないものを見たという顔で、試食用の小皿を指差した。
「俺様が隣の客に挨拶して、一秒も目を離してないはずなのに……皿の上に山盛りにしてあったウインナーが、瞬きした瞬間に全部消え失せやがった!」
見れば、つい数秒前まで十個以上のウインナーが乗っていたはずの皿が、見事に空っぽになっている。
「俺様の竜人の動体視力すら躱すなんて、尋常じゃねぇぜ。間違いなく、死蟲機や狂獣大隊の連中より速い。熟練の暗殺者か何かの仕業だ!」
イグニスが大斧の柄に手をかけ、冷や汗を流しながら店内を見回した。
俺はため息をつき、ホットプレートの電源を少し下げた。
「暗殺者がウインナーだけをピンポイントで狙うか。だが、いくらお客様第一とはいえ、これ以上タダ食いされては当店の利益率に関わるな。……ルルナ、例のブツを」
「はいっ、店長! 今朝のゴミ拾いで貯めた100pで、すでに出してあります!」
レジ打ちをしていたルルナが、プラチナブロンドの髪を揺らしながら持ってきたのは、黒いドーム型のレンズと、小型のモニター画面がセットになった機械。
地球のコンビニやスーパーの天井に必ず設置されている、『防犯カメラ』一式である。
「神の国の『千里眼の魔導具』です! これさえあれば、どんな怪盗の動きも逃しません!」
「よし、そこの柱の陰に設置しろ。俺が新しくウインナーを焼いて罠を張る」
俺たちは密かに防犯カメラを試食コーナーの死角にセットし、再び山盛りのウインナーを皿に乗せた。
そして、イグニスと俺は少し離れた場所から、モニターの画面を食い入るように見つめた。
五分経過。十分経過。
主婦や子供たちが、一人一個ずつ、行儀よくウインナーを食べていく。
「来ねぇな、店長。警戒されたか?」
「いや、必ず来る。ああいう『プロ』は、タダ飯の匂いを絶対に嗅ぎ逃さない」
その直後だった。
モニターの画面の端に、スッ、と一つの影が入り込んだ。
「来たぞ! イグニス、ルルナ、配置につけ!」
俺の合図で、三人が一斉に試食コーナーへと飛び出す。
「確保ぉぉっ!!」
イグニスが背後から回り込み、俺が正面から退路を断つ。
「……ひゃうっ!?」
試食の皿の前で完全に包囲された『犯人』は、短い悲鳴を上げてビクッと肩を震わせた。
熟練の暗殺者でも、魔族の斥候でもなかった。
そこにいたのは、年齢は十五、六歳ほどだろうか。海の底のように深く透き通った青い髪を持ち、宝石のように美しい瞳をした、絶世の美少女だった。
だが、その美しさとは裏腹に、彼女の格好はあまりにも悲惨だった。
ルナミス帝国のデパートでワゴンセールに出されていそうな『ダサい小豆色の芋ジャージ』を上下で着込み、足元には年季の入った健康サンダル。手には、スーパーの無料の透明ポリ袋を大事そうに握りしめている。
そして、彼女の口元は、ハムスターのようにパンパンに膨らんでいた。
「モギュ、モギュモギュ……ッ!」
俺たちに囲まれた彼女は、慌てて口の中のウインナーを咀嚼し、ゴクンッ! と見事な嚥下力で飲み込んだ。
「確保しました、店長! この子がウインナー泥棒です!」
ルルナが杖を突きつけて宣言する。
「……おいおい、こんなヒョロヒョロの嬢ちゃんが、俺様の目を盗んで一瞬で皿を空にしたってのか?」
イグニスが信じられないという顔で彼女を見下ろす。
俺は手元の防犯カメラのモニターを操作し、先ほどの映像をスロー再生してみせた。
そこには、恐るべき光景が映っていた。
芋ジャージの少女は、コーナーに近づくや否や、両手に持った二本の爪楊枝を『二刀流』の構えで展開。目にも留まらぬ速さでウインナーを次々と突き刺し、空中で見事な放物線を描きながら、一切の咀嚼音を立てずに口の中へとダイレクト・インさせていたのだ。
その無駄のない洗練された所作は、長年スーパーの試食や炊き出しで生存競争を勝ち抜いてきた、野生の獣のそれであった。
「な、なんだこの無駄のない動きは……。月兎族の村長並みの身のこなしだぞ……」
イグニスが戦慄する。
「お客様」
俺は笑顔を絶やさず、芋ジャージの少女に一歩近づいた。
「当店の試食は、原則『お一人様一つまで』とさせていただいております。タッパーやポリ袋への詰め込み、および過度な連食は、他のお客様へのご迷惑となりますのでご遠慮いただいているのですが」
「あ、あう……っ」
少女は涙目で俺を見上げ、芋ジャージの裾をギュッと握りしめた。
「わ、私は……ただ、ウィンナーの味が気になって、少しだけ味見を……」
「少しだけ、で皿が三度も空になることはありません。さあ、バックヤードで詳しいお話を聞かせてもらいましょうか。イグニス、ルルナ、ご案内しろ」
「はいっ! 悪党め、神の裁きを受けなさい!」
「おら、大人しく歩け嬢ちゃん」
抵抗する気力もないのか、芋ジャージの少女は項垂れたまま、俺たちに連行されてレジ裏のバックヤードへと足を踏み入れた。
そこには、村長の業務をサボって……いや、休憩中のキャルルが、ソファーに寝転がって『ガオガオンの社内恋愛事情』の同人誌を読みながら、優雅に煎餅を齧っていた。
「あ、店長お疲れー。ん? なにその芋ジャージの子。万引き犯?」
キャルルが煎餅を口にくわえたまま、胡乱な目で少女を見た。
しかし、その顔をまじまじと見つめた瞬間、キャルルのウサギの耳がピン! と直立し、くわえていた煎餅がポロリと床に落ちた。
「……え? 嘘、でしょ……?」
キャルルが信じられないものを見るように、目を丸くして立ち上がる。
「リ、リーザちゃん……!? シーランの女王の娘の、あのリーザちゃんなの!?」
「え……? きゃ、キャルル……?」
芋ジャージの少女――リーザもまた、キャルルの顔を見てハッと息を呑んだ。
どうやら、二人は旧知の仲であるらしい。だが、感動の再会とは程遠い空気がバックヤードに流れていた。
キャルルは恐る恐るリーザに近づき、その匂いを嗅いで、顔をしかめた。
「ちょっとリーザちゃん……あんた、深海の王女様なのに、なんでこんな……『雨に濡れた野良犬』と『公園の鳩』が混ざったような、悲惨な匂いをさせてんのよォッ!?」
世界を二分する海中国家の姫君と、ルナミス帝国でポイ活に命を懸ける極貧少女。
そのあまりにも乖離した二つの属性を持つ『試食のプロ』の来訪により、スーパー折原の新たな波乱(特売日)が幕を開けようとしていた。
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