EP 10
「バイトリーダー誕生と、獣人王国の影」
バーコードを読み取るリズミカルな電子音と、袋詰めのカサカサという心地よい摩擦音。
「お次でお待ちのお客様、こちらのレジへどうぞ! 本日の特売品『月光エナジードリンク』は大変お買い得となっております!」
緑色のエプロンを完璧に着こなしたアバロン四天王・ルーベンスが、流れるような手付きで接客をこなしている。
「ちょっと新人! そちらのお客様、レジのポイントカードの渡し忘れがありましたよ! お客様第一の基本を忘れないでください!」
隣のレジから、ルルナがプラチナブロンドの髪を揺らしながら、厳しい声で先輩風を吹かせた。
「ひっ!? も、申し訳ありませんルルナ先輩! すぐにカードを発行いたします!」
かつて世界を絶望の底に陥れた闇の貴公子が、地球のポンコツガチャ聖女に向かって、直角に腰を曲げて謝罪している。
ヒエラルキーの完全なる逆転現象。アバロン魔皇国の魔王ラスティアが見れば、ショックのあまり三日三晩寝込むであろう光景が、ポポロ村のスーパーではごくありふれた日常として定着しつつあった。
「ったく、これだから新人はよォ。『失敗の本質』によれば、そういった小さな連絡ミスが組織の致命的な崩壊を招くんだぜ?」
空きダンボールを回収しながら、イグニスがしたり顔でビジネス書の一節を引用する。
「ええい、うるさいぞ自己啓発トカゲ! 私のレジ打ち速度は秒速3スキャンだ! 貴様のような力任せの脳筋に、この流麗なレジ・オペレーションの何が分かる!」
「あぁん? 表出ろや新人! 俺様がバックヤードで接客のイロハを物理的に叩き込んでやるぜ!」
「おい、イグニス、ルーベンス。お客様の前での私語は慎め。バックヤードの在庫整理が終わっていないなら、今日のまかないの『肉椎茸の唐揚げ』は抜きにするぞ」
俺がレジカウンターの奥から静かに釘を刺すと、二人は「ヒッ! す、すいません店長!」と一瞬で直立不動になり、凄まじい勢いで業務に戻っていった。
(……素晴らしい。実に素晴らしい店舗運営だ)
俺は腕を組み、深く満足の息を吐いた。
圧倒的な武力と権力を持つファンタジー世界の住人たちが、スーパーマーケットという『絶対的なルール』の中に組み込まれ、売上という一つの目標に向けて見事な歯車として機能している。従業員の育成こそ、店長としての最大の喜びだ。
「店長ー、エナジードリンクのおかわりちょうだい! あと、唐揚げも追加でね!」
カウンターの丸椅子では、すっかり当店のVIP常連客となったキャルル村長が、だらしなく足を揺らしながらポテトフライを齧っていた。
ラフなパーカー姿に、タローマン製の特注安全靴。満月の狂気から解放された彼女は、ただの「甘いものと美味しいご飯が好きな、ちょっと口の悪い村長」へと戻っている。
「かしこまりました、村長様。毎度のご利用、誠にありがとうございます」
俺が冷えた月光エナジードリンクと揚げたての唐揚げを差し出すと、キャルルのウサギの耳がピョコンと嬉しそうに跳ねた。
「んふふ〜、これこれ! やっぱりこの唐揚げのジャンクな味付けと、エナジードリンクの爽快感がたまらないわね! アタシ、もうルナミス帝国のファミレスには戻れないかも」
サクッ、と唐揚げを頬張りながら、キャルルは満面の笑みを浮かべる。
「お気に召して何よりです。村長様の胃袋を満たすことも、当店の大切な地域貢献の一つですから」
「もう、店長は相変わらず営業スマイルしか見せないんだから。……でもね」
キャルルはふと、手元のグラスを見つめ、サファイアのような瞳に少しだけ真面目な色を浮かべた。
「……アタシ、この村に来て、店長たちに出会えて本当に良かったって思ってるのよ」
「ほう。何か心境の変化でも?」
「アタシさ、昔から『特別扱い』されるのがすごく嫌だったの。雷神の月兎だとか、最強の才能だとか、お姫様だとか……。そういう窮屈な檻から逃げ出したくて、ずっと一人で冒険者なんかやってたんだけど」
キャルルは唐揚げの最後の一切れを口に放り込み、ニッと悪戯っぽく笑った。
「この店じゃ、アタシがどんなバケモノみたいな力を持ってようが、店長はただの『お客様(VIP)』としてしか扱ってくれないじゃない? イグニスもルルナも、新人のルーベンスも、アタシを特別視せずに普通に怒ったり笑ったりしてくれる。……それが、すごく居心地が良いのよ」
それは、彼女の超聴覚が捉えた「俺の心音(ただの社畜の本心)」が、いかに裏表のない真実であるかを知っているからこその言葉だった。
「スーパーマーケットは、誰にでも開かれた平等な場所ですから。王侯貴族であろうと、魔王であろうと、対価(お金)を払って商品を買う『お客様』であることに変わりはありません」
「ふふっ、出たわね、店長の社畜哲学。……だからこそ、アタシはこの村と、この『推し店舗』を、何があっても絶対に守り抜くって決めたのよ」
キャルルはそう言って、特注安全靴のつま先をコンッと床に鳴らした。
その横顔には、かつて国を捨てた逃亡者ではなく、一つの村を背負う立派な『頭』としての覚悟が宿っていた。
*
しかし。平和な時間が流れるポポロ村のすぐ外側――。
鬱蒼と茂る緩衝地帯の深い森を、音もなく進む集団があった。
月明かりすら届かない暗闇の中、獣の瞳のように鋭く光る無数の眼光。
「……ハガル団長。この先が、例の『ポポロ村』にございます。情報によれば、標的(キャルル王女)はあの村の村長に収まり、さらに『スーパー・オリハラ』なる謎の施設に入り浸っているとのこと」
漆黒の隠密装束に身を包んだ犬耳族の斥候が、片膝をついて報告した。
「ご苦労。……ふん、スーパーだと? 人間どもの下劣な商売施設か」
闇の中から姿を現したのは、筋骨隆々の巨体に漆黒の軍服を着こなした黒豹耳の男――レオンハート獣人王国の近衛騎士団長、ハガルだった。
彼の全身からは、アバロンの狂獣大隊すら児戯に思えるほど、濃密で殺意に満ちた『闘気』が立ち昇っている。
「我が国の最高戦力たる第三王女が、あのような辺境の泥に塗れ、挙句の果てに人間どもの遊び場に毒されているとはな……。王の御心も限界だ。このハガルが直々に、あの家出娘の目を覚まさせてやろう」
ハガルは腰に差した巨大な曲刀の柄に手をかけ、残忍な笑みを浮かべた。
「聞け、近衛の精鋭たちよ! 我々の目的は『キャルル王女の奪還』、ただ一つ! 彼女をたぶらかしているという謎の施設は、抵抗するようならば跡形もなく物理的に粉砕しろ! 獣人王国の圧倒的な力を見せつけるのだ!」
「「「オオオオオオッッ!!!」」」
森の木々を震わせるほどの、獣たちの獰猛な咆哮。
強靭な肉体と闘気を誇るレオンハート獣人王国の精鋭部隊が、ついにポポロ村の防衛線を突破すべく、静かに牙を剥いたのだった。
*
「……ん? 風の向きが変わったな。明日あたり、少し大きな『嵐(客)』が来るかもしれない」
閉店後の店内。レジの精算を終え、明日の特売チラシの準備をしていた俺は、ふと夜の闇の向こうから漂ってくる微かな獣の匂いを感じ取って呟いた。
だが、俺の心に焦りはない。
棚には特売品が山積みになり、バックヤードには頼もしい従業員たちが控えている。
「どんな嵐が来ようと、関係ない」
俺は新しい『半額シール』のロールをレジにセットし、鋭い笑みを浮かべた。
「スーパー折原は、明日も通常営業だ。いらっしゃいませ」
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