EP 9
「月夜の宴と、ヤンキーの土下座」
爽やかな朝の陽光が、鳥のさえずりと共にポポロ村を優しく照らしていた。
「この度は……誠に、誠に申し訳ございませんでしたぁぁぁっ!!」
スーパー折原の店内中央。ピカピカに磨き上げられた床板に額を擦り付け、美しい銀髪の美少女が見事なまでの『土下座』を決めていた。
「穴があったら入りたい! いや、いっそ特売品のダンボールの中に詰めて私を廃棄処分してぇぇ!」
キャルル村長は、ウサギの耳をペタンと完全に寝かせ、顔を真っ赤にして床の上で身悶えしていた。
満月の夜が明け、月兎族特有の『狂犬化』から完全に正気を取り戻した彼女を待っていたのは、昨夜の己の暴虐の記憶という名の凄まじい羞恥心(二日酔いのようなもの)だった。
「アタシ、自分で『清楚な行政トップ』とか言っときながら、マッハ1の飛び蹴りでオークを粉砕した挙句、泣きながら敵を全回復させてまた殴るなんて……! ドン引きよ! 絶対村の皆から『サイコパスヤンキー村長』って呼ばれるわ!」
「ガッハッハ! 気にすんな村長! むしろあの圧倒的な武力、『影響力の武器』として村の防衛に最高に役立ったぜ!」
モップで床を拭きながら、イグニスが豪快に笑い飛ばす。
「そうですよ村長! 敵を治してまた殴るなんて、私みたいな専属ヒーラーには絶対に真似できない、神をも恐れぬ所業でした!」
ルルナが尊敬の眼差し(?)を向けると、キャルルは「やめてぇぇ!」と両手でウサギの耳を塞いだ。
「顔を上げてください、村長様」
俺はレジカウンターから歩み寄り、冷たいおしぼりを彼女の横にそっと置いた。
「昨夜のあなたの体を張った『クレーム対応』のおかげで、当店も村も守られました。それに、あなたが暴れ回ってくれたおかげで、当店に素晴らしい『新商品』が入荷したんですよ」
「……え? 新商品?」
キャルルが恐る恐る顔を上げると、俺は一本のガラス瓶を彼女の目の前に提示した。
中には、黄金色に輝く液体がたっぷりと詰まっている。
「昨夜、あなたが敵を全回復させるために吐き出した『月光薬』。あれが、店の外に生えていたポポロ村特産の『陽薬草』の畑に降り注ぎ、見事な化学反応を起こしていましてね。それをルルナのジューサーで搾り取り、商品化させてもらいました」
「アタシの血と汗と涙の結晶を、勝手にジュースにしないでよ!? っていうか、純度100%の月光薬と陽薬草を混ぜた原液なんて、ただの人間が飲んだら強烈な回復効果のせいで三日三晩眠れなくなるわよ!」
「ええ。だからこそ、店長決裁で『値引き』を施しました」
俺はガラス瓶の側面に貼られた、一枚のシールを指差した。
『 3割引』
「このシールで、原液の『薬効の強さ』を強制的に30%オフにしました。これで、一般のお客様が飲んでも安全な、極上の疲労回復飲料――『ポポロ村特製・月光エナジードリンク』の完成です」
「……スキルの無駄遣いにも程があるわね。相変わらず、やってることが神への冒涜だわ」
キャルルが呆れたようにため息をつき、ようやく丸椅子に座り直した。
カランコロン!
「店長! 今日の特売品はなんだ!? 昨日、東門でドンパチやってたみたいだが、俺たちルナミス軍の出番はなかったな!」
店の扉が開き、すっかり常連客となったルナミス帝国軍の部隊長が、部下たちを引き連れてドヤ顔で入ってきた。
昨夜、彼らがゲロオムレツの悪夢を忘れてぐっすり寝こけている間に、村長と俺たちだけで大隊を一つ壊滅させたことなど露知らず。
「いらっしゃいませ。本日はオープン記念の特別セール、先着百名様に『月光エナジードリンク』の無料試飲を行っております」
「ほう、美味そうな色だな! いただくぜ!」
部隊長が小瓶の液体をぐいっと飲み干した、次の瞬間。
「――ッッ!? な、なんだこれはァァァッ!?」
部隊長の全身の筋肉がバンプアップし、目からカッ!と眩い光が漏れた。
「凄いぞ! 前線での慢性的な寝不足も、ゲロオムレツを食わされていた胃腸の不快感も、一瞬にして吹き飛んだ! それどころか、今すぐフルマラソンを走りながら魔導バズーカを連射できるほど活力が湧き上がってくるゥゥ!」
「隊長! 俺たちにも一口!」
「ウオォォォッ! なんだこの美味さは! 身体が軽い! 徹夜で塹壕が掘れるぞォォッ!」
瞬く間に、兵士たちの間でエナジードリンクの奪い合いが始まった。
強烈な疲労回復効果と、陽薬草の爽やかな風味が、過酷な軍隊生活に疲弊した男たちの心を完全に鷲掴みにしたのだ。
「さあさあ、試飲が終わったお客様はこちらのレジへ! 驚きの価格、一本銅貨三枚! まとめ買いなら三本で銀貨一枚という破格のプライスだ! 列を乱さず、一列に並びたまえ!」
レジ前で、緑色のエプロンに頭にタオルを巻いた男が、流れるような手付きで商品を袋詰めしながら声を張り上げていた。
元アバロン四天王・ルーベンスである。
「おっ、新人! 手際が良いな! 三本包んでくれ!」
「毎度ありがとうございます! お客様、本日はこちらの『肉椎茸の唐揚げ』もご一緒にいかがですか? エナジードリンクとの相性は抜群ですよ!」
「おう、ならそれも貰うか!」
「チャリーン! 素晴らしいお買い上げに感謝します!」
ルーベンスは完璧な営業スマイルで追加注文まで決めてみせた。
(……飲み込みが早すぎる。流石は腐っても大国の四天王、知能指数が高いからレジ打ちと接客のマスターも一瞬だな)
俺は腕を組みながら、一人で勝手に店の売上を伸ばしていく優秀なアルバイトの姿に深く頷いた。魔王ラスティアが見たら、悲しみで玉座から転げ落ちる光景だろう。
「なによあれ……。アバロンの貴公子が、完全にスーパーのパートのおばちゃんみたいなオーラを出してるじゃない……」
キャルルが、呆然とルーベンスの接客を見つめている。
「これが『組織論』だ、村長。適材適所。プライドをへし折られたエリートは、新しい環境で承認欲求を満たそうと必死に働くもんさ」
イグニスがしたり顔で頷いた。
店外の広場では、村人たちとルナミス軍の兵士たちが入り乱れ、エナジードリンクで乾杯しながら、昼間から大宴会(特売セール)が始まっていた。
ポポロ村の平和は、スーパー折原の惣菜と接客力によって、今日も完璧に守られたのだ。
――しかし。
俺たちがそんな平和な大繁盛を満喫していた頃。
遠く離れた、屈強な獣人たちが支配する武力の大国『レオンハート獣人王国』の王城では。
「……報告は真実か」
玉座に座る、黄金のたてがみを持つ初老の王――アーサー獣人王が、低く凄みのある声で玉座の下の密偵に問いかけた。
「はっ! 緩衝地帯ポポロ村において、アバロンの狂獣大隊を単騎で壊滅させた『雷を纏った月兎の少女』の存在が確認されました! あのマッハ1の飛び蹴り……間違いなく、三年前に出奔された第三王女、キャルル様にございます!」
「ふん。生意気な家出娘が、ついに尻尾を出したか」
玉座の傍らに控えていた、漆黒の軍服を着た黒豹耳の男――近衛騎士団長ハガルが、冷酷な笑みを浮かべて前に出た。
「我が国の最高戦力である『雷神の月兎』を、いつまでもあのような田舎の村で遊ばせておくわけにはいきません。王よ、私が直々に連れ戻してご覧に入れましょう。……多少、乱暴な手を使ってでもな」
平穏を取り戻したばかりの辺境のスーパーマーケットに、今度は最強の獣人国家の軍靴の音が、静かに、だが確実に迫ろうとしていた。
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