EP 8
「タイムセール(再)と、魔獣部隊の返品処理」
「死ねェッ! 雷神の月兎ォォォッ!!」
オークの大隊長が振り下ろした、巨大な黒炎の戦槌。
魔力枯渇で倒れ伏したキャルルの脳天を砕かんと迫るその凶器の前に、緑色のエプロンを着たルーベンスが、半ば晴也に背中を押される形で物理的な『壁』として飛び出した。
「ひぃぃぃっ! なぜだ! 私はアバロンの四天王だぞ! なぜ自国の軍隊相手に壁にならねばならんのだァァッ!」
涙と鼻水を撒き散らしながら絶叫するルーベンス。
「壁じゃない、品出し(クレーム対応)の一環だ。当店に仇なす不良品をバックヤードからつまみ出せ」
俺は背後から冷酷に言い放ち、脳内のシステム画面を叩いた。
現在の売上ポイントは潤沢にある。出し惜しみはしない。
(プリントアウト! 『タイムセール』二枚!!)
消費ポイント100p×2。俺の右手に現れた赤と黄色の派手なシールを、大斧を構えたイグニスの背中と、泣き叫ぶルーベンスのエプロンの背中にペタリと貼り付けた。
『 タイムセール(30分間・全能力3倍)』
チリリン、チリリン!!
けたたましいスーパーの特売ベルの音が店先に鳴り響き、二人の身体から爆発的な闘気と魔力のオーラが噴き上がった。
「ガッハッハ! 来たぜェ、店長の超絶バフがよォ! 身体が羽のように軽いぜ!」
「なっ、なんだこの力が底から湧き上がってくる感覚は!? 四天王の私ですら到達できなかった、魔力の臨界突破だと……!?」
「おい新人! 感動してる暇があったら手を動かせ! お客様(村長)の安全が第一だ!」
「は、はいぃぃっ! 店長!」
ルーベンスは店長の怒声に条件反射で背筋を伸ばし、大隊長に向かって両手を突き出した。
「すまない、狂獣大隊の諸君! 私は店長に怒られたくないのだ! 闇魔法『奈落の鎖』ッ!」
ドバババババッ!!
通常時の三倍の出力、三倍の速度で放たれた無数の漆黒の鎖が、空中にいた大隊長の巨体を雁字搦めに拘束し、その進行軌道を強引に逸らした。
ズゴォォォンッ!
黒炎の槌はキャルルを外れ、明後日の方向にある地面を大きく抉り取った。
「ぐおぉぉっ!? なんだこの拘束力は! き、貴様はルーベンス様!? なぜ我々を攻撃するのだ!」
「聞かないでくれ! 働かないと借金が減らないんだ!」
泣きながら自国の部下を攻撃する四天王。
その隙に、タイムセールで超加速したイグニスが大斧を振り回し、防壁から雪崩れ込んでこようとしていた巨大な鎧熊や魔犬たちを、まるで雑草を刈り取るように次々と空高く弾き飛ばしていった。
「オラオラァ! 当店は割り込み乗車はお断りだぜェ!」
圧倒的な蹂躙。
たった二人の従業員(一人は無給のバイト)によって、アバロンの精鋭部隊が紙切れのように蹴散らされていく。
「おのれぇぇぇッ! ワケが分からんが、舐めるなァッ! このままでは魔王様に顔向けできん!」
鎖を引きちぎり、拘束から抜け出したオークの大隊長が、血走った目で天を仰いだ。
彼の全身から、これまでの比ではない、周囲の空間そのものを焼き尽くすほどの凄まじい黒炎が噴き上がる。
「灰になれ! 貴様らも、この村も! 『アバロン式・殲滅黒炎爆』ッ!!」
大隊長が戦槌を天に掲げると、上空に直径十メートルを超える巨大な黒炎の球体が圧縮生成された。
落ちれば、ポポロ村の東半分が一瞬で消し炭になる超広範囲魔法。
どれだけイグニスやルーベンスの個の力が上がろうとも、これほどの質量を持った魔法による面制圧を、物理で防ぎ切ることは不可能だ。
「ヒィィッ! ダメだ、アレは私の防壁魔法でも防ぎきれない!」
ルーベンスがエプロン姿のまま頭を抱えてしゃがみ込む。
「ルルナ! 例のブツを出せ!」
俺は天を見上げながら、背後の店舗に向かって叫んだ。
「はいっ、店長! さっき掃除で貯めた50pで出しておきました! 神の国の不可侵結界防具です!」
ルルナが空中のガチャ画面から引きずり出してきたのは、半透明でシャカシャカと音を立てる、地球の業務用『45リットル特大ゴミ袋(ポリエチレン製)』だった。
「……は? ご、ゴミ袋?」
ルーベンスがポカンと口を開ける中、俺はそのゴミ袋の表面に、残った売上ポイントのほとんどを注ぎ込んでプリントアウトした最強のデバフシールを、容赦なく貼り付けた。
『 9割引』
シールの効果により、このゴミ袋の中に収められるあらゆる事象の『価値(威力)』は、強制的に十分の一へと大暴落する。
俺は『インファイト・ステップ』を始動し、上空からゆっくりと落ちてくる巨大な殲滅黒炎爆の真下へと、滑るように飛び込んだ。
「ハハハハッ! そんな薄っぺらい袋で、我が最強の魔法を防げると思っているのか! 狂ったか人間!」
大隊長が勝利を確信して嘲笑する。
だが。
俺が両手で広げた『9割引シール付きのゴミ袋』の口が、巨大な黒炎の球体に触れた、その瞬間。
シュゥゥゥゥゥン……!!
「……え?」
オーク魔将の嘲笑が、間抜けな声でピタリと止まった。
直径十メートルあったはずの破壊の黒炎が、ゴミ袋の入り口に吸い込まれた途端、まるで掃除機で吸い取られる綿埃のように、シュルシュルと見る影もなく圧縮され、ただの『少し熱い黒い煤』へと成り果ててしまったのだ。
9割引。威力が十分の一に落ちた広範囲魔法など、もはやただの熱風にすぎない。
俺は黒い煤が収まったゴミ袋の口を、キュッと硬く結んで縛った。
「お客様」
俺はゴミ袋を片手に持ち、呆然と宙に浮いている大隊長に向けて、冷徹な視線を放った。
「当店では、このような危険物の持ち込みは固く禁じております。――不良品は、返品処理だ」
俺が結んだゴミ袋を空中の大隊長に向けて思い切り投げつけると、同時に、後ろで控えていたイグニスが地を蹴った。
「これがトドメだァ! 『イグニス・ブレイク』!!」
ドッッッッグァァァァァン!!
タイムセールで威力が三倍に跳ね上がった竜人の全力の斧が、ゴミ袋ごとオーク大隊長の巨体を打ち据えた。
最大の魔法を無効化され、完全に無防備となっていた大隊長は、悲鳴すら上げられずに村の遥か彼方へと、星になって飛んでいった。
大将を失った狂獣大隊の残党たちは、完全に戦意を喪失し、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように森の奥へと逃げ出していく。
「お、終わった……?」
ルーベンスが、へたり込んだまま呟いた。
「終わったな。ご苦労だった新人。お前の時給、銅貨三枚くらいには評価してやる」
「ど、銅貨三枚……!?」
俺がエプロンの埃を払っていると、背後で、地面に倒れていたキャルルがゆっくりと目を開けた。
「……あ、あれ? アタシ、生きてる……? 魔獣部隊は……?」
「安心しろ村長。不届きなクレーマーどもは、当店が責任を持って出禁にしておいた」
俺が手を差し伸べると、キャルルはその手を力なく握り返し、ウサギの耳をペタンと寝かせて、ホッと安堵の息を吐いたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




