EP 7
「超電光流星脚と、全回復のジレンマ」
マッハ1を超える極太の雷光が敵陣を貫き、大気が遅れて凄まじい爆音を立てて弾け飛んだ。
ポポロ村の東門前は、たった一匹の『ヤンキーウサギ』によって、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと塗り替えられていた。
「バ、バカな! ただの辺境の村に、なぜ伝説の『雷神の月兎』がいるのだァッ!?」
狂獣大隊の大隊長である巨大なオーク魔将が、自身の部下たちが紙屑のように吹き飛ばされていく様を見て、恐怖に顔を歪ませて絶叫した。
「レオンハート獣人王国の元・近衛騎士隊長候補が、なぜこんな田舎の村長なんかをやっている! 情報と違うぞォッ!」
オーク大隊長の悲痛な叫びなど耳にも入らないのか、満月の光を浴びて完全に『狂犬モード』に入ったキャルルは、無慈悲な殺戮マシーンと化していた。
「オラオラァ! 遅ぇぞアバロンの犬ども! もっとアタシを楽しませろやァ!」
タローマン製の特注安全靴が空を切り、月影流・乱れ鐘打ち(連続回し蹴り)が炸裂する。鋼鉄のカップが巨大な鎧熊の頭部を捉え、魔犬の牙を次々と粉砕していく。闘気を乗せたダブル・トンファーの一撃は、重装甲の魔族たちをボーリングのピンのように弾き飛ばした。
「す、すごい……ハルヤ様、村長が一人で敵の大隊を壊滅させてしまいます!」
防壁の上から見下ろしていたルルナが、戦慄と感嘆の声を漏らした。
「あいつ、マジで頭のネジが数本ぶっ飛んでやがる。俺様の『イグニス・ブレイク』より火力が高いんじゃねぇか……?」
イグニスも冷や汗を流しながら大斧を下ろした。俺も、これなら俺の『半額シール』の出番すらなく、村長の無双だけで終わるかもしれないと安堵しかけた。
――だが、事態はここから最悪のベクトルへと急転直下する。
「おらァッ! アタシの愛するスーパー折原の邪魔すんじゃねぇぇッ!!」
ドゴォォォンッ! と、キャルルの蹴りが数名の魔族の肋骨を粉砕し、彼らは血を吐いて地面に倒れ伏した。
その瞬間だった。
「……はっ!?」
突然、キャルルの耳がビクッと跳ね、ギラギラと血走っていた瞳に『正気』が戻った。
彼女は自分の足元で骨を折って苦しんでいる敵の姿を見た途端、顔面を蒼白にさせ、トンファーを放り出してその場に泣き崩れたのだ。
「あ、あああっ!? ごめんなさい! ごめんなさぁぁい!! アタシ、またカッとなって手を出して……っ! 痛いよね、苦しいよね! 死なないで、今すぐ治してあげるからぁ!」
ゴフッ!
キャルルが自らの胸を叩き、文字通り口から血を吐きながら、両手に白銀の光を宿した。
月兎族の秘伝――己の生命力と引き換えにする、対象を問わない絶対的な『全回復魔法(月光薬の直接注入)』である。
パァァァァッ……!
彼女の血を代償に放たれた神聖な光が、骨を折って倒れていた魔族たちを優しく包み込んだ。
「あ、あれ……? 痛くない? 肋骨が、一瞬で完治してる……?」
敵の魔族たちが、信じられないという顔で立ち上がった。
「よかったぁ……! 治ったのね!」
キャルルが涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、嬉しそうに立ち上がる。
そして次の瞬間、再び彼女の瞳が極悪なヤンキーのそれに切り替わった。
「――って、テメェらアタシの村の防壁を壊したよなぁ!? 許さねぇッ、地獄の果てまで蹴り飛ばしてやるァッ!!」
ドゴォォォォンッ!!!
完治したばかりの魔族たちに、先ほどよりもさらに重い『月影流・顎砕き』が炸裂し、彼らは再び宙を舞って全身の骨を粉砕された。
「あああっ! ごめんなさぁぁい! またやっちゃった! 今すぐ治すからねぇ!」(血を吐きながら全回復魔法)
「あ、あれ、治った……?」
「治ったなら立てコラァ! まだまだヤキが足りねぇようだなァッ!」(再・顎砕き)
「「「ぎゃああああああああっ!! もう殺してくれェェェッ!!」」」
それは、地獄と天国を無限に往復させられる、究極の拷問だった。
殴られて瀕死になったかと思えば、泣きながら命を削って全回復され、治った瞬間にまた殺意100%で殴られる。アバロンの精鋭部隊の心(SAN値)は、この理不尽なヤンキーヒーラーの奇行の前に、物理的破壊よりも早く完全に崩壊し始めていた。
「……おい店長。あれ、どういうことだ?」
イグニスが、遠い目をしながら呟いた。
「敵を殴って、全回復させて、また殴ってる……。マッチポンプにも程があるだろ。ていうか、あれじゃいつまで経っても敵の数が減らねぇぞ」
「というより、村長の身体が持たない。いくら満月のバフがあっても、大隊規模の敵味方を無差別に全回復させ続けていれば、魔力が枯渇する」
俺の嫌な予感は的中した。
「ハァッ……ハァッ……! まだ、まだ治すから……っ」
数十回目の全回復魔法を放った直後、キャルルの身体がガクンと大きく揺らいだ。
口からとめどなく流れる血と、過剰な自己犠牲による魔力枯渇。タローマンの特注安全靴に満ちていた紫電の雷光がシュゥゥゥと音を立てて消え去り、彼女はその場に力なく膝をついた。
「ゴ、ゴフッ……! 体力が、空っぽ……」
キャルルが荒い息を吐きながら、地面に倒れ伏す。
その隙を、オークの大隊長が見逃すはずがなかった。
「ハハハハハッ! 愚かな小娘め! 己の能力を過信し、無駄に魔力を散らしたな!」
大隊長が、キャルルによって『全回復』させられたおかげで万全の状態となった巨体を躍らせ、天高く跳躍した。
その両手には、すさまじい黒炎を纏った巨大な戦槌が握りしめられている。ただの物理攻撃ではない。槌の周囲の空気が歪み、大気中の魔力が恐ろしい密度で圧縮されていく。
間違いなく、村の東門ごとキャルルを木っ端微塵にする超広範囲殲滅魔法のチャージだ。
「死ねェッ! 雷神の月兎ォォォッ!!」
黒炎の槌が、力尽きたキャルルの脳天目掛けて無慈悲に振り下ろされようとしていた。
「あぁ……っ、ごめんなさい、みんな……。アタシが、バカだったから……」
キャルルが絶望に目を閉じ、死を覚悟した――その時。
「おい新人! 今すぐあのオークの足元に、特売のポップ看板を立てろ!」
「ヒッ!? な、なぜ私が最前線に!?」
キャルルの頭上に落ちてくるはずだった巨大な戦槌の軌道上に、緑色のエプロンを身につけた店長(俺)と、大斧を構えたイグニス、そして泣きながら看板を抱えた元・四天王が、滑り込むようにして立ち塞がった。
「お客様」
俺はメガホンを口に当て、上空のオークに向けて冷徹な営業スマイルを向けた。
「当店のVIP(村長)に手を出すなど、万死に値するクレーム行為ですよ。――ここから先は、店長決裁の時間だ」
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