EP 6
「満月の夜と、ハイテンション村長」
「ダンボールの解体は、ただ力任せに潰せば良いというものではない。カッターの刃をテープの隙間に滑り込ませる『角度』と『魔力操作』が重要なのだよ」
バックヤードにて、緑色のエプロンを身につけたアバロン四天王・ルーベンスが、闇魔法の精密なコントロールを用いて、山積みのダンボールを一瞬にして美しい平面へと解体していく。
(……無駄にハイスペックなバイトが入って助かるな。時給ゼロだし)
俺は腕を組みながら、その見事なまでの労働力(タダ働き)に、店長としてのブラックな満足感を噛み締めていた。
かつて世界を恐怖に陥れた大幹部が、今や在庫管理と品出しに命を懸けている。スーパーマーケットという戦場においては、魔力よりも『陳列の美しさ』が正義なのだ。
そんな平和な営業終了後の清掃時間。
夜の帳が完全に下り、雲の切れ間から、狂気を孕むほどに丸々と太った『満月』がポポロ村を青白く照らし出した、その時だった。
ドァァァァンッ!!
店の自動ドアが、粉々に吹き飛ぶ勢いで蹴り開けられた。
「オラァッ! 夜分遅くにこんばんはだコノヤロウ!!」
「……い、いらっしゃいませ。お客様、ドアは手で優しく……って、村長?」
レジ締めをしていた俺は、飛び込んできた人物を見て思わず目を瞬かせた。
そこに立っていたのは、ポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートだった。
だが、その様子が明らかにおかしい。いつものラフなパーカー姿だが、ピンと立ったウサギの耳は異常なまでに赤く充血し、サファイアのような瞳はギラギラと血走っている。
さらに、タローマン製の特注安全靴を「ガンッ、ガンッ!」とわざとらしく床に叩きつけながら、完全に肩で風を切る『ヤンキーの歩き方』で店内に乗り込んできたのだ。
「あぁん? 店長、今日の特売品の余りはねぇのか!? アタシの胃袋が、極上のロックバイソンの肉を寄越せって泣いてんだよォ!!」
「そ、村長……? なんだか、ずいぶんと口調が……」
ルルナが怯えたように後ずさる。
「ガッハッハ! 月兎族の『満月の狂騒』ってやつだな!」
モップ掛けをしていたイグニスが、面白そうに笑った。
「月兎族は満月の光を浴びると、身体能力が極限まで跳ね上がる代わりに、テンションのストッパーが完全にぶっ壊れて『狂犬化』するって文献(ビジネス書)で読んだことがあるぜ。まさか、お行儀の良い村長様がバリバリの武闘派ヤンキーになるとはな!」
「誰が狂犬だコラァ! アタシはいつでもラブ&ピースを愛する清楚な行政トップだろーが! ……あー、クソッ、血が滾る! 誰か! 誰かアタシのこの持て余したマナ(暴力)を受け止めてくれる命知らずなサンドバッグはいねぇのかァッ!」
キャルルが両手のダブル・トンファーをガンガンと打ち鳴らしながら、店内をうろうろと徘徊し始めた。完全に絡み酒のチンピラである。
品出しをしていたルーベンスが「ひっ……!」と悲鳴を上げてダンボールの陰に隠れるほど、彼女から放たれる闘気のプレッシャーは凄まじい。
――とその時。
ズズズズズズズッ……!!
村の東側から、大地を揺るがすような重低音が響き渡った。
同時に、外で見張りをしていたルナミス軍の兵士の悲鳴が夜の闇を切り裂く。
「て、敵襲ゥゥッ! 村の東門に、正体不明の魔獣部隊が……数が多すぎる! 防壁が持たないぞォォ!」
「敵襲だと!?」
イグニスが大斧を掴み、俺もすぐにメガホンを手にして外へ飛び出した。
ポポロ村の東門の向こう。暗闇を埋め尽くすように、無数の赤い双眸が光っている。
巨大な鎧熊や、三つの頭を持つ魔犬に跨った、アバロン魔皇国の重装魔族たち――魔王ラスティアが差し向けた特務部隊『狂獣大隊』だった。
「見つけたぞ! ルーベンス様を捕らえているという、生意気な『スーパー』とやらの拠点だ!」
大隊長らしき、筋骨隆々のオークの魔将が、巨大な戦槌を振り上げて咆哮する。
「魔王様からの命令だ! この村を更地に変え、ルーベンス様を救出し、ついでにポポロ・コーヒーとエビフライを略奪しろォォッ!」
「「「オオオオオオオッッ!!」」」
数百に及ぶ魔獣と魔族の雄叫びが、平和な村の空気を恐怖で染め上げる。
「あ、あれは……我がアバロンの狂獣大隊!」
店から顔を出したルーベンスが、歓喜の声を上げた。
「ははっ! やはり魔王様は私を見捨ててはいなかった! 見ろ店長、貴様らのふざけた店もこれで終わりだ! 私はアルバイトなどという屈辱から解放され、再び四天王として――」
「おい新人」
俺は振り返り、冷酷な目でルーベンスを睨みつけた。
「勤務時間中の私語および逃亡は減給だぞ(元からゼロだが)。あと、今すぐレジ横の『特売ポップ』を店の外に張り出してこい。集客のチャンスだ」
「ヒッ!? は、はいぃぃっ! ただいま!」
四天王としての誇りよりも、店長の威圧が勝ったルーベンスが、泣きながらポップ作りに走る。
「店長、ハルヤ様! 敵の数が多すぎます! いくら局地戦に持ち込んでも、あの重装甲の魔獣部隊を相手にするには、少し分が悪すぎます!」
ルルナが杖を構えながら、切羽詰まった声で叫んだ。
確かに、前回の死蟲機と違い、今回は統率の取れた正規軍だ。俺のインファイト・ステップで一人ずつシールを貼って処理するには、物理的な手数が足りない。
だが、そんな絶望的な状況を、甲高い高笑いが切り裂いた。
「アッハハハハハハハハハハッ!!!」
防壁の上に、いつの間にか一人の少女が立っていた。
満月の青白い光を背に浴びて、ウサギの耳をピンと逆立てたキャルル村長である。
「テメェら……ちょうど良いところに現れやがって……! アバロンの犬っころが、アタシの愛する村と、アタシの大好きな特売店に、土足で踏み込んでんじゃねぇぞォォッ!!」
キャルルがトンファーを構え、深く腰を落とす。クラウチングスタートの姿勢。
彼女の特注安全靴に仕込まれた『雷竜石』が激しくスパークし、紫電の雷光が彼女の全身を包み込んだ。
「アタシがこの村の頭(村長)だ! 一匹残らず、地獄の果てまで蹴り飛ばしてやるから歯ァ食いしばれやァァァッ!!」
ドッッッッグァァァァァァァン!!
キャルルの足元の丸太の防壁が、すさまじい爆発を起こして粉々に砕け散った。
同時に、彼女の姿が完全に視界から消え失せる。
いや、消えたのではない。
バリバリバリバリッ!!
紫色の雷光を纏った一つの『極太のレーザー』が、マッハ1を超える音速で空を切り裂き、狂獣大隊のど真ん中へと一直線に突き刺さったのだ。
それが、雷神の月兎の異名を持つ彼女の必殺技――『超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)』であると気づいた時には、すでに大部隊の先頭集団数十体が、文字通り『吹き飛んで』いた。
「な、なんだ!? 爆撃か!?」
「ひぃっ!? 空から、雷を纏ったウサギが……ッ! ぎゃあああああ!」
「オラオラオラァ! どこ見てんだ雑魚ども! 月影流・鐘打ちィィッ!!」
敵陣のど真ん中に着地したキャルルは、そのまま竜巻のように回転しながら、タローマン製の特注安全靴による連続回し蹴りを放ち始めた。
鋼鉄のカップが仕込まれた蹴りが、オークの重装甲を紙切れのようにひしゃげさせ、魔犬の巨体をピンボールのように空高く跳ね飛ばしていく。
「す、すげぇ……。村長、一人で大隊を蹂躙してやがる……。あのヤンキーウサギ、怒らせたら店長よりヤバいんじゃねぇか……?」
イグニスが大斧を下ろし、ぽかんと口を開けてその惨劇を見つめていた。
俺たちの店を脅かす不届きなクレーマーどもは、覚醒したハイテンション村長によって、まさに阿鼻叫喚の地獄へと叩き落とされようとしていたのだった。
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