EP 4
「月影流・顎砕きと、二人のヒーラー」
ブワァァァァッ!!
キャルルの小柄な身体から、ルーベンスの闇魔法すらも掻き消すような、すさまじい白銀の闘気が爆発的に噴き出した。
タローマン製の特注安全靴が、ギシッ、と床板を軋ませる。
「な、なんだこのプレッシャーは……!?」
ルーベンスが仮面の奥で目をひん剥き、数歩後ずさった。
「し、しかも……なんだ? なぜか急に、この店の割引商品が少しだけお得に思えてきたぞ……? あそこのロックバイソンの端肉、今買えば夕飯のシチューに……いや違う、私は何を考えているんだ! ええい、小娘が、しゃしゃり出るなァッ!」
自身の魔法を『半額(安いテレビショッピングレベル)』に劣化させられた副作用で、すっかりスーパーの顧客マインドに染まりかけていたルーベンスが、誤魔化すように闇の鞭を振り上げた。
空気を裂き、無数の棘のついた鞭がキャルルへと襲いかかる。
――しかし、遅い。
猫耳族をも上回る、月兎族の圧倒的な動体視力と脚力。100メートルを5秒台で駆け抜けるキャルルにとって、魔術師の振るう物理攻撃など止まって見えるに等しい。
「邪魔をしたお詫び、身体で払ってもらうわよッ!」
ダンッ! と床を蹴る乾いた音と共に、キャルルの姿がブレた。
鞭の軌道を紙一重で掻い潜り、一瞬にしてルーベンスの懐へと潜り込む。手にしたダブル・トンファーが下から跳ね上がり、男の構えを強引に弾き飛ばして完全な無防備(ガラ空き)を作り出した。
「なっ――!?」
「アタシの村で、デカい顔してんじゃねぇぇぇッ!!」
ドゴォォォォンッ!!
闘気を限界まで圧縮させたキャルルの膝蹴りが、ルーベンスの顎を正確に打ち抜いた。
必殺、月影流・顎砕き。
アバロン魔皇国の四天王は、悲鳴を上げる間もなく白目を剥き、美しい放物線を描いて店の奥へと吹っ飛んでいった。そして、搬入予定で積まれていた『空の木箱』の山に激突し、木っ端微塵に粉砕してようやく停止した。
(……ふぅ。商品が入っている棚じゃなくて、ただの空箱で助かった。村長のコントロールに感謝だな)
俺が店長として備品の被害総額を頭の中で素早く計算していると、ハッと我に返ったキャルルが、突如としてトンファーを床に投げ捨てた。
「ああっ!? や、やっちゃったぁぁぁ!」
さっきまでの狂犬のようなオーラはどこへやら、ウサギの耳をペタンと寝かせ、大慌てで白目を剥いているルーベンスの元へ駆け寄っていく。
「ご、ごめんなさいお客様! アタシ、またカッとなって手を出して……死なないで! 今すぐ、アタシの命と引き換えに全回復させてあげるからぁ!」
ゴホッ!
キャルルが自らの胸を叩き、文字通り『血を吐きながら』、己の生命力を削って月兎族の秘伝の回復術式を展開しようとした。敵味方関係なく、殴った相手を自己犠牲で完治させようとする、ヤンデレ気質極まるヤンキーヒーラーの奇行である。
「そ、村長! ダメです! あなたの命を削るなんて絶対にダメです!」
ルーベンスの精神支配魔法が解け、正気を取り戻したルルナが血相を変えて飛び出してきた。
「ここは、このスーパー折原の専属ヒーラーである私の出番です! さっきドブ掃除で稼いだ100pで、神の国の医療器具を出します!」
ルルナが空中のガチャ画面を激しくタップする。
ポンッ、と光と共に飛び出したのは、地球のコンビニでもよく売っている、黄色い箱に入った『お徳用・救急絆創膏(100枚入り)』だった。
「出ました! 神の国の癒やしの聖布です!」
「ルルナ、そんなちっぽけな布切れで顎の骨折が治るわけないじゃない! 退いて、アタシが血を吐けば治るのよ!」
「退きません! 店長の『特売シール』さえあれば、この布切れでどんな傷も塞がります! 村長はすっこんでてください!」
「なによこの小娘ぇ!」
意識を取り戻しかけたルーベンスが薄目を開けると、そこには、自分のボロボロの身体を挟んで「私の命で治す!」「いや私のガチャで治す!」と取っ組み合いの喧嘩を始めている二人の美少女ヒーラーの姿があった。
「……ひっ。な、なんだこのイカれた空間は……魔王城より恐ろしい……」
四天王がガタガタと震えながら恐怖の涙を流していると、俺は二人のヒーラーの間に割って入り、ルーベンスの前に一枚の紙を突きつけた。
「お客様、お目覚めですね。こちら、本日の『お買い上げ明細(請求書)』になります」
「……は? せ、請求書だと……?」
「ええ。あなたが不法に破壊した当店の備品(木箱)三個。ならびに、床を汚した清掃代。さらに、従業員への精神的慰謝料。しめて、金貨十枚となります。お支払いは現金でしょうか?」
俺が冷徹な営業スマイルで問い詰めると、ルーベンスは屈辱に顔を歪めた。
「ふざけるな! 私はアバロンの四天王だぞ! 貴様らのような下等生物に払う金など――」
「なるほど。無銭飲食ならぬ、器物損壊からの支払い拒否(万引きと同罪)ですね」
俺はため息をつき、脳内のシステムから『廃棄処分(0円)』の黒いシールを取り出す素振りをしながら、背後に立つイグニスに視線を送った。
「おい、イグニス。この不良在庫、裏の山に埋めてこい」
「おうよ店長! まったく、『失敗の本質』によれば、リスク管理のできねぇ奴は組織を滅ぼすんだ。俺様がこいつの頭を物理的にリストラしてやるぜ!」
巨大な両手斧を構えた竜人が、極悪な笑顔でルーベンスを見下ろす。横ではキャルルが「アタシがまた回復させるから、何回でも埋められるわよ♡」と物騒なことを言っている。
「ま、待て! 待ってくれ! あ、悪かった……だが、今手持ちの現金がないのだ……!」
完全な四面楚歌。泣く子も黙るアバロンの四天王は、ついに床に土下座する勢いで命乞いを始めた。
「現金がない。なるほど」
俺はニッコリと笑い、一枚の『名札』をルーベンスの胸元にペタリと貼り付けた。
「では、労働で返していただきましょう。おめでとうございます、お客様。あなたはたった今から、スーパー折原の『バックヤード専属・品出しスタッフ(無給)』です。借金を返し終わるまで、当店のために馬車馬のように働いてもらいますよ」
「なっ……! 貴公子と呼ばれる私が、品出しのアルバイトだと……!?」
「ガッハッハ! よろしくな新人! 俺様がダンボールの潰し方からミッチリ叩き込んでやるぜ!」
「ひ、ひぃぃぃっ! 魔王様ぁぁぁっ!」
かくして、世界を脅かすはずのアバロンの四天王は、店長のクレーム対応と値引きの理屈によって、完全に『ざまぁ(返品処理)』され、底辺アルバイトへと華麗な転身を遂げたのであった。
翌日。
平和を取り戻した店内で、キャルルが再び『ガオガオンの社内恋愛事情』の同人小説を広げて読み耽っていた。
「んふふ……玄武ちゃん、愛が重いわぁ……」
「……おい新人! あそこの棚の陳列が乱れてるぞ! お客様第一だろ!」
日常が定着し始めた俺たちの店に、さらなる波乱の種が近づいていることなど、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。
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