第二章 スーパー店長と雷神の月兎
「不法占拠の疑いと、特注の安全靴」
黄金色の揚げ油がパチパチと爆ぜる音と、むせ返るような肉の脂の匂い。
「う、うおおおぉぉっ! し、塩と醤油草だけで味付けされただけの唐揚げが、こんなにも美味いなんてぇぇっ!」
「俺たち、今までスライムの凝固剤で固めたゴムタイヤ(ゲロオムレツ)を食わされてたんだな……っ! 店長、一生ついていきます!!」
死蟲機の襲撃から一夜明けた『スーパー折原』の店内は、開店直後から異常な熱気に包まれていた。
主な客層は、ポポロ村に駐留しているルナミス帝国軍の兵士たちだ。彼らは前線の地獄のような配給食『第3型戦闘糧食(通称:ゲロオムレツ)』から逃れるため、非番のたびに部隊長を筆頭に当店へと押し寄せ、俺が半額シールで調理時間をすっ飛ばして揚げたロックバイソンや死蟻機の唐揚げを涙ながらに貪り食っている。
「おい、そこ! 順番を乱すんじゃねぇ! 『群集心理』によれば、一つの列の乱れが暴動を生むんだ! お客様第一だが、マナーの悪い客は俺様が叩き出すぜ!」
入り口では、巨漢の竜人イグニスが腕を組み、ビジネス書(ルナミス帝国発行)の受け売りを叫びながら立派に警備員の役目を果たしていた。
「ハルヤ様、あちらのテーブルのお水、お持ちしました!」
ルルナもプラチナブロンドの髪を揺らしながら、甲斐甲斐しくホール業務をこなしている。
お客様の笑顔と、チャリーン♪と脳内で小気味よく加算されていく売上ポイント。まさに小売業の理想郷。俺の店舗運営は完璧なスタートを切った――かに見えた。
カランコロン!
突如、店の扉が乱暴に蹴り開けられた。
イグニスが「ああん!?」と凄んで振り返るが、そこに立っていたのは屈強なならず者ではなく、小柄で場違いなほど愛らしい一人の少女だった。
「ルナミス軍の兵士が入り浸る、怪しい何でも屋ができたって聞いて来てみれば……。随分と好き勝手やってくれてるじゃない!」
銀色に輝く美しい髪の間から、ピンと立った『ウサギの耳』が覗いている。
月兎族。しかし、その出で立ちはファンタジー世界の獣人とはかけ離れていた。動きやすさを重視したラフなパーカー姿。そして足元には、つま先に鋼鉄のカップが仕込まれた、ルナミス帝国のホームセンター『タローマン』製のゴツい『特注安全靴』が鈍く光っている。
さらに極めつけは、彼女の両手にしっかりと握られた、黒光りする金属製のダブル・トンファーだ。
「おい嬢ちゃん、ここは戦場じゃねぇぞ。買い物がないなら――」
「退きなさい、トカゲの警備員。公務執行中よ」
イグニスが制止しようと手を伸ばした瞬間、少女の身体がブレた。
スッ、と残像を残すような異常な身のこなしでイグニスの巨体をすり抜け、彼女は一直線にレジカウンター(木箱)に立つ俺の目の前へと迫った。トンファーの先端が、俺の鼻先数センチでピタリと止まる。
「私がこのポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートよ! あんたね、ドワーフの空き倉庫を勝手に改造して『すーぱー』なんて得体の知れない店を開いた責任者は!」
「いらっしゃいませ、村長様。私が当店『スーパー折原』の店長、折原晴也です。本日はどのようなご用件でしょうか?」
俺はトンファーを突きつけられながらも、一切の表情を崩さず、完璧な角度の『営業スマイル』を返した。
長年の店長生活において、行政の立ち入り検査や、保健所の抜き打ちチェックなど日常茶飯事だ。ここで少しでも動揺を見せれば、相手のペースに呑まれる。
「……ふん、いい度胸じゃない」
キャルル村長はウサギの耳をピクッと動かし、鋭いサファイアのような瞳で俺を睨みつけた。
「昨日、村を襲った『将軍格の死蟲機』を単独で撃破した男がいるって報告を受けたわ。しかも、その男は未知の呪文『ハイ・キ・ショ・ブン』を使って魔物を塵にしたと。……ただの行商人が、そんな真似できるわけないわよね?」
キャルルが一歩、さらに距離を詰めてくる。ウサギの耳が、俺の胸元のすぐ近くでかすかに震えていた。
「正直に答えなさい。あなた、アバロン魔皇国のスパイ? それともルナミス帝国の特務機関? この緩衝地帯の村で、いったい何を企んでいるの!」
凄まじい尋問のプレッシャー。
彼女の聴覚は、月兎族の中でも極めて鋭敏だ。俺の心臓の鼓動(心音)、血流の変化、呼吸の乱れ、そのすべてを音として正確に捉え、俺が『嘘』をついた瞬間にトンファーで顎を砕く気満々なのだろう。
だが、俺はスーパーの制服の襟を正し、曇りなき眼で彼女を見つめ返した。
「企みなど、一切ございません。私の目的はただ一つ――『質の良い商品を、お求めやすい価格でお客様に提供し、地域社会の食卓を豊かにすること』。それ以上でも、それ以下でもありません」
「……は?」
「私は、ただの雇われ店長です。昨日魔物を処理したのも、当店の大切な店舗(備品)と、ご来店いただいていたお客様の安全を守るための、当然の『クレーム対応』の一環に過ぎません」
しんと、店内が静まり返った。
キャルルのウサギの耳が、ピク、ピクピクッ!と痙攣するように激しく動く。
彼女の超聴覚は、俺の胸の奥から鳴り響く心音を正確に拾い上げていた。
(……ドクン、ドクン、ドクン……)
脈拍の乱れ、ゼロ。
発汗による体温変化、ゼロ。
言葉の裏にある悪意や野心、ゼロ。
そこにあるのは、どこまでも純粋で、狂気的なまでに澄み切った『社畜(店長)としての絶対的な本心』だけだった。
「う、嘘でしょ……!?」
キャルルが、まるで幽霊でも見たかのように青ざめて数歩後ずさった。構えていたトンファーの先端がカタカタと震えている。
「こ、この男……1ミリも嘘をついていない!? 国家の転覆でも、魔王の復活でもなく……本気で、ただ『村の食卓を豊かにしたいだけのスーパーの店長』だって言うの!? あんな、軍の精鋭一個師団に匹敵するバケモノみたいな力を持っておきながら!?」
彼女の常識(ファンタジー世界の論理)が、俺の狂った社畜精神の前に完全にバグを引き起こしていた。
相手が勝手に混乱しているこの隙が、最大の商機だ。
「村長様、行政のご指導、誠に痛み入ります。ですが視察でお疲れでしょう」
俺はにっこりと笑い、バックヤードの方へと視線を向けた。
「ルルナ、例の『新商品』を。甘い物がお好きと伺っております、村長様へのウェルカムドリンクだ」
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