EP 15
「特大エビフライの宴と、世界を揺るがす『スーパー』の噂」
黄金色の油が、パチパチと心地よい音を立てて跳ねている。
ポポロ村に平和が戻った日の夕暮れ。かつて世界を絶望に陥れた古代の機械蟲たちは、今や見事なキツネ色の衣を纏い、次々と大皿に積み上げられていた。
「よし、揚がったぞ! 揚げたての特大エビフライだ! 粗熱が取れる前にどんどん持っていけ!」
「うおおおおっ! 店長、一生ついていきますッ!!」
俺がトングで巨大なエビフライ(元・死蟻機)を皿に乗せると、ルルミス帝国軍の兵士たちが涙とヨダレで顔をぐしゃぐしゃにしながら群がってきた。
スーパー折原の店舗前広場は、今や完全にオープン記念の『大試食会』会場と化していた。村の住人たちも最初は「鉄の虫を食うなんて……」とドン引きしていたが、油で揚げられた強烈な海老の香ばしい匂いに勝てず、今では皿を持って大行列を作っている。
「ハルヤ! お前、あのバカみたいに硬かった鉄の装甲をどうやって剥がしたんだ!? 俺様の斧でも傷一つだったんだぞ!」
山盛りのエビフライを両手で抱え込んだイグニスが、口の周りをパン粉だらけにしながら尋ねてきた。
「ああ、簡単なことだ。解体する前に、死骸の装甲に『 半額』シールを貼っただけさ」
俺は油の温度を180°Cに保ちながら、淡々と答えた。
「俺のスキルは対象の価値を半分にする。つまり、装甲の『硬さ』と『剥きにくさ』を50%オフにしてやったんだ。そうすれば、あとはカニの殻を剥くみたいに、手でペリペリと簡単に剥がせるからな」
「……お前のその紙切れ、マジで世界の法則を根底からバカにしてるドス……じゃなくて、バカにしてるな」
イグニスが呆れたように笑いながら、長さ五十センチはあろうかという特大エビフライに豪快にかぶりついた。
「……んんんッ!? うめぇぇぇぇぇっ!! 外の衣はサクサクなのに、中の身は異常なほどプリプリで、噛めば噛むほど濃厚な甘みが溢れ出してきやがる!!」
「本当ですね! 臭みなんて一切なくて、まるで神様の海の恵みを凝縮したようなお味です!」
ルルナも、両手でエビフライを持ちながら、幸せそうに頬を緩ませている。
「ハルヤ様、さっき戦いの余波で稼いだポイントで、これも出しておきました! 神の国の調味料です!」
ルルナが空中のガチャ画面から取り出したのは、地球の業務用スーパーでよく見る、1キログラム入りの『特大チューブ入りタルタルソース』だった。
「でかしたルルナ! エビフライにはやっぱりそれだ!」
俺は即座にそのタルタルソースのチューブに『✨ プレミア(特上)』シールを貼り付けた。
ただの業務用の酸味が強いソースが、一瞬にして『高級ホテルの三ツ星シェフが手作りした極上のタルタル』へと価値を高騰させる。それを惜しげもなくエビフライにドバドバと絞り出した。
「お、おい店長……なんだこの白いソースは……っ!?」
部隊長が、タルタルソースがたっぷりかかったエビフライを一口食べた瞬間、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「エビの甘みを、この酸味と濃厚なコクがさらに高みへと引き上げやがる……! クソッ、前線で食ってたゲロオムレツの記憶が、完全に浄化されていく……。俺は、俺は生きててよかったァァァッ!!」
兵士たちが次々と天を仰ぎ、号泣しながらエビフライを貪り食う。
スーパーの店長として、お客様が自分の提供した惣菜を食べて笑顔(と涙)を見せてくれるのは、何よりの報酬だ。俺は満足げに頷き、フライヤーの油のカスを網ですくい取った。
「皆さま、本日はご来店誠にありがとうございます! 当店は明日より通常営業となりますので、特売日にはぜひまたお越しください!」
メガホンでそう宣言すると、村中から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
*
しかし、ポポロ村が極上のエビフライの宴に酔いしれていた頃。
世界を二分する超大国の中枢では、信じがたい「報告」に戦慄が走っていた。
ルルミス帝国の帝都、軍令部本会議室。
「――以上が、ポポロ村に駐留していた辺境部隊からの緊急報告です。封印されていたはずの『死蟷螂機』および数百万の死蟲機の群れが、突如として全滅いたしました」
情報将校の報告に、円卓を囲む歴戦の将軍たちは言葉を失っていた。
「全滅だと……? 我が国の正規軍一個師団を投入しても、甚大な被害が出ると予測されていたあの古代の悪夢が、たった一日でか?」
「はっ。報告によれば、撃滅したのは軍ではなく……ポポロ村に突如として現れた、『スーパー・オリハラ』と名乗る謎の組織の、たった一人の男だそうです」
将校が震える手で資料を読み上げる。
「その男、名を『テンチョー(店長)』。彼は恐るべき不可視の高速歩法で死蟷螂機の斬撃をすべて無効化し、『ハン・ガク』という未知の呪言で敵の装甲を紙切れ同然に劣化させたとのこと。そして極めつけは――」
会議室の空気が、氷のように冷え切った。
「対象の存在価値を世界から完全に消去する、絶対死の呪縛……『ハイ・キ・ショ・ブン(廃棄処分)』。この呪いを受けた死蟷螂機は、抵抗すらできずに光の塵となって消滅したそうです。さらに、あの死蟲機の群れを、油の海に沈めて兵士たちに『食わせた』と……」
「な、なんという悪魔の所業……! 敵を食らうだと!?」
将軍の一人が、恐怖に顔を歪めて立ち上がった。
「間違いなく、大魔王クラスの化け物だ。すぐに極秘の諜報部隊を『スーパー』に派遣しろ! 接触し、可能なら我が軍に取り込め。逆らうようなら……帝国の総力を挙げてでも消さねばならん!」
一方、時を同じくして。
アバロン魔皇国、魔王城の謁見の間。
「……というわけで、私のDIYキャンプの拠点のすぐ近くに、とんでもない男が現れましたのよ」
DIYキャンパーの姿――オーバーオールを着た絶世の美女スアイが、優雅に紅茶を傾けながら玉座の魔王へと報告していた。
彼女の正体は、魔皇国が誇る最高幹部『氷魔将軍』その人である。
「ただの人間かと思えば、あの死蟲機を一人で解体してのける規格外。しかも、彼の作る『トンジル』という料理は……ふふっ、魔皇国のフルコースすら霞むほどの絶品でしたわ」
「ほう……スアイがそこまで言うとはな」
影に包まれた玉座から、低く響くような声が漏れた。
「ルルミス帝国の動きも活発になっている。その『スーパー』なる拠点が敵に回れば厄介だ。誰か、その男の元へ偵察に向かえる者はいるか?」
「ふふ、それならば私が適任かと」
闇の中から、タキシードを着こなした細身の魔族が進み出た。
「私、幻惑と交渉のスペシャリストにして、魔皇国四天王が一人……。かの『スーパー』の懐に入り込み、そのテンチョーの真の力を値踏みしてご覧に入れましょう」
世界の勢力図が、辺境の一介のスーパーマーケットを中心に、音を立てて狂い始めていた。
*
そして翌朝。
平和な朝の陽光が差し込む『スーパー折原』の店内で、俺は真新しいエプロンの紐をキツく結び直していた。
「よし、店内清掃完了! レジ金確認よし! 商品(主にエビフライの残り)の陳列よし!」
「店長、今日も気合入ってるな!」
「はいっ! お客様をお迎えする準備はバッチリです!」
イグニスとルルナも、やる気に満ちた顔で整列している。俺たちの店が、いよいよ本格的に始動するのだ。
「スーパー折原、本日も元気にオープンだ!」
俺が入り口の看板を『営業中』に裏返した、その直後だった。
カランコロン、と、店の扉に取り付けた手作りのベルが軽やかに鳴り響いた。
「いらっしゃいませ!」
俺が完璧な営業スマイルで振り返ると、そこには、全身を黒いローブですっぽりと覆い隠し、不気味なほどの魔力を放つ『謎の人物』が、静かに店内に足を踏み入れてくるところだった。
お読みいただきありがとうございます!
評価・ブックマークで応援いただけると励みになります。




