EP 14
「廃棄処分(0円)と、神造兵器・瞬殺ジェット」
「ギギギギギギギギギギッッッ!!」
死蟷螂機の白銀のカマが、俺の鼻先数ミリを掠めて空を切る。
躱す。潜り込む。そして、すれ違いざまに装甲へ『3割引』シールを叩き込む。
『チャリーン♪ 売上ポイント:計975p加算!』
脳内に響くレジ音。あと一息だ。
俺が『目玉商品』のシールで完全にボスのヘイトを一身に集め、インファイト・ステップで文字通り死の舞踏を繰り広げているその姿を、後方で見ていたイグニスが目をひん剥いて叫んだ。
「おいおい、嘘だろ!? あいつのステップ、昨日俺様が教えた時より更にキレが増してねぇか!? ボスの攻撃軌道から『失敗の本質』をリアルタイムで分析して、瞬時に修正してやがる……!」
竜人の驚愕も無理はない。俺自身、極限の集中力の中で、自分の身体が驚くほど滑らかに動くのを感じていた。
特売日の夕方の惣菜コーナー。半額のコロッケを奪い合う群衆の波を、商品を補充しながら一切ぶつからずにすり抜けていく、あの無我の境地。
「ギギィィィッ!!」
苛立ちを極限まで高めた死蟷螂機が、四枚の羽を広げ、全身の魔法陣を赤黒く発光させた。
カマの超振動が周囲の空間そのものを削り取り、大気中の魔力がボスの胸部に恐ろしい密度で圧縮されていく。間違いなく、広範囲をまとめて消し飛ばす即死級のチャージ攻撃だ。
「ハルヤ様、引きました!!」
その時、レジ裏の店舗スペースからルルナの歓喜の叫びが響いた。
「2500p全消費! 『対象を浄化する絶対的な神の概念』を、ハルヤ様の言っていた『あの筒』に付与しました!!」
ルルナが両手で抱えるようにして走ってきたのは、あの赤いキャップの『強力殺虫スプレー』だった。
だが、今のそれはただの百均のアイテムではない。スプレー缶の表面が神々しい黄金のオーラを纏い、極太フォントの『ハエ・蚊・這う虫に!』という文字が、ルーン文字のようにチカチカと明滅している。
「よし、ナイスだルルナ! それをこっちに投げろ!」
俺はルルナが放り投げた黄金の殺虫スプレーを空中でキャッチし、同時に死蟷螂機の懐へと最後の一歩を踏み込んだ。
ボスの胸部から、すべてを灰燼に帰す極大の破壊光線が放たれようとした、まさにそのコンマ一秒前。
『チャリーン♪ 売上ポイント:1015p到達!』
(来た……! 店長決裁、最大出力プリントアウト!!)
俺の右手に、これまでの黄色や青のシールとは全く異なる、漆黒の台紙に禍々しい赤い文字で印字された一枚の極悪なシールが出現した。
俺はそれを、破壊光線を放とうとしている死蟷螂機の胸部コアへ、思い切り叩きつけた。
『 廃棄処分(0円)』
その瞬間、世界が静止したかのような錯覚に陥った。
「ギ……? ギ、ギギッ……!?」
死蟷螂機が放とうとしていた極大の破壊光線が、まるでコンセントを抜かれた電化製品のように「プツン」と音を立てて消滅した。
それだけではない。絶対的な強度を誇っていた白銀の装甲が、ただのブリキのオモチャのように一瞬で錆びつき、明滅していた赤黒い魔法陣はカビが生えたようにボロボロと剥がれ落ちていく。
『廃棄処分』――それはスーパーにおいて、賞味期限が完全に切れ、商品としての価値を永遠に喪失した不良在庫に貼られる最後の烙印。
そのシールを貼られたボスの「将軍格の魔物」としての存在価値は、システムによって強制的に『0円』へと改ざんされたのだ。
「お客様。賞味期限切れの不良在庫は、当店では直ちに『廃棄処分』とさせていただきます」
俺は冷徹に言い放ち、左手に持った黄金の殺虫スプレーを構えた。
スプレー缶の側面に、残った15pから10pを消費して『プレミア(特上)』シールを追加で貼り付ける。
ルルナの『神の浄化概念』× 晴也の『プレミア(特上)』。
二重のバフによって、虫を殺すという一点において宇宙最強の概念兵器と化したスプレーのノズルに、俺は指をかけた。
「これが当店からの、最後のおもてなし(瞬殺ジェット)だ!!」
プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウッッッ!!!!!
ノズルから噴射されたのは、もはや白い霧などではなかった。
それは、柑橘系とフローラルの爽やかな香りを伴った、虹色に輝く極太の浄化レーザーだった。
「ギ、ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
『0円』にまで価値を落とされ、一切の防御力を持たないただの「デカいゴミ(虫)」と化した死蟷螂機に、そのプレミア瞬殺ジェットが直撃する。
強烈な殺虫成分(神聖力)がボスの体内を駆け巡り、古代の金属蟲は断末魔の絶叫を上げながら、その巨体を内側から光の粒子へと分解させ、完全に消滅した。
ズズンッ……!
ボスの消滅と同時に、空を覆っていた数百万の死蟲機の群れが一斉に動きを止めた。
指揮系統を失った金属蟲たちは、まるで電池が切れたオモチャのように次々と墜落し、あるいは森の奥へと蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
「……お、終わった……?」
防壁の上で、ルルミス軍の部隊長が腰を抜かしたまま呟いた。
「勝った……勝ったぞォォォ! 店長が、あのバケモノをゴミクズにして吹き飛ばしやがったァァァ!!」
兵士たちが涙を流して抱き合い、イグニスが「ガッハッハ! これが俺様の仕える店長だ!」と空に向けて誇らしげに咆哮する。
「ハルヤ様ぁぁぁっ!」
ルルナが泣きながら駆け寄ってきて、俺の胸に勢いよく飛び込んできた。
「やりました! 私たちの、スーパー折原の勝利です! 泥まみれでドブ掃除をした甲斐がありました!」
「ああ、お前のガチャのおかげだ、ルルナ。よくやったな」
俺はボロボロになった制服のまま、泣きじゃくる聖女の頭を優しく撫でた。
風が吹き抜け、戦場に静寂が戻る。
しかし、感動的なフィナーレの空気の中で、俺たちの鼻腔を強烈に刺激するものがあった。
イグニスの炎で焼かれた数多の死蟲機たちから漂ってくる、あの『極上のエビフライ』の芳醇すぎる香りである。
「……なあ店長」
部隊長がヨダレを拭いながら、真剣な顔で俺を見た。
「この鉄の虫……もしかして、食えるのか?」
「ああ。装甲さえ引っぺがせば、中身は極上の海老だ。今日は『オープン記念・特上エビフライ食べ放題』といこうか」
「うおおおおおっ! 一生ついていきます店長ォォォ!!」
こうして、ポポロ村を襲った未曾有の危機は、一つの小さなスーパーマーケットの従業員たちによって、極上の宴(無料試食会)へと姿を変えたのだった。
――しかし、俺たちはまだ知らなかった。
この時、ルルミス軍の兵士たちが「謎の店長による将軍格の単独撃破」を本国へ報告してしまったことで。
アバロン魔皇国とルルミス帝国の両陣営の上層部が、『スーパー折原』という存在を「世界を揺るがす未知の軍事拠点」として、極秘裏にマークし始めてしまったことを。
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