EP 13
「『目玉商品』のヘイト管理と、店長の土下座回避」
超振動する白銀の刃が、俺の脳天を正確にカチ割るために振り下ろされた。
死蟷螂機の隠し副腕に右腕を掴まれ、身動きの取れない絶対絶命の瞬間。
死の軌道が網膜に焼き付いたその時、鼓膜をツンと突くような、あまりにも場違いな怒号が響いた。
「おいコラァァァッ! 俺たちの憩いの場で、店長に手ぇ出してんじゃねぇぞ、このクソ虫がァァァッッ!!」
ズドォォォォンッッ!!!
凄まじい爆音と共に、死蟷螂機の顔面にドス黒い炎の魔弾――ルルミス帝国軍の魔導誘導バズーカが直撃した。
いくら将軍格の章ボスとはいえ、至近距離からの大火力の一撃を目ん玉に食らえば、その巨体が僅かにブレる。俺の手首を掴んでいた副腕の力が一瞬だけ緩んだ。
「シッ……!」
俺はその隙を見逃さず、掴まれた右腕を強引に引き抜き、地面を転がってボスとの間合いを外した。
息を切らしながら振り返ると、防壁の上で、あのならず者兵士の部隊長が、煙を吹くバズーカを担いだままガタガタと全身を震わせて立っていた。その顔は恐怖で涙目になり、制服の股のあたりは情けないほどに濡れている。
「て、店長……っ! 勘違いするなよ! 俺は、俺はなぁ……! あのタイヤみてぇなゲロオムレツ生活に戻るくらいなら、お前の店の美味い豚汁をもう一度食うまでは死ねねぇって思っただけだァァァッ!」
「……ナイスなご意見(援護)だ、部隊長! 当店の大切なお客様として、今のクレーム対応は百点満点だ!」
俺がメガホン越しに親指を立てると、部隊長は「うおぉぉっ!」と泣きながら残りの部下たちと魔導ライフルを連射し始めた。しかし、死蟷螂機はバズーカの直撃を食らってもなお、その白銀の顔面に煤一つつけていない。むしろ、羽虫に小突かれたかのように、その冷酷な複眼をギラリと不快に輝かせた。
「キィィィィィッ!!」
死蟷螂機が四枚の鉄の羽を激しく羽ばたかせ、凄まじい突風を引き起こす。その風圧だけで、部隊長たちの放った石弾がすべて虚しく吹き飛ばされた。
ボスの殺気が、今度は防壁の上の兵士たちへと向けられる。あんなカマで一振りされれば、ルルミス軍の兵士など一瞬で全滅だ。
「ハ、ハルヤ様……っ! 早くガチャを、何か武器を引かなければならないのに、画面が……画面がブレて、ボタンが押せません……っ!」
後方でルルナが杖を握りしめたまま、パニックを起こして泣き叫んでいた。ボスの放つ圧倒的な『死のプレッシャー』のせいで、システムを執行するための精神的な余裕が完全に奪われてしまっている。
(……クソ。ルルナにガチャを引かせるための『時間』が必要だ。それに、あいつの攻撃を何発か『値引き処理』して、あの最強のシールを発行するためのポイントを稼がなきゃならねぇ……!)
脳内のシステム画面を高速でスクロールする。
現在の売上ポイントは、さっきの斥候部隊を処理した分を含めて『75p』。
俺の指先が、画面の中にある未だ使ったことのない『緑色のシール』の上で止まった。
『目玉商品シール(ヘイト固定):消費30p』
(よし、店長決裁だ……プリントアウト!!)
チャリーン♪という軽快なレジ音と共に、俺の右手に鮮やかな緑色のシールが出現した。
俺はそのシールを、躊躇うことなく自分のスーパーの制服の胸元――店長名札のすぐ横へと『ペタリ』と貼り付けた。
『特売 目玉商品(大注目)』
その瞬間、俺の身体から、目に見えない強烈な『概念の波動』が戦場全体に向けて放たれた。
それは、スーパーの折り込みチラシで『本日に限り、高級卵1パック・衝撃の10円ッ!!』とデカデカと書かれた文字を見た時の、あの現代日本の主婦たちを狂わせ、すべての理性を吹き飛ばして一点へと猛ダッシュさせる『絶対的な注目度』の概念そのものだった。
「キィッ……!? ギギギ、ギギギギギッッッ!!」
ルルミス軍を襲おうとしていた死蟷螂機の複眼が、突如として激しく充血し、磁石に吸い寄せられるかのように、その巨体が完全に俺だけをロックオンした。
ボスの中に宿る古代の防衛プログラムが、激しく警報を鳴らしているのだろう。目の前にいるあの貧弱な人間(晴也)を、今すぐ世界の何よりも最優先で、跡形もなく八つ裂きにしなければならないという、強烈な本能のバグが、ボスの巨体を震わせる。
「ガッハッハ! おいハルヤ、お前何しやがった!? あのバケモノ、完全に頭に血が上って、お前しか見えてねぇぞ!」
地面にへたり込んでいたイグニスが、呆気にとられながら叫んだ。
「イグニス、ルルナのガードを頼む! ルルナ、お前は今のうちに心を落ち着けて、レジ裏にある『あのスプレー』に最高のカテゴリー確定ガチャを叩き込め! 時間は――俺が稼ぐ!!」
「ギギィィィーーーーーッッッ!!!」
死蟷螂機が、防壁の床をその鋭い脚で爆砕しながら、目にも留まらぬ超高速で俺の目の前へと突進してきた。
一瞬で間合いが詰まる。銀色に輝く巨大な二本のカマが、俺を十文字に切り裂くために、音速の壁をぶち破って襲いかかってきた。
(……来るぞ。特売日の、開店のホイッスルと同時に押し寄せる――数千人の主婦たちの怒涛の突撃(大クレーム)が……!)
俺の視界が、極限の集中状態によって再びスローモーションへと変化した。
ボスのカマが放つ超振動の刃。右の刃は頸動脈を、左の刃は脇腹を狙っている。フェイントなしの、絶対的な速度によるゴリ押し。
(なら、腰を落として、右肩を僅かに引く――『神回避・土下座ステップ』だァァァッ!!)
シュッ、シュッ!!!
俺の身体は、人間の限界を超えた変則的なステップを刻んだ。
ミリ単位の差で、俺の首元と制服の裾を、白銀のカマの刃が通過していく。超振動の風圧で制服の袖が文字通り粉々に破れ散り、皮膚から血が噴き出すが、致命傷はすべて紙一重で回避していた。
「ギギッ!? ギギギギギッッッ!!」
自分の絶対的な速度の斬撃を二発同時に躱された死蟷螂機が、信じられないというように複眼を歪ませる。
だが、俺のターンはここからだ。
すれ違いざま、俺は躱したボスのカマの側面に、基本業務の『半額シール』をペタリと貼り付けた。
『 半額』
『チャリーン♪ 売上ポイント:100p加算!』
「まずは一発目の斬撃の『威力』を半分に値引き処理だ!」
「ギギィッ!?」
シールの効果で、ボスの右のカマの超振動がシュルシュルと弱まり、ただの鉄の板へと劣化する。
さらにボスは怒り狂い、三本目、四本目の隠し副腕を突き出して俺の胴体を貫こうとしてきた。
「遅い! その追加注文(副腕)は、営業時間外(お断り)だ!」
俺は地面をスライディングするように滑り込み、死の突きを躱しながら、その副腕の関節に『3割引シール』を連続で貼り付けた。
『 3割引』
『 3割引』
『チャリーン♪ 売上ポイント:計150p加算!』
ボスの攻撃を躱し、シールを貼ってその価値を『値引き』するたびに、俺の脳内にはこれまでにない莫大な売上ポイントが、ジャラジャラと小気味よい音を立てて蓄積されていく。
現在の売上ポイント、525p……675p……825p……!
「すごい……ハルヤ様が、あの国を滅ぼす魔物の猛攻を、ただのステップだけで全部あしらっている……!」
俺がヘイトを完全に固定して踊っている間に、ルルナはようやく呼吸を整え、空中に半透明のシステム画面をしっかりと展開させていた。彼女の青い瞳に、覚悟の光が宿る。
「ハルヤ様、お待たせしました……! これより、神の国の最強の退魔概念を執行します!」
ルルナの指先が、2500pの善行ポイントを消費する確定ガチャのボタンへと、力強く振り下ろされようとしていた。
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