EP 11
「局地戦防衛。ランチェスター戦略を語る竜人」
地平線を埋め尽くす漆黒の絨毯が、うねりを上げて押し寄せていた。
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジッッッ!!!!!!!
数百万、数千万匹に及ぶ死蟲機の金属羽が奏でる、世界を呪うかのような大音響。
「おいおいおい、嘘だろ……!? なんでこんな辺境のポポロ村に、古代の絶滅種が押し寄せてきてやがるんだ!」
村の東門の防壁の上で、先日うちの店で豚汁を貪り食ったルルミス帝国軍の部隊長が、魔導バズーカを握りしめたままガタガタと歯の根を鳴らしていた。彼の後ろにいる部下たちも、顔面を土色にして腰を抜かしかけている。
「おい、ルルミス軍! 制服が泣いてるぞ! お客様を避難誘導しろ!」
俺が防壁の下からメガホンで指示を飛ばすと、部隊長は涙目でこちらを振り返った。
「クソ店長! 避難もクソもあるか! あんな数の暴力を前に、この小さな村の防壁なんて一瞬で消し炭にされちまうぞ!」
確かに、普通に正面からぶつかれば、数分と持たずに村は蹂躙されるだろう。
だが、俺の隣に立つ専属用心棒は、腕を組んだままフッと鼻で笑った。その赤い瞳には、死の恐怖ではなく、愛読書によって培われた奇妙な知性の光が宿っている。
「ガッハッハ! これだから正規軍の脳筋は困るぜ。部隊長、お前『ランチェスター戦略』って言葉を知らねぇのか?」
「ランチェ……なんだって!?」
「いいか。数において圧倒的に劣る弱者が、強者の大軍に勝つための法則がそこには記されている。すなわち――『局地戦』と『一騎討ち(第一法則)』だ!」
イグニスは巨大な両手斧を肩に担ぎ、村の東門の構造を指差した。
ポポロ村の東門は、険しい岩肌に挟まれた、幅わずか五メートルほどの非常に狭い通路になっている。どれほど敵が数百万の大軍であろうとも、この狭いチョークポイントに誘い込めば、一度に戦線に投入できる敵の数は数匹に限定される。大軍の優位性を、地形によって完全に無効化できるのだ。
「なるほど。タイムセールの混雑時に、お客様を一列に並べるための『誘導ロープ』と同じ原理だな。一気にレジへ押し寄せられたらパンクするが、一列にすれば一人ずつ確実に処理できる」
「話が早くて助かるぜ店長! 『弱者の戦略』の基本は、戦局を広げず、狭い一地点に戦力を一点集中することだ。部隊長、お前らのバズーカとライフルは、あの東門の入り口だけに照準を固定しろ!」
「お、おう……! 野郎ども、クソ竜人の言う通りにしろ! 門の入り口を狙え!」
イグニスの的確な(しかしビジネス書の受け売りな)指示によって、絶望に包まれていた防衛線に、一筋の秩序が生まれつつあった。
「ハルヤ様、店長! 私も準備完了です!」
ルルナが、さっきまでガチャのハズレ品を片付けていたとは思えないほど、凛とした表情で杖を構えた。彼女の頭上には、眩いばかりの『善行ポイント:2500p』という数値が浮かび上がっている。
「さっき村の人たちを避難させて、死蟲機の斥候を退治したことで、人助けボーナスが大量に入りました! これでいつでもガチャが回せます!」
「よし、ルルナは後方からの回復と、イグニスの援護に回れ。ガチャはここぞという瞬間まで温存だ。レジ裏の『殺虫スプレー』はまだ使うなよ」
「はい、店長!」
ジジジジジッ!
遂に、死蟲機の本隊の先頭集団が、東門の狭い通路へと雪崩れ込んできた。
全身を硬質な黒い装甲で包んだ『死蟻機』の群れが、大顎をガチガチと鳴らしながら、五匹一列になって狭い門へと突入してくる。
「よし、引きつけた……! 『ランチェスター第一法則・局地戦の火力を叩き込め』! おらぁぁぁッ、喰らいやがれッ!!」
イグニスが防壁の最前線へ飛び出し、大きく息を吸い込んだ。
彼の胸が大きく膨らみ、竜人族の最強の武器である『大火炎(灼熱ブレス)』が放たれようとする。
だが、相手は古代の金属蟲。ただの炎では、前話のように装甲に弾かれる可能性がある。
「イグニス、特売の火力を上乗せしてやる! 思い切り吐き出せ!」
俺は脳内のシステムを開き、売上ポイントから10pを消費して『プレミア(特上)』シールを掌にプリントアウトした。
そして、インファイト・ステップでイグニスの真横へと滑り込み、彼の喉元――闘気が爆発寸前になっている鱗の上へ、容赦なくその金色のシールをペタリと貼り付けた。
『 プレミア(特上)』
「――ガハッ!? な、なんだこれ、喉がッ、熱すぎるドスゥゥゥ!!」
イグニスの大火炎の『価値』が、プレミアムな『超高密度・数千度の極大熱線』へと強制高騰した。
イグニスが口を開いた瞬間、放たれたのは並のブレスではなかった。
それは、狭い東門の通路を完全に覆い尽くすほどの、白銀に近い輝きを放つ極大の火炎放射の濁流だった。
ズガァァァァァァァァァァァァンッッッ!!!!!
狭い通路に密集していた死蟻機たちは、避けるスペースすらなく、その極大の業火に正面から直撃した。
どれほど頑強な古代の金属装甲だろうとも、狭い空間で熱が乱反射する数千度の超高温には耐えられない。ガガガガガ、と電子回路が焼き切れるような不快な音を立てながら、先頭の数十匹が一瞬でドロドロの鉄屑へと溶かされていく。
「す、げぇ……! 門の入り口が、完全にエビ焼き会場になってやがる……!」
ルルミス軍の部隊長が、唖然としながらその光景を見つめていた。
東門の狭い通路からは、装甲が焼ける臭いと共に、前話でも嗅いだあの『極上のエビフライ』の芳醇で香ばしい匂いが、戦場全体に猛烈に漂い始めていた。
「ガッハッハ! 見たか、これが『ランチェスター戦略』の威力だ!」
イグニスは喉を抑えてゲホゲホと咳き込みながらも、勝ち誇ったように笑った。
通路が狭いおかげで、敵の後続は倒れた仲間の溶解した残骸に足を取られ、次々とドミノ倒しのように動きを止めていく。そこへ、ルルミス軍の魔導バズーカとライフルの集中砲火が容赦なく叩き込まれ、チョークポイントは見事なまでに『死の処理場』と化していた。
勝てる。このまま東門に敵を縛り付け、一人ずつ確実に『値引き処理(撃破)』していけば、数百万の大軍が相手だろうと防ぎ切れる――。
そう確信した、まさにその瞬間だった。
『キィィィィィィィィィィィンッッッッ!!!!』
地上の羽音をすべて掻き消すような、頭痛を誘発するほどに鋭い高周波の金属音が、遥か上空から降り注いだ。
「――っ!? 店長、上だッ! 空から何か来るぞ!」
イグニスが叫び、大斧を構え直す。
俺たちが反射的に天を見上げたその時、雲を割って、地上にいる死蟻機とは明らかに次元の違う、禍々しいオーラを放つ影が高速で急降下してきた。
体長は五メートルを超え、背中には四枚の半透明な鉄の羽。そして両腕には、触れたものすべてを分子レベルで切り裂くであろう、不気味な光を放つ巨大な『金属のカマ』を備えた蟲――。
「……死蟷螂機……! 死蟲軍の、本物の『将軍格』です……!」
ルルナの絶望に満ちた声が響く中、その巨大なカマキリは、凄まじい速度で防壁の上の俺たち目掛けて、死の斬撃を振り下ろしてきたのだった。
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