僕の人生
「お、吹雪お疲れー。ふー飯だ飯だ~。腹減ったー。ん?吹雪それ何読んでんの?」
「お疲れ様です。いや、大したもんじゃないですよ」
「・・・ふーん?」
休憩室(うちの会社ではリフレッシュルームと呼ばれているが)に相田さんが
入ってくるなり読んでいた本の事を聞かれた。
相田さんは面倒見の良い先輩なんだけど、ちょっとうざ絡みをする悪い癖が
あるのでちょっと言葉を濁しておいた。
彼女はそう言われてちょっと眉を上げて不審そうな顔をしていたが、
空腹に負けたのかそのまま財布を持ってコンビニに行ってしまった。
このところ僕は時間を惜しんで農業関係の本を読み漁っていた。
今読んでいるのは『自然農の米づくり』という書籍だ。
勿論きっかけは爺ちゃんの”あの言葉”から興味を持ったわけだけど、
稲作の歴史や現代の米づくりまで、勉強してみると結構興味深い。
そう思ってしまうのは、やっぱり爺ちゃんの血を引いているからだろうか?
「へぇ。なになに吹雪って米づくりに興味あるの?意外ね」
「はぇ?」
いつの間に戻ってきていたのか、相田さんが僕の後ろに立っていて
僕の呼んでいる本の中身を見られてしまったようだ。
あんまり驚いたせいで思わず変な声が出てしまった。
慌てて本を閉じてムッとした表情で彼女の顔をちょっと睨んでみたが
彼女はそんな事まるで気にする様子も無く笑って話しかけてくる。
「なになに?今流行りのファイアって奴?でも農家って結構大変じゃない?」
「違いますよ。爺ちゃん家が米農家だからちょっと興味本位で読んでるだけです」
「ん?もしかしてこの間忌引きで休んでいたお爺ちゃん?」
この人妙なところで勘がいいんだよな。
おにぎりをリスみたいにほっぺいっぱいに頬張りながら
僕の本を「ちょっと見せて!」と言って強引に奪ってしまった。
「ちょっと相田さん!返してくださいよ!」
「待って待って!このアヒルめっちゃ可愛くない?」
「アヒルじゃなくて合鴨です!合鴨農法。もう僕休憩終わるんで返してください」
「えー!ケチンボ!」
もう職場で農業の本を読むのは止めておいた方がいいかも知れない。
そう思いながらロッカーに本をそっと閉まって仕事に戻った。
この仕事は嫌いじゃない。
満員電車はちょっとしんどいけど、エアコンの効いた部屋で1日中
PCの前で地道に作業するのは自分の性格に合っていると思う。
爺ちゃんが亡くなる前までの僕だったら、なんの疑問も持たずにたぶん
家と会社の往復をする毎日を過ごしていただろう。
正直に言おう。
農家の仕事や生活にちょっと心惹かれてしまっている自分がいる。
今の仕事が嫌いじゃないとは言ったが好きかと問われれば微妙なところだ。
誰かから喜ばれたりする事も滅多にないし成果を求められる事も無い。
毎日のルーティンワークは慣れているから気持ちは楽だしストレスも少ない。
やりがいも少なからずある。
でももし仮に僕が明日辞めても問題なく仕事は回るだろう。
代わりはいくらでもいる。そんな仕事だ。
僕の人生は本当にそれでいいのだろうか?
そんな仕事で僕のこれからの人生を浪費して後悔はないだろうか?
たまにベッドの中でそんな事を考えてよくわからない将来への不安で胸が
ドキドキする日もある。
両親は安定している企業に就職してくれたと喜んでいるが。。。
──あの時爺ちゃんから言われたあの言葉を聞いた時、ハっとした。
少し戸惑ったけど素直に嬉しかった・・・。そう、嬉しかったんだ。
僕の力が必要だって言われたみたいで・・・。
「ねえお父さん、来週の月曜日お義父さんの四十九日でしょ?
やっぱり行けないの?」
「うーん、そうなんだよな。もちろん本当は行きたいんだけど出張がな。
今回は重要なプロジェクトだから俺はどうしても行けそうにないんだ。
悪いけど母さん代わりに出てくれるか?」
「でも他のご兄弟達はみんな出るんでしょ?私だけ行ったらまた嫌味を
言われそうで嫌なのよね・・・」
「それなら・・・吹雪、悪いけど母さんと一緒に出てやってくれないか?」
「あーーー・・・・うん。いいよ」
家に帰ってくると両親とそんな会話になった。
爺ちゃんの四十九日か。あっという間だ。でも父さんは出席できないらしい。
自分の父親の49日より仕事を選ぶって冷たく感じるかも知れないが
親父は企業のコンサルとして重要なポジションを任されているから
仕方がないのかも知れないな。
僕としては月曜日はちょうど有休とってたから行くのは別段問題ない。
それに爺ちゃんの家に行くのは、僕にとっても都合が良い。
ちょっと試してみたい事があったんだ。
だったら今からもう少し勉強しておこう。
稲作は調べれば調べるほど本当に奥が深い。
特に爺ちゃんは有機農法に拘っていた。それだけでもハードルが高い。
どれだけ爺ちゃんが丹精込めて作っていたかが垣間見えてくる。
その年の雨の量や気温はもちろん無農薬となれば害虫対策も難しい。
僕がもし同じことをやろうとして、爺ちゃんのように皆から認められる
求められる米農家になれるだろうか?
わからない。わからないけど爺ちゃんの家に行ったら何かわかるかも知れない。
そんな事を考えながら僕はまた農業の本を読みながら眠りについた。




