小さな手ごたえと秘めた決心
「遠い所までよく来たね朱音さん、もう皆集まってるよ。さあ上がって」
「すみませんお義母さん。お邪魔します」
僕たちが爺ちゃん家に着くとすでに親戚の叔父さんや叔母さん達が
居間に集まっていた。葬式の時のように全員という訳では無く
親父の兄弟達と時間の都合がついた従弟たちだけみたいだ。
爺ちゃん家は田舎だから土地が安いというのもあってか結構広い家に住んでいる。
それでも親戚が集まると団塊の世代という奴か兄弟の数が多くて
ちょっと手狭に感じてしまう。
親戚の子供達も何人か来ているみたいで縁側で元気に走り回っていて騒がしい。
母さん達は軽い挨拶と雑談をみんなで交わしているが、親戚付き合いが
苦手な僕は相変らず目立たないように隅っこの方で無難に会釈だけだけど。
それから程なくしてお坊さんが到着した。
叔父さん達が居間の大きなテーブルをみんなでどかし、母さんと
叔母さん達が手早く座布団を布いていく。
「本日は故人の為にお集まりいただきありがとうございます。
えー四十九日と申しますのは、故人が無事極楽浄土へと・・・・」
準備が整った所でお坊さんはみんなの前で軽い挨拶と四十九日の説明を
してくれたあとお経を滔滔と唱え始めた。
この時ばかりは騒いでいた子供達も大人しくしていてお利口さんだ。
僕も慣れない正座をしながら回って来たお焼香を皆の見よう見まねで
済ませ30分程で法事は滞りなく終わった。
次の法要は三回忌になるそうだ。
法事が終わった後はお婆ちゃんが出前で頼んでおいたお寿司が届いたので
みんなで思い出話を話しながら、寿司をつまんだ。
久々に食べたなお寿司。こういう時でしか食べれないから地味に嬉かった。
僕はお寿司を食べ終えると、今日のもう一つの目的を果たすために
婆ちゃんの所に向かった。
婆ちゃんはみんなが食べ終わった後の食器なんかを忙しそうに
片付けている。良い歳のはずなのにテキパキしていて背筋もピンとしている。
昔から畑仕事の無い日は日本舞踊にカラオケにと元気な人だ。
爺ちゃんが亡くなった後も全然変わらずにニコニコしている。
僕らがいない時でもそんな感じなんだろうか?
それともいない時にやっぱり落ち込んでいたりするんだろうか?
「婆ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど・・・」
「ん?どうしたんだい?吹雪」
──爺ちゃん家から少し離れた場所にある大きな倉庫の前に来た。
婆ちゃんから借りた鍵を使って重いシャッターをガラガラと開ける。
真っ暗だった倉庫に光が差すと埃が舞って見える。
その奥に僕の目的の物があった。
ピカピカに磨き上げている真っ赤なボディのそれは三台あった。
そう今日の僕の目的はこの農機を運転してみる事にあった。
農機は大きなものでトラクターに田植え機、コンバインなど三台ほどあったが
今日の目的はトラクターの運転だ。
「どうだい?燃料は入ってると思うけど・・・」
「うん、大丈夫そう。じゃあちょっと動かしてみる。鍵貰うね」
「でも吹雪、あなた運転した事ないんでしょ?車と違って難しいのよ?
私はお爺ちゃんに任せきりだったから教えて上げられないし・・・
大丈夫なの?」
「うん、運転の仕方は動画を何回も見て憶えて来たよ。だから何とかなると思う」
よし、まずはギアは・・・うんニュートラルに入ってるな。
PTOレバーもニュートラルに入れてっと・・・エンジン始動。
”キュキュッブルルンっ!ボボボボボボボボッ”
よし問題なくエンジンは掛けられた。
婆ちゃんの顔を見ると”うんうん”と頷いてくれていたので、
パーキングブレーキを解除してアクセルを踏み込み、まずは畑の方まで
トラクターでゆっくり移動する。
もちろん婆ちゃんもトラクターの後ろから付いて来て見守ってくれている。
畑に着いた所でトラクターの後ろに付いている作業機の昇降用レバーを
入れると作業機についている刃が回転を始める。
上がっていた作業機を下げると土に設置すると刃が土に潜り込んでいく。
ギアを低速にして前に進むとトラクターは固くなった土を耕し始めた。
うんうん、初めてにしては問題なく運転出来ているな。
「へー大したもんねぇ!吹雪、あんたすぐ農家になれるよ」
「大げさだよ婆ちゃん」
僕の運転を見ていた婆ちゃんが冗談を言ってきたので苦笑する。
でも農機の運転は独学でも慣れれば何とかいけそうだな。
それが確認できただけでも今日来た甲斐がある。
そう独り言ちていると爺ちゃん家の玄関から母さんが出てきて、僕達を
確認するなり驚いた顔をして駆け寄って来た。
「吹雪?あんた何してるの?お婆ちゃんに迷惑でしょう?」
「ああ朱音さん。私がいいって言ったのよ。大丈夫、吹雪は運転上手よ」
「うーん・・・でもぶつけでもしたら・・・。もういいでしょ?吹雪」
「ああ、もう戻るとこだよ。ちょっと待ってて」
母さんに見つかっちゃったか。
止められると思ったからこっそり婆ちゃんにお願いしてたんだけど、
何か言われる前にとっとと戻るとしよう。
変に勘繰られても面倒くさいし。
まあこの後帰りの車の中で色々ブツクサ言われたけどね。
そうして爺ちゃんの四十九日は無事に終わった。
後にこの些細な出来事が僕の中で人生の分岐点になっていたのかもと思うのだが
それはまだ先の話。




