まさかこんなことになるなんて誰が想像できますか?(考えよう、探してみよう、作ってみよう⑤)
「ティリエス様こちらがシロップの実の作業場になります、中へどうぞ。」
シロップの畑を横切り少し開けた場所に同じ作りで建てられている幾つもの小屋の中のある1棟へティリエス達は案内される。
中に入ると締め切った小屋の中には恐らく作業に使う様々な道具と沢山のガラス瓶がそこへ置いてあった。ティリエスは周りを見渡しながらある事に気が付く。
「この小屋には窓がないんですね。」
そう、作業場であれば換気用に窓が必要になる。だがここには窓1つもなく更に隙間から光が漏れないようにの配慮だろうか、壁の木の板は見れば2重構造にされている。
私はその厳重な小屋を不思議に思いその事をムペに言う。
ムペはティリエスの言葉に先ほど以上ににっこり笑って口を開いた。
「良くお気づきになりましたね。シロップを扱う時に日光は厳禁なんです、今年の分の加工は終わってしまったので、ここには未熟な実しかありませんが・・・そうですね、ちょっとどういうモノかお見せしますね。」
そう言って、彼は奥の方へ進みしゃがむ。その先には木の扉があり迷うことなく彼はその扉を開けて中身を取り出した。
取り出したのはメロンほどの大きさで色が半透明の正八面体の物を2つ。透けて見えるところから核の中にある液体がタプンタプンと揺れているのが見えた。
「これが収穫したシロップです。白い花のガクに包まれているこの核を取り出してその核の中にある水が国に卸しているシロップというわけです。」
ひとつは机に置き、もうひとつは私の手に持たせてもらうと思ったよりぷにぷにと柔らかく弾力がある、例えるなら水風船のような感触である。
不思議そうに見えている私を横目に棚から小ぶりのナイフと瓶を持ってくるとムペは私が持っていたシロップの核の角をスッと切り口を作る。
そして傾けて瓶の中へと注ぎ入れる、丁度瓶の8分目の所で甘露水が瓶の中に納まったのを見て慣れた手つきでムペはコルクで栓をした。
「こうやって手作業で甘露水と瓶に詰めるんです。実が上手く育てば大まかですが一連の作業は簡単なものですが、収穫からここまでの工程でシロップは1つだけ気を付けなければいけないことがあります。」
「それはなんです?」
「日光です。」
ズバリ、という風に彼は質問に答える。
その質問にティリエスは首を傾げて彼を見つめる。ともう1つのシロップの核を机から持ち出し外へ出るように促される。
丁度日陰になっている場所で止まりムペは振り返って3人を見る。
「見ていてください。」
ムペは日陰になっている場所から日の当たるところへシロップの核を出す。
!・・どんどん縮んでいる。
直ぐに変化が現れ、ティリエスは黙ったままみるみる小さくなっていく核に目を奪われる。
「今日は日差しが強いから早く変化しました。」
ある一定から縮まなくなり随分小ぶりになった核をティリエスに差し出したので、彼女はそれを受け取った。
「っ!先程の感触と全く違ってます。もしかして日光に弱いんですか?」
触った瞬間からわかる程先ほどのシロップの核は硬くなり、よく見れば中に入っていた甘露水もなくなっている。
リンゴほどになった核を彼に返しつつティリエスはムペをじっと見る。
「日光に弱い、とは少し違います。このシロップの核は魔法石の光、火、魔法で作り出した光には反応しないですが、太陽光だけこれは浴びてしまうと甘露水は減り核が硬化を起こすんです。なのでこれの瓶詰は必ず日が落ちた頃締め切った部屋で作業を行います。収穫もそうですね、ガクに覆われているときは日光を遮断するので問題ないですが、取り出す時も同じように事を進めます。」
説明を聞くと甘露水が蒸発したというより何だか光合成して核が硬くなったみたいだな・・・ん?
「ムペさん核が・・・。」
そう言っている間にチリチリと音を発し始めた核が次には大きく割れてあっという間に粉々になる。
突然の事に固まっている私達とは逆に彼は慣れた様子で手に溜まっている粉々になった核をその場へ落とし手に着いた粉を払っていた。
「熟しきれていない粗悪品な物だとこうして砕け散ります。作る工程で熟した核の硬化したものが保管しているのでそちらへ行きましょうか。」
そう言って、彼はまた歩き出し私達もついていく。
目的地は意外と近くに佇んでいる小屋だった。
「こちらにあります。」
「こんなに沢山?!!」
扉を開けて見せてくれたのは小屋の中天井擦れ擦れ一杯に積み上げられた小ぶりの核だった。
思っていた以上の量の多さにシェリーは思わず声を荒げる。
さっき見せてくれた粗悪品は白い色の核だったけど、ここにあるのはさっきの白い色の物と黒い色の物とある。この差ってなんだ?
あぁ、ちょっと隠れて鑑定したい!でもなぁ、アレ使うと瞳が金色に変わってしまうからネックなんだよなぁ。他の人にバレたら面倒だし・・・仕方ない。
「ムペさん、この硬化になった物は何か別のことで利用するのですか?」
「いいえ、実はここにあるのは処理に困った物なんですよ・・・。」
ん?どういうこと?
「この黒と白、見た通り色が違いますが大きさは一緒でそして硬い。でも、持ってみたら分かりますが・・・、ティリエス様ちょっとそれぞれ持ってもらっていいですか?」
「はい・・・ん、・・・・・ん?黒い方が若干重いですね。」
「はい、黒い方は自然にガクから破れ落ちた核、白いのが作業中に日光に当たって硬化したものです。そして少しこれらを棒などで叩いてみると―――。」
準備したトンカチを持ってきて其々に軽く当てると、核から綺麗な音が聞こえた。
「・・・初めて聞いた音です、鉄でもガラスでもない不思議な音・・・。綺麗ですねお嬢様。」
聞いてきたシェリーと声はなくともうっとりとした顔で聞き入っているバンの姿が見える。
ティリエスも同意して頷く。
綺麗な音・・・、これって前世でよくお店の玄関に何本もある銀の棒の装飾品を吊るして・・・ベルじゃなくて・・・そう!ウインドチャイムの音に似てるんだ!
聞いたことあるその音にティリエスは自分の中の小さな引っ掛かりが解り、すっきしした面持ちでそれを見つめる。
そんな彼女の心情など知る由もなくムペは話しを続けた。
「個々に音も若干違うので毎年、毎回聞くのはとても楽しいんですよ。」
「毎年違うんですか?」
「はい、ここにある分で2年分でしょうか?」
・・・・ん?
「ムペさん2年分というのはどういうことなんでしょうか?」
「はい、実はもう1つこの硬化の特性なんですけどね。」
ムペは何を思ったのか笑顔のままトンカチを振り上げ、そのまま振り下ろした。
ゴキッっという音と先ほどより大きく核の出す綺麗な音が耳にするりと入っていく。
だが、音を愉しむどころか彼の持っていたトンカチの存在に3人は凝視した。
・・・トンカチの手持ち部分が、無残に折れ曲がってしまっている。
衝撃が痛かったのだろうか、右手をぶんぶん振りながらムペは笑顔のまま口を開いた。
「この核、ものすごく硬くて壊すどころかちょっとやそっとじゃ廃棄できない代物なんですよ・・・困ったことに。」
そう言ったムペは初めてここで困った顔をしたのだった。
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