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レイヴン戦記  作者: 一弧
番外編
81/154

新参者・ゲオルグ

 空気が重く感じられた、馬車に三人で乗っている、それ自体は問題がなかった、しかし目の前の女性二人は最初からまったく会話をしていなかった、耳が聞こえず話す事もできない自分をおもんぱかって二人とも喋る事を自粛しているのであろう事が予想でき居たたまれない思いに駆られた。こんなことであれば荷馬車に荷物と一緒に乗っている方がよっぽど気が楽であろうと思われた。

 前に座るイゾルデという女性は王姉ユリアーヌスの乳姉妹であり、名門の三女だと聞いている、たしかに気品があり、何故いい縁がなかったのか不思議な気すらした。

 もう一人の娘は侍女とだけ聞かされていたが、少々小柄ながらなかなか可愛らしい顔立ちをしていた、ひょとしたら領主の愛妾なのかもしれない、実際ユリアーヌスはイゾルデとそうは年齢が変わらなかったはず、領主の年齢を考えると、イゾルデと並ぶよりこのゲルトラウデと並んでいる方がよほど釣り合っているように思われる、もっともあまり詮索するのはよくないのであろうが。

 宿でも、頼んで食事は部屋で取るようにした、皆でとる食事はどうしても苦手であった、自分のせいで皆が会話をしないようにしている気配が分ると居たたまれなくなり、かといって盛り上がっているようだとそれはそれで疎外感を感じる、だから最初から一人でいる方がよほど気楽であった。


 気苦労も多かったが、王都から出た事のない自分にとって初の長旅であり、やっと到達したアルメ村は正直辺境としか思えなかった。こんな所でやっていけるのだろうか?父からは領主も非常に好意的に望まれての仕官であると言う旨を伝えられていたが、山の中にあるこの村を見ると不安しか感じなかった。しかも後戻りはできないと思うと、さらに気が重くなる。

 到着すると領主屋敷に向かうのかと思いきや、墓地へと向かって行った、真新しい墓の墓碑銘を見るとユリアーヌスのものであった。父はこの二人の愛情について半信半疑であったが、領主の様子に嘘やポーズがあるようには思えなかった、同行した村人達の様子からも哀悼の思いは強く感じられた。

 直接的にユリアーヌスの事を知らないからどうしてもイゾルデを代理的に思い浮かべてしまうが、どうもイゾルデとテオドールが夫婦として並んでいる姿を思い描くことは困難であった。どのようか関係であったのだろうか?そんな疑問もわくが、やはり深入りは避けたい話題である。


 屋敷にて紹介に預かった、伯爵令嬢のヒルデガルドは噂以上に美しい女性だった、これからの出産に際し頼りにしているという旨を伝えられた、ユリアーヌスの一件で不安を感じていた事であろう、全力での協力を約束した。

 母子共に無事であればいいのだが、もしなんらかのトラブルがあったら殺されるのではないだろうか?宮廷侍医を務める父は常にこのようなプレッシャーと共にいたのかと思うと、それだけで頭が下がる思いがした。

 アルマという乳母とグリュックという乳飲み子も紹介を受けた、子供はユリアーヌスの遺児との事だった、この子に何かあったらアルマという乳母共々処刑されるのではないだろうか?そんな事を考えると胃が痛くなるような感覚を覚えた。しかし、乳母というには若く、産んだ子はいるのか尋ねると、同時期に生まれるはずが死産だったと伝えられた、すまない事を聞いてしまったと反省した。謝意をしめしたが、伝わっているといいのだが。

 イゾルデに連れられて、アルマと共に別室に行くと、アルマは恥ずかしそうに服を脱ぎだした、腕や胸の火傷痕をなんとかできないか?とのことだった。見せてもらったが、かなり昔にできた火傷痕であり、どうする事もできない旨を伝えると、イゾルデは残念そうな顔をしており、その表情を見ると役に立てない自分に対し居たたまれなさを感じてしまったが、微笑みながら子供の事をよろしくお願いするという事をアルマから伝えられると、この子の健気さに感心した、自分の子を亡くしたばかりであろうに、そこまで献身的になれる事に敬服の念さえ抱いた。


 食事の風景もかなり違和感のあるものだった、声は聞こえないが賑やかな雰囲気は伝わって来て疎外感を感じたが、それは新規で採用された従者達も一緒だったようで、面食らいながら食事をしているといった風情であった。

 領主夫人が座るであろう場所は空席となっており、ユリアーヌスへの配慮を皆がしているのだろうことが予想できた。思い返してみれば、王城で見かけた事のあるユリアーヌスの肖像画は領主が個人紋としていた女神に酷似しているように思われた。アンバランスな夫婦に余所からは見られても二人の結びつきは本物であったのだろう、自分にもそんな相手が現れればいいが、縁遠いことだろう。

 

 ここの領主は若いが素晴らしい名君なのかもしれない。自分が呼ばれた理由は出産を控えたヒルデガルドや乳児であるグリュックのためであろうと思っていたのだが、診療所を建てる計画について、前領主夫人のエレーナ、村の大工とともに参加させられた、会議で意見を求められるなど初めてのことであり、不覚にも少し泣けてきた。

 上手く伝わったか不安だったが、自分が書いて伝えた内容について他の三人が話合い、設計図に加筆修正が加わりながら、再度自分に意見が求められる、自分の意見がきちんと反映されているのが確認できると本気で泣けてきて周りを心配させた。

 今まで生きてきてここまで自分を顧みてくれる人間が父以外にいたであろうか?そう考えると涙が止まらなかった。


 村で診療を行ってもらいたい旨を伝えられた、まったく異存はなかったが、伝えたいことが伝わるのかが不安だったが、フォローとして同時期に採用された女性騎士が同行することになった。

 案内役の村人に案内されて臨時の診療所となる名主の家へ向かうが起伏に富んだ地形で外出に慣れていない自分にとってはかなり骨が折れた、しかも外出すら滅多にしたことがないため、外を出歩くのはかなり緊張する、耳が聞こえないため、気付かないうちに死角から飛び出した人などとぶつかるのではないか?という恐怖感を覚え落ち着かなくなってしまう。

 それにしても同行する事になった女性騎士は、凛々しいという言葉がこれほどふさわしい人はいないのではないだろうかと感心させられてしまう。長身で精悍で、このように生まれたかったと自分の容姿にコンプレックスを持っているが故に妬ましささえ感じてしまった。

 そんな事を考えながら彼女を見ていたら、睨まれてしまった、凝視してしまっていたのだろうか?失礼な事をしてしまったと反省したが、怖くてうつむいてしまった、公開決闘で5人をあっさり絶命させたと聞いている、やはり怖い。


 診療所を訪れた村人達は軽度な症状の者達ばかりであり、名前をきちんと記録し、父から餞別代りに譲り受けた薬を調合すれば特に問題ないものが大半であったが、伝えるのには一苦労した、相手が言っている事をアストリッドが書き出すのだが、彼女の字はかなり癖が強く誤字も多いため理解するのに微妙に苦しんだ、細かく理解困難な個所を尋ねられればいいのだが、怖くてできなかった。

 なるべく分かりやすく丁寧に説明文を書いたのだが、きちんと伝わったのだろうか?不安だ。


 足を運ぶのが困難な村人の家を個別で訪問することになっており、案内役の村人に連れられて家々を回った、こんなに多く歩いたのは人生で初ではないだろうか?少し息切れ気味である。そんな私を彼女はため息交じりで見ている、恥ずかしい。

 自ら足を運ぶ事が困難な村人達は戦傷が元になった者達がほとんどであった、その傷は深い所にまで到達しており、表面的には塞がったように見えても深部に負った損傷は回復不可であり、今後の治療を行っても回復の見込みはないように思われた、しかも少し動かすだけでかなりの痛みが生じるようで、予後に明るい兆しは考えられなかった。アストリッドを通じて伝達することにかなりの危険性を感じたので、この問題は持ち帰って領主様に相談するのがよいと思われた。若いが聡明な方なのでいい方策を考えてくださるだろう。


 領主館に帰った後は一人一人の薬の調合や報告書の作成に手間取ってしまっていた、かなりの分量になるので、助手が欲しいところである。できれば若くて優しそうな娘がいい、などと柄にもない願望を持ってしまった、実際にアストリッドが来たら怖くて頼みたいことも頼めないのではないだろうか?そんな事を考えてしまった。

 なるべく早く相談したい内容だったので、薬の調合を一旦中止し、薬草園の作成、不足しそうな薬および薬の材料の買い入れ、重傷者への対応に関して、領主様に相談しようとしたら丁度席を外しておられる様子だった、イゾルデに相談すると、エレーナ様とヒルデガルド様が対応してくれた。薬草園についてはすんなりと認可されそうだったが、薬などの買い入れに関しては、値段を見て渋い顔をしていた、自分でもそう思っていた、自分の懐に中間マージンなどを入れるつもりはまったくないが、元々高価なのだ。薬の用途を尋ねられたので、対応する疫病一覧を書き出すと、それを見たエレーナ様とヒルデガルド様は眉間に皺を寄せ、かなり険しい表情をすると、認可する旨を伝えてきた。二人の表情ははっきりと悲しげであった、まずい事を言ってしまったのだろうか?

 重傷者への対応は二人をさらに苦悶に満ちた表情にさせた、即答できない、テオドールとも相談して回答を出すというものであった。さすがにすぐには回答できる問題でもないだろう、しかしこれが貴族であれば侍従や侍女が身の回りの世話一切を行うからそれなりに生活できるであろうが、村人だとそうもいかず大変であろう事が考えられた、今まで自分や父が相手をしてきたのは王族や貴族であり、平民の医療について考えたことなどなかったが、平民の生活の厳しさについて初めて考えた気がした。 

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