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レイヴン戦記  作者: 一弧
番外編
80/154

新参者・アストリッド

 『山の中の小規模な村』初めて辿り着いたアルメ村を見た感想はその一言に尽きた。

 到着すると領主屋敷に行くより先に墓地へと墓参りを済ませる、領主のそれはポーズなのか真意からなのかまだ分からなかったが、一定以上の誠意を感じ、噂を信じた自分を少し恥じ入る気持であった。

 つい先ごろ戦禍に巻き込まれたという話は聞いていた、新しい墓地が多く目立ったが、領主夫人の墓を始め荒れた雰囲気はなく、どれも綺麗に掃き清められていた。

 季節が冬であるが故に花は飾られていなかったがそれでも十分に清潔感を保った墓所であった。村の秩序が高く保たれている様子がそこからもうかがえ、ならず者の集団のように一部で言われている姿からは、かなり遠い事が容易に想像できた。


 屋敷で紹介を受ける、伯爵令嬢は身重な身体であったが美しく、そしてかなり態度が大きかった、領主は時には侍従のように彼女に接しており『無理やり我が物とした』という噂からはかけ離れたものであるように感じられた。

 剣の試し斬りにより片腕を失った少女も紹介された、彼女は自らの子が死産であったにもかかわらず亡き領主夫人の忘れ形見を気丈にも乳母として育てているという、けなげで泣けてきた。ただその腕が試し斬りによって斬られたものか、狼にやられたものなのかは、怖くて聞けなかった、ここで不興をかったら今度こそやばい、それくらいは分っている。

 領主屋敷での生活にあたって、諸注意を王都で『刺し違える』と発言した娘から受けた、彼女の対応はかなり冷たいものがあり、自分に向ける視線は敵を見るかのようであった、腹立たしくもあるが自業自得な部分があるので耐えることとした、しかし台所仕事も針仕事もできない事を言うとあからさまにバカにされ、流石に腹が立った「そんなもの騎士の仕事ではないだろう」という私の言い分に、領主自ら時々やっているというありえない嘘を言い出した、やはりこの娘は気に喰わない、我が家であれば斬り捨てているところである。


 食事の様子も異様であった、王都で新規採用された者達も含め皆でテーブルについて食事となった、皆不安げな様子が見て取れた、平時からこのように身分の隔てを持たぬようにすることが、時には強い結束を生むのは理解できたが、いささか自由過ぎる気がした。

特に領主夫人の侍女だった女性は『ありえない』そう感じさせた、いい年であろうに、伯爵令嬢に喰ってかかるような発言を行い、領主にすら上から物を言うような発言をする時があった、しかも年齢をからかわれると言うに事欠いて17歳であると主張し始めた、バカなのだろうか?

 しかし呆れると同時に少し冷静になって見て見ると、彼女の言動はどことなく芝居がかって見えた、まるで誰かを無理に演じているような、そんな気がした、たぶん気のせいであり、かわいそうな人というだけの話なのだろうが。

 他にも気になる点はあった、本来領主夫人が座る席が空席になっていた、格式から言えば伯爵令嬢が座るはずであろうが、彼女は別席に座っていた、もしかして誰かを新しくその席に迎えるために空席にしているのだろうか?私?あんな貧相な小男は絶対にごめんだ、しかし無理に関係を迫られたら断れる立場でもない、あんな男に純潔を捧げるなんて死んでも嫌だ、どうすればいいのだろうか?相談できる者もいない、困った。


 平常時の仕事が割り振られた、自分としては剣術指南であろうと予想していたら『通訳』であった、このバカ領主は適材適所という言葉を知らないのであろうか?

 王都で採用された医師だが、口と耳が不自由であるから住民との意思疎通のために通訳をせよとのことであるが、そんな事は私にもできない、どうすればいいのか問うと、「筆談でいいだろう」と、素っ気ない解答であった、なおさら意味不明である、直接住民と筆談すればいいのではないか、との問いには、「住民の大半は字の読み書きができない」とのことだった。地方の村などそんなものであろうと改めて思い知らされた。

 ゲオルグという男はどうも相性が悪い気がした、時々窺うような目で人の事を見るそのオドオドとした態度が気に入らなかった、しゃべれないのは仕方ないとして、もっと堂々とすればいいものをオドオド、キョロキョロとし、落ち着きがない、30くらいであろうか、年相応の落ち着きをなぜ持てないのか?そんな事を考えるとイライラする。

 

 村の名主の家が臨時の診療所となった、正式な診療所はこれから建設するらしい、かなりの人がやって来た、しゃべれず、聞こえない人間と筆談で意思の疎通を図るのがここまで大変だとは思わなかった、しかもこの男の書く文字はやたらチマチマとした文字な上に、よく分からない専門用語まであり、口頭で説明できず非常にイライラした。

 それでも村人達は喜んでいたようなので、まあよかったのであろう。帰ろうかと思ったら、外出困難な村人の訪問治療があると言う、案内人の説明によれば戦傷が元であり、出来る限りの事をしたいという領主の意向であるそうだ、配下として戦った者達への気遣いは流石であると少し見直した、見た目は論外だが、将としてはなかなかの器なのであろう。

 案内人に連れられて村の家々を回ったが、山村であるだけに、村内においても斜面が多々あり、ゲオルグなど息を切らせていた、この程度でへばるなど本当に情けない、そう思うとため息が漏れた。

 村人の何人かは戦傷が酷く、ゲオルグは何か書類のような物を個人用にそれぞれ作っていたが、めっきりと伝える内容は減っていた、その顔には悲し気な様子が浮かんでいたが、伝える内容は『時間をかけて行きましょう』等の具体性に欠けた内容であり、表情と内容に違和感を覚えた。


 慣れない事を延々とやっていてストレスが溜まったので剣を振り一汗かくこととした、やはり剣術に没頭している時が一番精神が落ち着くのを感じる。

 しばらく剣を振るっていると、領主に連れられて新規採用の従士達がやってきた、稽古をつけて欲しいとの事だった、これだよ!これこそが私の本分なのだよ!思わず喝采を上げそうになったが、努めて冷静に木剣にて実戦形式の訓練を行う事となった、「くれぐれもケガをさせないように」と念を押されたが、もちろんわかっている、皆それなりの腕ではあったが、首に木剣を突き付けると素直に敗北を認めた、全員との戦いを終えた後で、「強さの秘訣のようなものを説明してくれないか」と領主自ら言ってきた、説明すると、皆感心するように頷き、感嘆の声を上げていたが、説明終了後に領主に浴びせられた言葉は冷水をぶっかけられるようなものであった「ね、参考にならないでしょ」と、しかもその言葉に皆納得して頷いているのがなおさら理解をできなかった。

 噂を信じてしまった一件等はあきらかに自分の落ち度であったが、剣術に関しては自分に如何いかな落ち度があったのかきちんと説明してもらわなければ到底納得のいくものではなかった、どういう意図なのか説明を求めると、その回答は意外なものであった、


「理論はすごいし、正しいんだろうけど、その理論を実践できるのは天才のみだと思うよ、君のお爺さんの理論なんだろうけど、実践できるのが君だけだったから、侯爵配下でも君がお爺さん以外では最強だったんじゃないの?」


 その言葉を聞くと皆口々に、「自分にはとてもできない」「言ってる理論は分るけど・・・」「剣先を見切って懐に入るなんて無理です」などと言ってきた、私の存在意義とはなんだろうか?そんな事を考えていると、小生意気な嘘吐き娘が通りかかり、声を掛けてきた、人が増えて手が足りないから台所を手伝えと言う、自慢ではないがそんなこと生まれてこの方やったことがない、と言うと、領主が苦笑いしながら、手伝うと言って嘘吐き娘について行ってしまった、私を含め残された者はしばし呆然としてしまったが、誰ともなく後を追い始めた、台所で談笑しながら料理をする領主と侍女を見て自分の中にある常識が音を立てて崩れて行く気がした。 

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