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レイヴン戦記  作者: 一弧
第二章 もう一つの鴉旗
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噂を信じちゃいけないよ

 面と向かって鬼畜呼ばわりされ、唖然としてしまったが、よくよく思い返すと、色々やっていた事に気付いてしまった。

 捕虜の性器を村の女達を使って蹂躙したり、戦死者の死体を火葬したり、捕虜に食料も路銀も持たせず解放したり、見ようによってはかなり酷い事をしているかもしれない、そう考えて行くと思い当たる事があり過ぎて何を指して鬼畜と評価したのかがやはり分からなくなってしまった。


「あの~、心当たりがいくつもあるんですが、どういった部分が鬼畜なんでしょうか?」


 この返答に対し、先ほどまで頭を抱えていたヴァレンティンとエッケハルトは『あるのかよ!』と言わんばかりに目を見開き凝視していた、アストリッドにしてもそのとぼけた返答がいよいよ彼女の癇に障り、怒り心頭と言わんばかりに、舌鋒鋭く詰問を開始した、


「立身出世のため王姉に取り入り、傷心の兄嫁を力ずくでものにし、村娘の腕で剣の試し斬りを行い面白半分に火炙りにしたり、捕らえた捕虜の娘を村中で嬲り者にした挙句足の健を斬り屋敷で慰み者にしている、どれ一つとっても許しがたい鬼畜の所業、申し開きはあるか!」


 聞いていて、テオドール達は皆唖然としてしまった、一つ一つ微妙に思い当たる部分はあるが、噂がここまで真実を湾曲するものなのかと乾いた引き笑いが洩れてしまった、しかしそれがより一層彼女の怒りを煽ったようで、怒鳴りつけてきた、


「何がおかしい!」


 彼女が怒れば怒るほど滑稽かつ、バカバカしく感じられ、大きくため息をつくと完全に彼女を無視してヴァレンティンに話しかけた、


「すいませんが、ここまでバカだとさすがに無理です」


 苦虫を嚙み潰したような顔でヴァレンティンも応じる、


「いや、すまなんだ、この話は忘れてもらえるとありがたい」


 エッケハルトも俯き、怒りを通り越し消沈しきった顔をしていた、唯一人事態を飲み込めないアストリッドのみが一人気を吐いていた、


「無礼にも程があろう!なにがバカだと言うのだ返答次第ではただではおかんぞ!」


 再度大きくため息をつくと彼女に対して、ゆっくりと努めて冷静に語り掛けた、


「もしあなたが指揮官だったとして、偵察に出した者が『前方に巨大なドラゴンがいる』って報告してきたらどうしますか?」


 急に突拍子もない質問をぶつけられて拍子抜けしたが、即座に不機嫌そうに回答した、


「ふざけているのか?ドラゴンなどいるわけないだろう!」


「そこがおかしい、偵察兵の言う事は信用しないのに、酒場の酔っ払いの噂話は信用するんですよね、偵察兵より酔っ払いを信用する奴をバカといわずしてなんて言うの?」


 少し困惑したような表情を浮かべテオドールの言っている意味がよく呑み込めなかった彼女は問い直した、


「酒場の酔っ払いとはどういう事だ?」


「私にまつわる情報って誰から聞いたんですか?酒場の酔っ払いではないにしろ噂話程度の内容だったのではないですか?侯爵様から直接聞いたとかなんですか?」


「あ~、私はそんな噂流してないぞ!それは神に誓って言ってもいいぞ」


 ヴァレンティンもさもバカバカしいと言わんばかりの発言だった、その発言を受けアストリッドの目は泳ぎだし、何か言おうにも何を言っていいのか分らずオドオドとしだしたが、様子を見るかのように小声で質問を開始した、


「事実は違ったんですか?」


「私が言っても嘘と決めつけたりするんじゃないですか?ユリアーヌスの一件に関しては侯爵様が詳しいと思うので、私の口からではなく第三者の口から説明された方が信憑性があると思いますが」


 ヴァレンティンも軽くため息を吐くと、語り始めた、


「取り入ろうにも領主を継承したばかりの彼にそんな伝手はなかったぞ、むしろ彼にとっていい迷惑だったと思うぞ」


 ヴァレンティンの言葉にイゾルデも加勢する、


「押し付けられたような結婚でしたが、仲睦まじく姫様は幸せでした、それだけは何人たりと否定することは許せませんね」


 完全に旗色が悪い事に気付きなんとか挽回しようと、次の話題を出してみた、


「では、伯爵令嬢の一件は?」


「無理やりものにしようものなら、うちなんて伯爵家に簡単に潰されると思いませんか?戦力が違い過ぎて話にならないと思いますけど、あなたが指揮をとれば伯爵家に打ち勝てるとでも思ってるんですか?」


「では、村娘の一件は?」


「彼女は村の子供が狼に襲われそうになった時、それを庇い大けがを負い、治療によって傷口を塞ぐ為に火傷を負ってしまったっのですが」


「では、捕虜の少女を嬲り者にしたというのは?」


 その質問に対しては少し眉間に皺を寄せると、小さくため息をつきながら吐き捨てた、


「あんまり言いたくないなぁ」


 それを聞くと息を吹き返したように彼女は責め立てた、


「やはり、やましいところがあるのだろう!」


「違います!その少女は私です、慰み者にされていたのを助けてくれたのはご主人様です、もちろん足の健も斬られていません」


 彼女がテオドールを責め立てるのを苦々しく見ていたゲルトラウデだったが、自分をおもんぱかって黙っているのをいい事にいいように責められるのがどうにも我慢ならなかったのだった、さらに苛立たし気な目をアストリッドに向け言い放つ、


「目の前のいけ好かない女を殺せと命じられれば刺し違えるくらいの覚悟はありますよ」


 完全に言いがかりで相手を誹謗中傷していたというのが彼女にも分ってきてはいたが、なかなかすんなりと認められず、口ごもっていると衝撃を感じると同時に後方に吹っ飛ばされた、まさに目にもとまらぬ拳撃が彼女の顎を捕らえ吹き飛ばされたのだった、


「この大馬鹿者!」


 座ったまま放たれたエッケハルトの一撃だったが、ほぼ正面に座っていたテオドールにはその拳の軌道がまるで見えなかった、気付いたらアストリッドが吹っ飛ばされていた、それだけしか分からなかった。


「申し訳ない、両親を早くに亡くし甘やかせたのと、剣のみ教えて他をないがしろにした私の責任です」


 起立して頭を下げるエッケハルトを見ても、特に感慨のようなものは起きず、この話はここまでで次の話にでも移行してくれればそれでかまわない、そんな事を考えていると、エッケハルトは剣を抜き、尻餅をつき口許を押さえているアストリッドに向かって言い放った、


「もはや身の置きどころもないであろう、せめて苦しまぬようにしてやる、剣士として死にたいなら表へ出ろ、立ち合いにて葬ってやろう」


 あきらかに勝ち目などない事は予想できた、しかしテオドールとしては助け船を出し、彼女を預かる気には到底なれなかった、現状彼女から嫌悪感以外に何も感じられなかったからだ、まぁ処刑も自業自得だろう、等と考えていると、予期せぬ所から声が上がった、


「お待ちを、当家で預からせて頂くことやぶさかではありませんが」


 皆一瞬何を言っているのかが理解できなかった、今まで特に発言することなく控えていたカイが声を挙げたからである、いぶかし気な様子でヴァレンティンが問いかける、


「失礼だがそこもとに決定権はあるのかな?」


「説得してご覧に淹れます」


 言いながらテオドールの方を見て軽く微笑む、テオドールにはカイの真意は読めなかったが、なんらかの理由はあるのだろうと予想はついた、小さくため息をつくとゆっくりと宣言した、


「侯爵様さえよろしければ、当家で預かりましょう」


 カイの真意は読めなかったが、この時点で非常に厄介なお荷物を背負わされた、そんな印象しかなかった。

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