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レイヴン戦記  作者: 一弧
第二章 もう一つの鴉旗
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剣士

 豪奢ながら落ち着いた風情を醸し出す会議室であった、イゾルデに言わせれば質素な方である、との事であるが、十分に豪奢に思えた。むしろこれ以上派手だとケバケバしく感じられるのではなかろうか?そんな事を考えながら待っていると程無くして、初老の男を従えたヴァレンティンが入室してきた。

 慌てて立ち上がり所定の礼を行おうとするテオドールを軽く制すると、供の者も着席してゆっくりと話をする事を提案してきた。

 給仕の侍女達が各々に飲み物を注ぎ終わると、ゆっくりとヴァレンティンは語り掛けた、


「ユリアーヌス様のことは残念であったが、子を残せたことは唯一の救いであったろうよ」


「痛み入ります」


 テオドールの少し曇り気味な表情からその思いを察したヴァレンティンは続けた、


「この二年間、儂への手紙はいつも楽し気な内容に満ち溢れておった、幸せだったんだろうよ、最後の手紙にも、開拓村立ち上げのための協力要請やもしもの際に残された卿を気遣う内容であった、覚悟もしておったんだろうな」


 イゾルデからも聞いていたが、今更ながら内助の功に頭が下がる思いがした、


「さて、開拓村への移住希望者募集の件だが、王直轄地や、我が領地にも家を継げぬ次男三男は多数居る、なるべく良き人材を手配できるよう取り計ろう」


「感謝いたします」


「なに、放置すれば不穏分子になりかねない存在だけにこちらにもメリットはあるんだよ、ただ、感謝していただけるなら、一つ頼まれごとをしてもらいたいのだがな」


 嫌な予感しかしなかった、12の試練とまではいかなくとも、ろくでもない要求を出すのではないかと、戦々恐々としていた、


「どのような事でございましょうか?」


 するとヴァレンティンは少し言いづらそうにしながら隣に座る初老の男を紹介し始めた、


「この者は我が配下のエッケハルトと言う」


 同席したカイ、イゾルデ、ゲルトラウデが一瞬その名に反応し、息を呑む様子が感じ取れた、しかし、テオドールの率直な感想は『誰それ?』といものであった。

 助け舟を求めるかのように左右にキョロキョロと目を走らせるテオドールの様子がおかしかったのかヴァレンティンは軽く笑い、エッケハルトと紹介された男に話しかけた、


「レイヴン卿はそなたの事を知らんようだな」


「そのようですな」


 男の声に不快なものは感じられず、むしろ軽い笑いが含まれていた、しかし皆が知っているほどの有名人を知らないという事はかなり失礼にあたろうと、テオドールはしきりに言い訳するように事を語り始めた、


「申し訳ありません、田舎者な上に、数年前まで農夫だったもので、まったくそういったことに疎いものですから」

 

 ヴァレンティンにはその様子が滑稽に映ったのか、面白そうにイゾルデに語り掛けた、


「イゾルデ、エッケハルトが何者なのか説明してやったらどうだね?」


 その言葉を受け、イゾルデを助け舟を求めるような目で見るテオドールに対して、説明を開始した、


「エッケハルト様は数々の戦闘で300以上のキルスコアを上げた、最強の剣士として名高い方です」


「300!」


 思わず叫んでしまったが、300という数字にはあまりにも現実離れしており、かなり盛っているのではないか?と考えてしまった、それでもたぶん強いのだろうなと思いながらマジマジと見ているとエッケハルトは軽く一礼してきたため、テオドールも「あっどうも」と場違いな一礼を返し、増々ヴァレンティンの笑いを誘っていた。

 しかし、その笑いを止め、真剣な顔をすると話を開始した、


「頼みというのはこのエッケハルトの孫にのことでな、そなたのところで預かってはもらえないか?ということなのだよ」


 スゲー強い騎士の孫を預かれ、それが何を意味するのかを考えた時、お目付け役として、もし何かあった時にこちらの事情がすべて筒抜けとなるのであろうか?そんな考えが浮かぶと同時に、子供の出生の秘密がどこからか漏れ、それを内偵するためなのだろうか?そんな事を考え思わず背筋に冷たいものが走ったが、努めて顔色を変えないよう注意しつつ出方を窺っていると、ヴァレンティンはさらに踏み込んだ話を始めた、


「実はな、同僚を2人再起不能にし、一人を殺害しているんだ」


 場を沈黙が支配する中、それまでなるべく感情を顕さぬようにしていたエッケハルトが苦渋に満ちた表情を浮かべていた。

 テオドールはどうやって断ろうか全力で考え出したが、角を立てず丸く収めるように断る方法など思いつくわけもなかった、しかしその話に疑問と同時に興味が沸いてきたこともあり、予期せぬ返答を返した、


「そのようなお話が出ると言う事は別室で待機されているのですか?もしよろしければ実際に会ってみませんとなんとも」


 「ほう」と小さく感嘆の声を挙げた後で、侍女に呼びに行くよう指示を出すと、今度はヴァレンティンが興味本位からの質問を開始した、


「卿は何故、待機していると思われたのかな?」


「憶測まじりですが、同僚にそこまでやったとなると、まず謹慎はさせられる事でしょう、そうなると王都の屋敷か侯爵領のどこかとなるのでしょうが、お話が出るところを見ればここに待期させている可能性が高いのでは?と考えました」


 ふむ、と頷くと顎を摩りながら何かを考えるようなそぶりで、到着を待った、


「失礼いたします」


 侍女の声と共に扉が開き一人の青年が入室してきた、エッケハルトとの血の繋がりを感じさせる風貌ながら、絵に書いたような美青年であった。テオドールが知る中でフリートヘルムも美青年であるが、この青年は日に焼け野性味があり、刃傷沙汰も女がらみの逆恨みではないだろうか?そんな事を考えてしまうようないい男であった。


「アストリッド、呼ばれて参上いたしました!」


「えっ?」


 テオドールは思わず声を挙げていた、その声があまりにも彼の意表を突く意外なものであったからだ、


「女?」


 彼女は冷たい一瞥を投げかけると「そうですが、なにか?」と言い睨みつけてきた、言われたテオドールにしても「ああ、すいません」としか言えず場は気まずい沈黙が支配した、エッケハルトなどは頭に手をやり俯いてしまっていた、その空気をなんとか打破しようとヴァレンティンがアストリッドに話しかける、


「レイヴン卿預かりとしてはどうかと話していたところなのだが、どう思うかな?」


「如何様にも、侯爵様の思し召しのままに」


 エッケハルトの斜め後ろに移動したアストリッドは一度睨みつけた後はまったくテオドールの方を見ようとせず、これから世話になるかもしれない人物に対してあまりにも非礼ではなかろうか?そんな事を皆が考えていた。

 テオドールは不快感はもちろん感じているが、アストリッドという人物がまったく理解できず困惑していた。以前ヒルデガルドが自分に対して拒絶感に満ち溢れた視線を投げかけた事はあった、しかしそれは理解できなくもなかった、好きな婚約者が死去し、その代わりと寄越されたら不快感を感じ、場合によっては拒絶感を露わにするのも致し方なしと理解できた、しかし、アストリッドに関しては預かるという話が出ているだけで、別に妾にといった類いの話は出ていない、むしろ自分の知らない所でそんな話が出ているのだろうか?そんな事を感じさせるほど、彼女の目は敵意に満ちたものであった。


「レイヴン卿はいかがかな?」


「少し質問等よろしいでしょうか?」


 ヴァレンティンの問いかけに、どうしても確認しておかなくてはならないと感じ質問で返した、ヴァレンティンもこれだけのやり取りで承服させるの事の困難さを感じていたため、その質問を許可した、


「預かるとはどういうことですか?うちを謹慎先とせよという事でしょうか?」


「いや、好きにしていいという意味だ、まさに煮るなり焼くなりな」


 その言葉にテオドール達はギョッとした反応を見せた、中でもテオドールは『やっぱり妾かよ、どこまで女好きだと思われてるんだよ』等と考えていたが、テオドールに向けるアストリッドも敵意に満ちた目を見ると、思わず『冤罪だ!』と叫びたくなっていた。しかしそんな考えも続いて発せられたヴァレンティンの言葉で吹き飛んでしまった。


「正直に言おう、エッケハルトは我が忠臣として何度も助けられた、その孫娘をなんとか身の立つようにしてやりたい、そしてこの者をうまく扱えそうな者は卿を置いて他にないと見ている」


「買い被りですよ」


 心底迷惑そうに即答するが、ヴァレンティンもその言葉を即座に否定する、


「いや、ユリアーヌス様の手紙で確信した、あの方の信頼をあそこまで勝ち得る事が出来るのは卿を於いて他はあるまい」


 それでも引けないとばかりに、テオドールはアスリッドを指差しながら、眉間に皺を寄せかなり嫌そうに言う、


「それにしたって、あそこまで敵意むき出しにして睨んでるのを傍に置きたくないですよ、だいたい何?俺そんなひどい事した?確かに最初性別間違えたのは悪かったと思うけど、あれ分らないよ、イゾルデやゲルトラウデは分かったの?」


 相当不満が溜っていたのか、一気に暴発するように吐き出し、最後はイゾルデやゲルトラウデにまで同意を求める始めた。

 同意を求められた、二人にしても、最初入って来た時には絵に書いたような美青年と思ってしまっただけに反論できず小声で「ええ、まぁ」と呟くしかなかった。

 テオドールの言葉に思う所があったのか、アスリッドも爆発気味に言葉を発した、


「なら、はっきり言おう!貴様のような鬼畜の側に我が身を置くなど虫唾が走る!君命でなくば斬り捨ててやりたいところだ!」


 彼女の啖呵にテオドール達は唖然とし、ヴァレンティンとエッケハルトは頭を抱えていた。

 唖然としながらも、テオドールは何故自分が鬼畜とまで呼ばれなければならないのか、まったく理解できず、呆然とする他なかった。

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