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レイヴン戦記  作者: 一弧
第二章 もう一つの鴉旗
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出産

 産声が鳴り響いた、それは勝利を告げるファンファーレのように室内に響き渡った、エレーナは目配せをすると、ゲルトラウデは心得たとばかりにテオドールを呼びに行った。


「次は私の番ね」


 ユリアーヌスは気丈に言ったが、内心は不安との戦いだった、それでもアルマの出産を間近で見る事によって気分は若干和らいでいた、理由はアルマの出産が初産とは思えないほどの安産であり、わりと呆気なく産まれた事に起因していた、何人も子供を取り上げてきた村の産婆が驚くほどの安産であった。


「ああ、皆さんお疲れ様です」


 照れくさい感情をごまかすためか、少し場違いなセリフを言いながらテオドールが入ってくると場は少し苦笑いのようなものが起きたが、みな第一子の誕生を喜んでいた。

 産湯で洗われ、布に巻かれアルマの横に寝かせられた我が子を見ると実感のようなものもわいてきたが、これが又から出てきたのか、などと考えると女体の神秘について考え込んでしまいそうになっていた。

 

「子供に想いを馳せるのもいいけど、アルマにも声をかけてあげたら?」


 ユリアーヌスが配慮のない夫に注意を与える、周りからはクスクスと笑いが洩れるのが、それももう毎度の事となっている、


「ああ、よく頑張ったね、うん、すごいと思う」


 どこかピントのずれたような言葉にアルマからも笑みが漏れる、


「名前はもう決めたのですか?」


 エレーナの質問に対し、微妙に口ごもりながら、質問で返す、


「あ、え~と、それ以前にどっちですか?」


 一瞬、みなが沈黙したが、ユリアーヌスが沈黙を破り回答する、


「男の子よ」


 村の女達もその話題の重要性は理解していたため、目を合わせないようにスっと目を伏せ沈黙していた、しかしユリアーヌスは努めて明るく続けた、


「アルマが嫌がるような事はしないわよ、ただし状況によってどういうシナリオにするかは未定だから、出産の事はまだ内密にね」


 少し安堵した様子の村の女達に対しアルマはあまり動じていなかった、母の言っていた事を噛み締め、子を産んだ時に彼女の中で何かが変わった気がした、どことなくユリアーヌスやヒルデガルドを恐れて、我が子の安全を祈っていたが、今は刺し違えてでも守ろうという気概が彼女の中で形成されていた。

 ユリアーヌスもその変化は雰囲気で感じており、微笑みながら言った、


「強くなったわね」


「はい」


 アルマも笑顔で答えるが、いつもユリアーヌスとヒルデガルドが笑顔で火花を散らしあうような雰囲気はなく、母親の顔での慈愛に満ちた微笑みあいであった。



 翌々日に始まったユリアーヌスの出産は困難を極めた、彼女の年齢で初産という事で困難は当初から予想されていたが、その予想を軽く超えるような難産であった、リラックスさせるためでもあったのだろう「泣き叫ぶ様子を見に来たわよ」などと冗談を言っていたヒルデガルドもあまりの状況に言葉を失いただ見守るしかできずにいた。

 子供を抱えつつ見守るアルマも神に祈るしかなく室内は重苦しい緊張感に満ち溢れていた。

 昼頃から始まった出産だったが、夜になっても現状は動かず、エレーナから休むように言われたヒルデガルドもアルマもその場で見守り続けた。

 別室で待機を余儀なくされたテオドールにしても気が気ではなかった、アルマの時は陣痛から出産まで拍子抜けするくらいあっさりと終了し、もどかしい思いをするまでもなかったが、今回は深夜になっても終わらず、時々報告に来るゲルトラウデの口からも歯切れの悪い話しか聞こえてこなかった。

 不安感と焦燥感で食事も喉を通らず、まったく眠る気もおきず朝を迎えた時、ゲルトラウデが飛び込んで来た、


「すぐに!」


 涙を溜め、悲しみに満ちたその表情からただならぬ様子を察し、隣の部屋に入ると産婆が布に包まれた赤子を抱いていたが、泣き声を上げてはいなかった、ムッとするくらいの血の臭い、目頭を押さる皆の様子、それだけで事態はだいたい想像できてしまった。

 慌ててベッドに駆け寄ると、顔面蒼白で血の気が完全に失せたユリアーヌスが今にも止まりそうなくらい

弱弱しく息をしていたが、この後どうなるのかは誰の目にも明らかだった。

 手を握り、頬を摩り呼びかけるが、彼女は目を開ける事はなかった、手を握っても握り返す事はなく、完全に脱力し、時々思い出したように弱弱しく動く手を必死に握り返すが、反応はなかった、数分間呼びかけた時だろうか、彼女の閉じた目から一筋涙が零れ落ちた、それが彼女の最後であった。

 その場にいる誰もが泣き崩れたが、ヒルデガルドの号泣は見る者の涙をさらに誘った、かつて婚約者の訃報に接した時に匹敵するかのような嘆きだった、嫌った時期もあったが、二年間にわたり時には協力し、時には口喧嘩をし、その存在は姉でありライバルであり親友であり、かけがえのないものとなっていた、それ故にその悲しみは深いものとなっていた。

 乳姉妹であり、まさに生まれた時からの付き合いであるイゾルデは、身籠ってから二人で過ごす時間も長かったため、ユリアーヌスがこの日が来る事を予感していた事を知っていた。しかし杞憂に終わり、すんなりと子供を産む明るい未来の可能性を信じ、不幸な未来を考えないようにしていた、しかし、実際にその不幸な現実を目の当たりにすると涙が止まらなかった。

 お産の助っ人としてその場にいた村の女達にとっても彼女は親しみやすい人物だった、王族と聞かされどんな人物なのだろうか?と戦々恐々としていた村人達であったが、軽装で村を出歩き畑仕事の真似事や牧畜の真似事までやりたがる彼女に親しみと愛着を持っていた。

 テオドールにとって彼女との結婚は望んだものではなく押し付けられてのものであった、しかし、たいして時を要することなくかけがえのないパートナーとなっていた、その喪失感は他に代えがたい物であった。

 皆の慟哭は止むことなく愁嘆場はいつ終わるとなく続いた。

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