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レイヴン戦記  作者: 一弧
第二章 もう一つの鴉旗
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出産前夜

 いよいよ近日中に出産だろうと伝えられても今一つ実感がわかなかった、男親とはそんなものなのかもしれない等と思っていても、若干の落ち着かなさは感じていた。

 しかし落ち着かない理由はそれだけではない気がした、出産を間近に控え屋敷には村の女達が住み込みで手伝いをしていたのだが、テオドールを見る目が明らかに冷たかった、理由はマルティンと村に移住してきた娘達について話していた内容がマルティンの妻から全部伝わってしまったからだった。

 『ったく、女房が身重な時に何やってんだか』目がそう物語っていた。


「あの~、ユリアーヌス達には内密に・・・」


 彼のお願いを皆快く承諾してくれた、


「分かってるよ、出産を控えた大事な時期だ、言やあしないよ、出産まではね!」


 『出産後に言う気じゃねぇか!』彼は領主の特権で全員処刑してやろうかという衝動を必死で抑えながら、なんとか態勢を立て直そうと、側にいたゲルトラウデに助け舟を求めた、


「君だけは僕の味方だよね!」


 彼女は明後日の方向を見ながら言う、


「ハイ、ワタシハゴシュジンサマノミカタデス」


「敵しかいねぇ!」


 彼の叫びにあたりから笑いが洩れる、フリートヘルムあたりが見たら言葉を失うような光景だったが、彼女達にとって現領主のテオドールは小さな頃から知っているテオ坊でしかなく、息子が嫁の出産だというのに余所の女に気をとられていた事にお灸を据えている、くらいの感覚だったのである。

 ゲルトラウデにしても女性を品評するような言動には不快感を禁じえなかったが、実際に自分を厭らしい目で撫でまわすように見つめ、性欲処理の道具として扱った男達と違い、兄か友人のように接してくれるテオドールの存在は非常に好ましいものだった、もし求められていたら喜んで応じたかもしれない、だからこそ全く求めてこない彼の態度に『自分を汚い者と見ているんだろうか?』そんな悲しみも覚えていた。

 もっとも求めてきたら求めてきたで『ああ、やっぱりこいつもか』と幻滅していたかもしれないから乙女心は複雑なものであった。



 クラウスは微妙に移民を後悔していた、元いたブラゼ村には伯爵領内から移民を募り再建させる計画が持ち上がっていたが、両親や妻子との思い出のある村で、全く知らない者達に囲まれて生きて行く事に耐えられそうもなかった、そんな折に聞いたアルメ村への移住者募集の呼びかけに、事情を説明し参加を申し込んだところ、関係者一同理解を示し、話はスムーズに進んだ。 

 彼が持っていた土地建物等を放棄する代わりに、移住先に同等以上の物件を用意する事で条件の折り合いはついており、新たにアルメ村で与えられた住居や畑は以前より広いくらいであり、特に問題とするべきところは感じられなかった。

 悲しみはそう簡単に拭えるものではなかったが、心機一転新しい土地で頑張ろうと自分に言い聞かせていたが、早くも自信を失いそうになっていた。

 彼は元々村で一番の健脚を誇っており、それ故に緊急事態における隣村への伝令役を担っていた、それは彼にとって誇りであり、自慢でもあった、今回村民皆殺しの中、彼だけが助かったのも伝令役として村から脱出したからであった、もっともそれが幸いだったのか不幸だったのかは分からないが。

 その自信が村の男衆と狩りに出てかなり揺らいでいた、アルメ村では食料不足に備えるためや害獣駆除を目的とした狩りがよく行われる、本来冬の訪れようとするこの時期は獲物にも恵まれないため滅多に行われる事はないのだが、領主夫人の出産を控え、出産祝いのために大物の鹿、猪、熊などを仕留め祝いに花を添えたいという意向で行われた。

 弓などの心得はなかったが、村の男衆に誘われ集団の狩りにおける呼吸を覚えるため、早く村に溶け込むため、積極的に参加したのだが、山道を長時間移動するその体力に唖然とさせられた、自分と同じような思いで参加したであろう移住者も傍目にも分るくらい青い顔をして、やっとついて行っていた。


「静かに」


 先頭を行く男が小さな声で言うと、指で地面を示した、示された先を見ると豆粒のような動物の糞がかなりの量落ちているのが確認できた、男は黙ってそのうちの一つを摘まみ上げると指で潰し鮮度を確かめ、皆に指示を出した、


「まだ遠くへは行っていないはずだ、手はず通り勢子と射手に分かれて行くぞ」


 弓の心得のない移民組はみな勢子に回る予定だったが、かなりバテてきており不安を感じた勢子のリーダーは待期を指示した、


「あ、自分はまだ行けますよ」


 クラウスもまだ疲れてはいたが、まだ幾分の余裕があったので志願すると、少し顔色など様子を窺うようにしながら、


「うん、お前さんはいけそうだな、ついて来な」


 言うと静かに移動を開始した、クラウスもなるべく静かに物音を立てないようについて行くと前方を行く男は立ち止まり、腕で静止するよう合図を送った、男の目線の先を見ると鹿が数頭群れをなしているのが見て取れた。

 ブラゼ村で生活していた時も森から迷い出てきた鹿を見たことはあったが、警戒心が強く人里まで近寄ることなどめったになかったため、ここまで近くで生きた鹿を見るのは初めてのことであった。

 勢子として囮となり、注目を集めたうえで射手のいる方角に追うのが役目となるのだが『待て』の合図がかかったまま、ピクリとも動かず、若干の焦りを感じ始めた頃やっと声がかかった、


「行くぞ、ついてこい」


 返事も聞くことなく飛び出す後を追っていくと、鹿の群れは彼らに気付き一斉に逃げ出した、本気で逃げる鹿の移動速度は山道とは思えない速さで、人ではいくらがんばって追いかけても絶対に追いつく事はないだろうと、そんな事を考えていると、逃げている鹿が急に倒れた、その倒れる様子に目を奪われていると、さらにもう一頭が急にスピードを落とし、ヨロヨロと歩いたかと思うとバタリと倒れた。


「二頭か、上出来だな」

 

 その声で我に返って男を見ると、誇らしそうにかなり離れた所を指差しながら言った、


「ほら、あそこから撃ったんだよ」


 男の指し示す方向を見ると微かに人影が動いているように見えた、


「え?あの短時間であそこまで移動したんですか?」


「ああ、近いとこだとすぐ気づかれちまうからなぁ」


 誇らしげに言う男の言葉に『こんな化物みたいな連中と一緒にやっていけるんだろうか?』彼は微妙に移住を後悔していたが、それも次の言葉で吹き飛んでしまった、


「この時期の鹿は冬に備えてたっぷり肉を蓄えててうめぇんだよな」


 彼はその言葉に思わず喉を鳴らし唾を飲み込んだ、この村もそう悪くないかもしれない、そんな事を考えていた。

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