プロローグ
星の明かりがわずかにあるだけの新月の晩だった、村の入り口には松明が灯り、番をする者も門のすぐ内側に二名、半鐘を鳴らせる櫓の上に一名いた。戦時中というわけでもないため、どことなくのんびりとした雰囲気を醸し出していた、それでも盗賊や傭兵崩れが村を襲い甚大な被害をもたらしたケースはあちこちで枚挙に暇がないため、警戒を欠かす事はできない。
「配置につきました」
抑えた声での報告に報告を受けた男は頷く、暗闇の中その頷きは見えないが、気配でそれを察する、
「では、国盗りを開始しようか」
「はっ!」
抑えた声で応じると、声は闇の中へと消えて行った。
フリートヘルムは馬上において、実戦の機会を得たことを喜んでいた、約二年前の戦役に触発され軍務の経験を積むべく、事あるごとに領内の巡視を行ってきたが、50名規模の部隊に挑みかかる賊の集団などあるはずもなくいつも巡回のみで終わっていた、領内の治安向上等にも役立ち、軍の運用経験にも繋がりなんら問題はなかったのだがどことなく不満を募らせていた。
そんな彼が駐留している村に、隣の村から『賊の襲撃有り』との報がもたらされたのだ、彼も随伴していた騎士、従士達も勇み立ったが、この時彼はきわめて冷静であった、まず報をもたらした者の素性を確認すると、駐留している村に何人も知り合いがおり、特に怪しい人物ではないという確認が取れた、本人から聞いた賊襲撃の経緯も特に矛盾や違和感は感じなかった、地図で見る限り賊の襲撃を受けたブラゼ村は街道の終着点とも呼べる場所に位置し、そこから別の町や村へ行くとなると、険しい山岳を越えて行く必要性があり、他国からの侵攻の可能性も極めて低いと考えられた、一番可能性があるとしたら、食い詰めた賊の集団が他の町村と連携のとりずらい辺鄙な村を襲って根こそぎ略奪するつもりなのであろう事が予想された。
「貴様が村から伝令に走った時の状況を再度問う、火の手が上がり門を破られなだれ込んで来た、貴様は村長に言われ抜け道より脱出して賊の襲撃を報せに来たという事で相違ないな?」
「はい、間違いございません」
フリートヘルムは先の一件で内通者や裏切りを警戒したが、急報をもたらした男は常日頃から伝令役としてこの村の者達とも顔見知りであり、疑わしい点はないように思われた。しかし内部まで火の手が上がり、門が破られ、伝令がこの村へ到達するまでに丸一日かかっている状況、今から全力で向かったとしても、村民の命は絶望視せざるを得ない。軍備を整えて安全策を取るべきか?野放しにすることによって次の被害が出ないようにするために急襲して殲滅するべきか?輜重部隊を度外視し一気に急襲すれば重装備といえど、1日半で到着し急襲することもできるやもしれない、ただ賊と遭遇した際に勝ちきれるのか?賊の正確な規模は夜襲をかけられた事もあり分かっておらず不安材料もあった。
「卿はどう思う?」
彼は父がお目付け役として付けた古参の従騎士に意見を求めた、
「攻撃を仕掛ける事に問題はないかと思いますが、くれぐれも無理をなさらない事です。状況が不利と思われましたら撤退するのも一つの道である事を十分ご理解いただく事が肝要かと」
「ふむ、念を入れて此処までの顛末を書状に認め、フェルゼンの父に報告し、後詰の要請を行っておこう」
「万全かと、特に助言は必要ありませなんだな」
古参の従騎士は愉快そうに笑う、未来の主が優秀な人物であることは仕える身としてはどれほど喜ばしい事であるかを熟知しているからこその笑みであった。
実際フリートヘルムは十二分に優秀な人物であった、この作戦に関しても大きく間違ってはいなかった。ただし彼に足りない物があったとしたら、それは臆病さが足りていなかったという事になるだろう、この臆病ではないが故に、不覚を取ってしまう事をこの時点では誰も予想していなかった。




