蒔かれた種
水汲みは女子供の仕事であり、井戸端会議は村の女達の社交場としての側面を持っていた。目下の最大の話題の種はユリアーヌス、ヒルデガルド、アルマの3名についてであった、この場における評価ではユリアーヌスが群を抜いて不人気であった。『性格がきつそう』『あの歳で子供産めるの?』『王家の騒動に巻き込まれたりしないだろうな?』、等と不安要素が強くどうしても不人気となってしまっていた、そのうえ実際に直接話をした村人は王都に護衛で同行したメンバーを含めても一人もおらず、圧倒的な情報不足が招いた不人気ではあったが、年齢に関しては言い訳のしようもない事実なのだから、挽回へのハードルはかなり高いものがあった。
男たちも猟や畑仕事の合間の休憩時はこの話題が主な物となり、不謹慎な者の中には誰が最初に孕むかを賭けのネタにするものまで出てきていた、残念ながらここでもダントツの不人気はユリアーヌスであり、一番人気はヒルデガルドであった。ただ賭けをしている者達も井戸端会議に興じる女達も、テオドールがヒルデガルドには手を付けていないという事実を誰も知らなかった。
「お入りなさい」
ノックをすると中からエレーナの声が聞こえた、「お呼びとの事で参りました」といいテオドールが中に入るとエレーナは小さなテーブルに着席しティーポットからカップへとお茶を注いでいるところだった、彼女の対面の席に今注いだばかりのお茶を置き、暗にそこへの着席を促された。「失礼します」と言い着席すると、優雅に微笑みながら問い掛けを行ってきた、
「その後どう?」
『主語言えよ!』と心の底から思ったが、「はぁ、やっと慣れてきた感じです」と返すのが精いっぱいだった。その気の抜けた返事がエレーナを若干苛立たせたが、平静を保つよう心掛けながら続けた、
「領主にとって最重要課題の一つは次代に血を繋ぐこと、世継ぎの必要性は以前説いたわよね?三人との関係はうまくいっているのですか?」
その口調には咎めだてするような、高圧的な感じが込められていた。同じ村人達のように外部にいては内情までは分からないだろうが、同じ屋敷内で生活を行っていると現在の関係性も見えてくる、正妻としてユリアーヌスを大切にする事については全く問題ない。アルマとの関係についても、とやかく言うつもりなどなかった、暗くなりがちであったアルマはテオドールとの関係ができてからは見違えるように明るくなり、関係を察したエレーナはお祝いに上質な布を送り、照れくさそうにするアルマに心からの祝福の言葉を送ったくらいである。
問題はヒルデガルドである、幼い頃から実の娘のように接っし、亡き息子を偲び単身村へとやってきてくれた彼女に対してテオドールの態度はあまりにも冷淡と映っていた、せめてもう少し彼女との距離を縮めるよう努力するつもりはないのかと、叱責の意味を込めてであった。
テオドールは、その叱責の意図を察したが、どう答えていいものかと一瞬迷ったが、正直に話すのが一番の解決法だと考え語りだした、
「ユリアーヌスとアルマとは良好な関係を維持しており、子供に関してもできるだけがんばっています、ヒルデガルド様に関してはどう接していいのか、正直計りかねている次第です。」
王族の姫君を呼び捨てにして伯爵令嬢を様付けで呼ぶ、本来逆であろうと思われる発言であるが、これが現在の彼の心情を物語るものであった。突然の出会いであった、ユリアーヌスは王族であると言われても雲の上過ぎる存在で、イメージがわきづらいうちに既成事実的に関係が深まったが、ヒルデガルドに関しては幼い頃から未来の領主夫人と農民という関係が完全に刷り込まれてしまっていた、同じようにエレーナに対してもどうしても苦手な印象があり、屋敷内における苦手のツートップがエレーナとヒルデガルドとなっている状態であった。
テオドールの言い分を聞くまでもなく、ヒルデガルドにだけは余所余所しい理由も大方は予想がついていた『深い関係に至っていないからであろう』と、だからこそ切っ掛けを与えるために呼び出したのであった、
「ユリアーヌス様付きの侍女という名目ではありますが、実質的には側室としてであるという事は伯爵様もご理解されています、いつまでも放置し続けるのは女に恥をかかせるようなものです、その点は理解していますか?」
小声で「はぁ」としか言えなかった、そんなテオドールの様子に軽くため息をつくと、エレーナは続けた、
「彼女には私から伝えたうえで、あなたに日程を伝えます、その日に彼女の寝所を尋ねて御上げなさい。」
有無を言わせぬエレーナの発言に小声で「はい」と答えてスゴスゴと退室するしかなかった。エレーナのこの発言はヒルデガルドとは一切相談したわけではない、彼女のスタンドプレーであったが、結果としては二人の溝をより深いものにしてしまう事となった。
エレーナにとって、ヒルデガルドの存在は今は亡き息子ラファエルを思い起こさせるものであり、彼女が幸せになってくれることがラファエルが幸せになるかのような錯覚を得る気さえした。もちろんそれが儚い妄想に近い物である事はエレーナも理解していたが、それでもヒルデガルドには息子の分まで幸せになって欲しかったのだった。




