人間ってね言わない方がいい事もあるんですよ・・・
覚悟のうえであったがやはりこういった場所は妙に緊張を覚えてしまう、どうも落ち着かない気分にさせられるというのが本音であった。
「上玉仕入れてきやしたぜ、姉御」
「おお、あたしのおごりだ好きに飲んできな」
国で上から数えて何番目という位置にいる人物の会話とは到底思えなかった。バカバカしくて怒る気にもなれないと言うのはこういう事を言うのであろうかと本気で考えていると、姉御と呼ばれた女性はシゲシゲとアストリッドを眺め言った。
「よく分かんないよ、フードを取っとくれ」
ここに来た目的を考えれば当然のことであり、呆気に取られていたが、その言葉に促されフードを取ると、「ほー」と少し感心したように息を吐いた。
「まぁ立ち話もなんだし、ついて来とくれ」
スタスタと歩き出す後ろをテオドールは慣れた様子でついて行き、アストリッドもそれに続く。部屋に入ると事前に来訪を告げられていたのか、三人分の飲み物が用意されており、椅子に座るよう無言で促された。
「手紙でだいたい事情を把握してるけど、厄介だねぇあんた呪われた星の下にでも生まれたんじゃないのかい?」
「よく言われます『死神の隠し子』って」
こういう空気なのだろうと、道化師を眺めるつもりで眺める事にしながら手元のコップを口に運ぶ。
「まぁ条件はきついけど、なんとかするよ、それから注文の二人は準備が整い次第寄ってくれれば明後日には準備が終わるよ」
「いつも、無理な注文すいませんね」
「協力するって決めたからには最後まで協力するよ、あの女より私の方が役に立ったって自慢してやらなきゃね」
重要な伝達事項は以上で終わったのだろう、アストリッドの方をシゲシゲと眺め静かに言った。
「もったいないねぇ、ぼうやの言うようにたしかに上玉なのに、女の幸せを追いかける気はないのかい?」
唐突に聞かれたが、無縁のものとすでに斬り捨てていたので答えに詰まる事もなく澱みなく答えた。
「とうに捨てました、剣に生きると誓っております」
「剣を捨てる日が来たらどうするね?」
そのような質問を受けた事はなく、一瞬言葉に詰まったが、すぐに思い直したように返答する。
「剣と共に死にます」
「ダメだこりゃ、バカな娘だねぇ」
自分の全てを懸けたといっていい剣を否定されるという事は流石に言い負かされる事の多いアストリッドでも我慢がならなかった、思わず怒鳴りつけようと思ったその時にテオドールが口を挟んだ。
「僕は見てなかったけど、エッケハルト様に勝ったんだって?」
一瞬早く言われたその言葉に怒鳴る事を忘れ、呆気にとられたが、少し毒気を抜かれたような気分になり回答した。
「いえ、結果は負けです」
「どういう勝負だったか聞いてるよ、ねえ、勝てた理由は何だったと思う?」
祖父に認められたというその事だけでうれしくなり、そこまで考えが及んでいなかったが、そう質問されると即答できず考え込んでしまった。
「素人的な意見だけど、エッケハルト様の衰えも勝因の一つだとは思わないかな?エッケハルト様っていくつだったっけ?」
指摘されなくても薄々気付いている事であった、加齢と共に訪れる劣化、それは人である以上避けられぬものであり、祖父もまたその避けられぬ老化により衰えている事を実感していた、勝利すると同時に涙したのは喜びもあったが、衰えを実感してしまったのも潜在意識の中であったかもしれない、指摘されるとどうしても考えないようにしているそれらの事実について考えてしまう。
「まぁ、気付いてるなら、剣に陰りが見えても人は生きて行くんだからどう生きるべきかって事を考えるのも重要なんじゃないの?子を産めとは言わないけど弟子を育成するとかさ」
それは考えないでもないが、以前自分の剣を天才のみが使える剣技で一般的ではないと切って捨てておいてよく言うとしか思えなかった。
「ああ、昔言った事を根に持ってるの?訂正する気はないよ、才能のある者に奥義を伝授して、それなりの者にはそれなりに強くなる方法を教えるとかでいいんじゃないの?」
なんでこいつは私の考えている事が分るのだろうか?そんな事を考えていると、マレーヌが話かける。
「お嬢ちゃん、素直ないい子だねぇ、顔に全部出てるよ、ここまで真っ直ぐな子も珍しいかもねぇ」
「ちょっと前まで口に出てたんですよね」
何も言い返せないが、さっきから『お嬢ちゃん』はないだろうと思ってしまう、もうじき30になる女を捕まえて『お嬢ちゃん』は流石に無理があり過ぎると思ってしまった。
「まぁ、色々言ったけど、今回の任務を受けてくれたのは率直に感謝してるんだよ、どうやっても今回は汚れ仕事のオンパレードだからねえ」
話し合われた結果出てきた策は騎士道の観点から見ればその場で斬り捨ててやりたくなるようなものであった、しかし正攻法でどうすればいいかなどまるで思い浮かばず、正道を貫いて死ぬという選択肢は個人ではいいかもしれないが、国を背負う人間がしていい選択肢ではない事は理解しており、そしてなにより、極めて非人道的な策を実行に移さなければならないテオドールもそれをよしと思っていないのを知っているが故に何も言えず、むしろ責任の一部を自分も背負わず、非難だけする行動がいかにも卑怯にすら感じられた、それ故の申し出であった。
「いえ、お役に立てれば」
言葉少なに返答したが、自分の心情全てを吐露する気にもなれないが故の返答であった。
「ところであんたさ、こいつのどこが気に入らないんだい?」
マレーヌの急な質問であり、極めて直球な質問であった、しかも剛速球と言ってよかったかもしれない、その質問に質問を受けたアストリッドは唖然として、ネタにされたテオドールは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「別に嫌いでは・・・」
「だから、お嬢ちゃんは顔に出るんだって、みてりゃあ分るよ」
「これでも、まだマシになってきたほうですよ、最初は親の仇を見るような目で見てましたからね」
「あんた、よくそんなのを側に置いとけるね、豪快なのかバカなのか」
アストリッドそっちのけで始まったテオドールとマレーヌの会話を聞くと腹立たしさと共に実感する、自分を目の仇にするような目で見ている者を側に置くなど常人であれば絶対にしたくない行動であり、狂人の行動ととられても仕方ないようにさえ感じてしまう。
「簡単ですよ、信頼していますから、騎士道精神と剣の腕に関しては」
テオドールにも言い分はあった、剣の腕は言うまでもなく、後ろから斬りかかるようなタイプではなく正面から『無抵抗の者を斬るのは忍びない剣をとれ』とか言い出しそうなタイプであり、寝首を搔くようなマネは絶対にしないという信頼は寄せていた、さらに言うなら彼女は一応女であるが故にゲルトラウデ一人を伴うより二人いた方がなにかと便利に働く事があった、生理現象である排泄、体を清潔に保つため機会があれば行う沐浴、あまり二人の仲は良くなかったが、とりあえず戦場などでの相互協力は無言の協定とも言うべき形で守られ、どちらかが行う時は一応片方が見張る形で安全が保たれていた。
「以前から色々考える事はあったのですが、具体的にどこが嫌いという事はありません、正直な感想のつもりです」
そんなアストリッドの意見であったが、その言葉のトーンからは攻撃的な気配や勢いはなく、聞いていた二人にも本音のように聞こえた。
「って事は生理的に嫌ってことかい?」
そんなからかうようなマレーヌの質問に意外な回答が返って来て二人を唖然とさせた。
「そうかもしれません・・・」
静まり返ってしまった、開始からかなり急なピッチで飲んでおり、すでに中央に置いてある小型の銅製の甕からかなりの量を吞んでいた、テオドール達の話には飲まずにはやっていられないという心情もあったのかもしれないが、それでもかなり強めの蒸留酒をガブガブ水のように呑めば酔いの回りも早く、酩酊状態一歩手前くらいまですでに出来上がっていたのだが、それにしても一応の主に『生理的に嫌い』まで言うのはありえない話と言ってよかった。
呆気にとられたマレーヌであったが、ハッしたようにテオドールを見ると、一目見て分るほどに落ち込んでいた、よく見ると若干涙目になっているようであった。
「うん、知ってた、見た目がよくないのも知ってた、背もね、ユリアーヌスよりもヒルデガルドよりも低いしね、アストリッドと比べると惨めになるんだよね、アルマともたいしてかわらないしさ、うん、コンプレックス持ってないと思った?どんだけ昔から惨めに思ってたか考えた事なんんてないよね、村でもチビチビって10年にわたって言われ続けた人間の気持ちなんて分からないよね、でもね、生理的に無理って流石に言われたことなかった、うん、実際にそう思ってた人もいたかもしれないけど、面と向かって口で言われたの初めて、確かにねヒルデガルドが最初に僕を見る目はそう言ってた気がしたよ、でもね流石に口では言わなかったよ、それをさ、あんまりだと思わない?縛り首でも許されるんじゃないかな?」
酔いつぶれて鼾をかき始めたアストリッドを尻目にブツブツと呟くテオドールを見ると、その危険さを察したマレーヌはしきりと宥めだした。
「優しい娘がいるからさ、たまには羽伸ばしておいきよ、ここでは誰にも気兼ねはいらないんだからさ!」
なんとか宥めて別室に連れて行かれるテオドールを尻目に大鼾をかくアストリッドは知らなかった、いままで常に口では一方的にやり込められてばかりいるテオドールに、この夜は致命的とも言えるダメージを口撃によって与えたという事を。




