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レイヴン戦記  作者: 一弧
第五章 王国動乱Ⅱ
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悪魔の申し子

 事態が呑み込めて来るとその深刻さに頭を悩ませ出したが、すぐに名案など出るものではなかった。王達の上に立つ皇帝、そんな存在について元農夫であるテオドールは認識すらしていなかったというのが正しかった、もし特になんらかの事情でもなければ一生を村で送る農夫にとって領主が神のような絶対権力者であり、その上にいる王でさえ思考の埒外に近い所にいた、皇帝の存在など最初に聞いた時は、なにそれ?それが正直な感想であった。

 フリートヘルムやヴァレンティンはもちろん知っていたが、皇帝とて自分の各王家の調停をする事はあるが、基本は自分の権力を高めるためであり、軍を出すのはよほどのケースか対外戦争くらいなのが普通であった。王座を争っての内戦に一方を支持するような介入の仕方が異例であったために、意外性を感じるしかないものであった。


「売ったわね」


 地図を見ながら、ヒルデガルドがポツリと呟く、皆無言で肯定するがテオドールにはよく意味が理解できていなかった。


「売ったっていうのは、フェルディナントがこの領地をそっくり皇帝に献上した、みたいな意味?」


「ええ、そうよ」


 地図を眺めて見れば見るほど、シックリとこない内容であった。


「皇帝の領地とエルザスってわりと離れてて距離があるよね?こんな飛び地になるとこ領有しても管理や、いざと言う時の軍の派遣で大変なんじゃないかな?」


 テオドールのそんな疑問に対し他の面々が無言で地図上にポーンの駒を置いて行く、その数はみるみる増えて行き東西南北のかなりの地点に置かれた、「こんなもんですかな?」「あっここもだったはず」「ここは失地したはずだ」、3人は少しずつ修正しながら完成させると、軽くため息を吐いた。


「今、駒を置いた地点が全部領地ね、飛び地だから面倒とかそんな観点とは違う領域のなのよ」


 『絶対に勝ち目がない』それだけはしっかりと理解できるものであった、何故こんなにもあちこちに不規則な形で領地を得ているのかは分からなかったが、その領域の広さや首都を中心とした地域の広大さを考えると総動員兵力は軽く100倍は超えるのではないかと考えられた。


「なんでこんな不規則にあちこちに領地があるの?普通戦争で奪うにしろ、自分達のいるところからジワリジワリと広がっていく感じなんじゃないの?」


 予想できる質問であった、皆テオドールの出自については知っており、今更複雑な王族の事情について熟知しているとは露ほども考えていなかったため、詳しく説明を開始した。


「皇帝の一族である、クブルスプ家は古い血を誇り近隣の諸王国とも深い縁戚関係をもっているのよ、その結果として小国をそっくり乗っ取ったり、割譲を受けたりするケースもあるし、マイナスのケースでは中間にあった地域をゴッソリ持っていかれたりするケースもあるわね」


 その説明を受けながら地図上をジッ眺め何やら考えているようなテオドールに対しヴァレンティンが口を開いた。


「敵は一枚岩とも言い難く、強大ではあるが、遠征によるデメリットもある以上撃退は可能、周辺諸国もメリットが少ないとみれば様子を見るため、守備側有利に展開するのも不可能ではないのでは?そんな事を考えていたのかね?」


 図星であっただけに、すべて見透かされているような策ではダメなのだろうか?そんな事を考えているとテオドールを尻目にヴァレンティンは続けた。


「その顔は図星かな、卿によく似た男の話を思い出したのさ、イゾルデなど、思いつく人物はいないかね?」


 急に話を振られたイゾルデは瞬時にはまるで思いつかなかった、テオドールに似た人物など色々と思い浮かべると先代のレギナント等が思い浮かぶが、それ以外だとまるで思い浮かばなかった、『死神』世の人々に恐れられた戦上手の将軍など、滅多にはいないのではないか?そんな事を思いながら吟遊詩人の語る物語をいくつか思い出しているうちに顔色が変わった。


「『悪魔の申し子』ですか?」


「左様、同様の道を辿る気がしてならなかったのでな」


 二人の会話にテオドールだけはついていけなかった、誰それ?それが正直な感想であった、おとぎ話や英雄譚も時々は聞くことがあるが、イゾルデ達ほど詳しくはなく、他国の動静に関しても他の生粋の貴族とは違いまるで興味のない世界の話であっただけに、詳しいとは言い難い状況であった。

 知らない様子を見て取ったヴァレンティンは解説を始めた。


「以前東方にあった小国なのだがな、大国の攻撃を何回も撃退したのだよ、しかしやり方がかなりえげつなかった、敵兵の死体を串刺しにして威嚇につかったり、奇襲、夜襲を度々しかけ遠征軍を悩ませたりしてな、誰かに似ていると思わんかね?」


 確かに似ていると感じてしまった、脅しと威嚇で侵攻を諦めさせるのは常套手段であると考えられるし、地理に明るい自分達の土地であれば、奇襲、夜襲を仕掛けやすいため、度々しかけて疲弊させていくのは戦術面、戦略面の両面から見ても間違っているとは到底思えなかった。


「自分も迎撃するなら似たような事をしたと思うますが、その口ぶりだとあまりいい結果に繋がらなかったという事でしょうか?」


「うむ、正攻法に手を焼いた大国は配下貴族の離反を促し、弟を王に立てそいつを追放する策に出たのよ、搦め手から落としにかかったのだな、卿の戦上手は分かっている、何度か撃退するうちに疲弊した貴族たちがフェルディナントの復権を認めそこで手打ちにするよう持っていく策であるとしたら全てが繋がると思わないかね?」

 

 答えるまでもなく非常にありそうに感じられた、何度も何度も撃退されれば威信に関わってくるため当然のように早期の解決を模索してくる、しかし迎撃する方も当然のように無傷とは行かず、疲弊して行き安易な落としどころが目の前に提示されればそちらになびく可能性は極めて高いように思われた。フェルディナントはテオドールの才能を恐れるほどに高く評価しているのだから、迎撃に成功する方に賭けたとしてもおかしくはなく、王に復権するための賭けとしては現状においては上策と言える手ではないかとさえ感じてしまう。


「ちなみに追放された王はどうなったのですか?まぁ聞くまでもない気がしますが」


「暗殺されたよ」


 ですよね~、としか思えなかった。どう考えてもその先に生き残る道がのこされていない以上別の道を模索するしか方法はなく、その方法が簡単に思い浮かばないから苦労するのが目に見えていた。

 いっその事アストリッドに皇帝を暗殺してくるように頼んだらどうだろうか?やってくれるなら足を舐めて頼んでも構わないとさえ思ったが、いくら強いといっても皇帝暗殺が可能とは思えず、絶対に失敗する事が目に見えていた。


「ねぇ、サクッと皇帝の首取って来てくれない?」


 一応言ってみたが、返ってくるのは苦笑いだけだった、まあ、行ってきますと言われてもボケ返しなのか本気なのか分からないだけに対応が難しかったのだが。

 冷静に考えた時、寄越せと言われて拒否すれば当然のように軍隊が派遣され戦争になる、一度戦争の形をとれば面子のため絶対になんらかの成果を残せなければ引けなくなるため、いくら撃退しようと際限なく攻めて来て消耗戦に持ち込めれればこちらに勝ち目はなくなる。だからどうあっても戦争は避けるべき案件であり、しかし領地を没収されるわけにもいかない。

 導き出される解答は領地を差し上げますと言いつつ有耶無耶にするという非常にペテンか詐欺のようなやり口で行くしかない事は目に見えており、どうすればその詭弁とも言える方法を成り立たせる事が出来るのであろうか? 

 まるでいい案が思い浮かばないでいるとだんだんとフェルディナントに対しての怒りのような感情がわいてきた、子供の喧嘩に親が出るなどというが、まさに親を戦争に引き込んで来るという禁じ手に打って出るなど反則であるように思われて仕方なかった、もちろん戦争にルールなどないと分かっており、もし反則などという概念を持ち込むのであればテオドールのとる戦術など大抵はアストリッドによって反則と判断されていた事であろう。


「皇帝ってこんな風に王様同士の争いとか内乱に口を挟んでくるものなんですかね?」


 何となしの質問であった、皇帝による介入など、今までオスカーとフェルディナントのケースではまるで何も言ってこず、今回に限り言ってきた事、もし普通に介入してもらえるのであれば、無理に戦争などしなくても皇帝に頼ればそれで済むのだったら、皆そうするであろうに、そうしない理由はあるのだろうか?そんな疑問点からの質問であった。


「人によるな、基本は損得を考えての介入となり、今回のようにほぼ無条件で一国を得られる機会ならよほどの暗愚でもない限り乗って来る可能性は高いであろうな」


「しかし、そこまで強大な軍事力であれば、アルフェンやベージャあたりなど簡単に併合できるのでは?」


「王が伯爵家や侯爵家を攻め滅ぼしてその領地を国王直轄領にしないのと似たようなものだ、手柄を上げた部下に土地を与えたのが王や諸侯の基本だからな、皆に強くアピールできるような理由がない限りは無理な事はせんよ、一応『神の地上代行者』を名乗るから、体裁を気にしておるのであろう」


 皇帝にとって部下に領地を与えたのが王や諸侯であるがゆえに、そこをわざわざ攻め滅ぼすにはそれなりの大義名分がいるし、当然相手の国が大きければそれなり以上の出血を覚悟しなくてはならなくなる、地図を見て見ればエルザスの大きさは中堅やや小さいくらいの規模であり、本気で揉みつぶす気になればいけると判断した事も理解できる大きさであるように感じられた。

 しかし、先ほど出てきた『神の地上代行者』という言葉が非常に気にかかり、質問を開始した。


「『神の地上代行者』というのは教会の偉い人ではないのですか?なんとなくそんなイメージなんですが」


 その質問を受けるとヴァレンティンは微妙に苦笑いを浮かべながら、少し困ったように語り出す。


「教皇は『神の全権代理人』を名乗っている、どっちが偉いとかどっちが正しいとか聞かれると正直分らんとしか言いようがないな、下手をしたら異端審問官が来るから表では言わない方がいいぞ」


 ヴァレンティンのその回答を聞くと、微妙に解決の糸口が見えた気がして、少し目の輝きが増すかのような感覚をテオドールを見つめる皆が感じた。まだ考えている様子であり、思考が纏まるのを邪魔してはいけないと一同黙って見つめていたが、痺れを切らしたヒルデガルドが尋ねた。


「何か思いついたら言いなさいよ、もしかしたら助言したり、改善の余地があるかもしれないんだから」


 その言葉を受けると、少し楽しそうに語り出した。


「上手く行くかどうかは分からないんだけど、賭けてみる価値はあるかと思ってさ、この前アストリッドを陥落させたやり方の応用みたいな感じでね」


 そのテオドールの皆の期待の斜め下を行く回答に一同はアストリッドを見つめた、アストリッドはテオドールの言葉を聞き、非常に恥ずかしそうにモジモジとしている様子がみてとれ、一同は思った、『いつの間にそういう関係になった?』あまりの事態に国家の緊急事態も吹き飛ぶほどであった、一同がアストリッドに注目して間もなくハッと気づいたようにエッケハルトに注目すると、哀れな老人は白目をむいて気絶してしまっていた。

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