罠
二度目の親征となったが、今度の行軍も初回に匹敵する高揚感を得ての行軍となっていた。前回は側に歴戦のヴァレンティンが控え、作戦はすべて立案済みであり、自分は号令をかけるだけでよかった、しかし今回の行軍では勝手が違った、作戦立案から全てに携わり状況の変化に応じての作戦変更まで今度の戦で自分の真価が問われるといっても過言ではないと思っていた。故にその高揚感は初陣である前回よりもさらに高いものであったかもしれない。
フェルディナントのとった作戦はわりとシンプルなものであった、騙して友軍として呼び寄せたつもりになっている公爵に対し、面会の席でそのまま拘束、もし仮に公爵の軍が歯向かってきても5千対5万では勝負にならないため、指揮官であるオスカーさえ捕えれば後は侵略軍であるガリシ軍であるが、これも4万対5万、数の上で優勢な上、補給の面でも本国での戦争であり、持久戦にも耐えられる態勢であるだけに、守勢で守り切れば勝てる自軍の有利は動かし難いものであると考えていた。
気になる報せも王都よりの早馬でもたらされていた、テオドールが王都より消えたという事だった、留守居役を任じられながら、職場を放棄するその行為は懲罰の対象として十分な名分が立つため、凱旋の暁には領地没収の上で投獄あたりがふさわしいと考えていた。できれば後顧の憂いをなくすため処刑してしまいたいところだが、姉からの手紙で仲良くしてほしい、いざとなれば頼れば頼りになると、これ以上にないくらいに持ち上げられていた事が処刑を思いとどまらせる理由でもあった。
本人にも完全には理解できていない感情であったのかもしれないが、作戦立案に際してテオドールのよく使う奇襲や策に嵌めて倒すといった方法を無意識に使用した節もあった、公爵を会見の場で捉え軍を無力化する方法など正に搦め手からの勝利であり、軍の被害を軽減しつつ戦わずに勝つという理想的な勝ち方であった、しかし逆に王者の戦い方ではないという反発心もあり、ガリシ軍相手には正攻法で数による勝利を模索していた。憧れと反発、その相反する感情がもしかしたらこの戦争で自ら直接指揮にこだわったフェルディナントの根幹をなす部分であったのかもしれないが、本人にもそのまでの自己分析はできていない状態であった。
親征軍の大軍による行軍は前回の奇襲攻撃による行軍と違い堂々としたものであったが。大軍故の悩みも抱えていた、道中の村で宿をとる際、領主の屋敷や代官屋敷を逗留所として提供させたが、それでも兵士は村に入りきらず、多くが野営する事となった。最もここまでの大軍に挑む無謀な野盗もおらず、行軍は非常に安定したものとなっていた。
「こちらになります、屋敷は全て明け渡すように申し付けられていますので、どうぞお好きにお使いください」
公爵領に入りその道中の村で一泊する事になったが、名目上は援軍という事になっているので、まだそれほどの心配はしていなかったが、それでも公爵領であり、ここの代官屋敷を明け渡した代官も公爵から任命されている男であるだけに、警戒は決して怠る事はなかった、代官屋敷に詰めていた公爵の兵士は一か所に纏められ監視の対象となり、屋敷には王都より引き連れてきた側近や上級将校のみが詰めている状態となった。
フェルディナントは公爵領に入り戦場が間近に迫っている高揚感もあり、村長から供された美女との一夜を楽しみながら、戦場に想いを馳せ眠りについた。
気付いた時には全てが終わっていた。フェルディナントは縛り上げられており、側近も上級将校も全て殺された後であった。
「ようやくお目覚めですか?よく眠れましたか?」
昨日まで非常に遜った態度をとっていた代官は縛り上げられたフェルディナントも見下すように声を掛けてきた。
いくら熟睡していたとしても縛られて気付かないのは明らかにおかしい、しかし昨晩の食事は調理も王都から連れて来た者達によって成されたものだし、それ以外に口にしたものは寝酒を少し飲んだくらいであったが、それでさえ娘に先に飲ませ安全の確認をとってからであった。
「昨日の寝酒に遅効性の睡眠薬を混ぜておいたんですよ、娘が先に飲んでもすぐに眠りにつくわけではなく、しばらくお楽しみの後でお休みになったのではないですか?」
その通りであった、しかし屋敷の中もすべて味方であり、公爵の兵は全て監視下に置いたと言うのに、何故このような事態になっているのかまるで理解が出来なかった。
そんな腑に落ちない表情のフェルディナントを見事嵌めてやったという喜びから、代官を名乗った男は策の全貌を語り始めた。
「この村の住人ね、全て公爵様の兵と入れ替えてあるんですよ、だから一部監視しても無駄なんですよね、夜半に村人に化けた兵士総出で代官屋敷を落としたんです、もちろん5万の兵はほぼ無傷ですけど、国王を人質に取られてはどうしようもないですしね」
楽しくてしょうがないと言わんばかりの男に対し、フェルディナントは絶望感から目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。どこで間違ったのであろうか?そんな事を考えても誰も答えてはくれなかった。
テオドールが王都から消えたというのは、もしかしたらこの事態を薄々予見して、その解決のための行動に出てくれたのではないだろうか?そんな突拍子もない事を考えたが、実はその考えが半分くらいまで当たっている事を彼はこの時知る由もなかった。




