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レイヴン戦記  作者: 一弧
第四章 王国動乱
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忠誠の行方

 忠誠心という言葉は美しい言葉であるがその向かう先がどこにあるのは、同じ方向を向いているように見えるケースにおいてさえ微妙に異なる事がある。

 ヴァレンティンの忠誠心が向かう方向があるとするならばそれは王家であってフェルディナントではなかったのかもしれない、もしフェルディナントがどうしようもないバカで優秀な弟がいたならそちらを王として立てていたかもしれない。しかしヴァレンティンにしてもフェルディナントはまずまず名君足りうる資質を持っていたように思われた。

 テオドールに野心と呼べるものがほとんどない事はほぼ気付いていた、しかし忠誠心となると話は別で王家に絶対的な忠誠を誓うような人間にも見えなかった、そういう意味では完全に格下の同盟者として王家と付き合う諸侯の在り方に忠実であったと言えるかもしれない、典型的な諸侯貴族の在り方とは『格下の同盟者』であるのが普通なのだから。問題があるとしたら小さな村を所持するだけの諸侯にしておくにはあまりに戦が上手すぎた事と、偶然ともいえる経緯が重なり王家の血を引く後継者を得てしまった事であるのだろう、しかも戦上手に至っては三代に渡ってであるから余計に質が悪いと言えたかもしれない。

 同年代の子供達と無邪気に遊ぶグリュックを見ながら四代目はどのような人物に育つのであろうかとそんな事を考えてしまっていた。


「どうかな?わりと環境には気を配ったつもりなのだが、不満点があればなるべく早急に改善しよう」


 話しかけられたラルスとフリーダはどうしても恐縮してしまう、国で上から数えて何番目という位置にいた人物が親し気に話しかけてくるだけでも緊張感から言葉が上手く出てこない事が多い、やっと慣れて来てもやはり緊張してしまう。

 

「はい、ここまでのご配慮を戴けるとは、想像していた以上であり感謝の言葉もございません」


 フリーダの方が若干貴族慣れしているだけあり、言葉をスムーズに出す事が出来たが、それでもかなりの緊張感を要した、ここまでの大物など今まで対応した経験がなかったのだから。


「土地柄なのかな?どうも女性の方が強いのが家風のように見受けられるな」


 そういうと軽く笑った、二人にも自分達の事と合わせてテオドールの事も言っている事が予想でき、少し笑みが漏れた。ヴァレンティンの領内におけるグリュックの扱いは極めて丁重なものであった、城の敷地内に離れともいうべき小邸宅が設けられ、そこには複数名の侍女、侍従、グリュックと同年代の少年複数が用意されていた。少年たちの素性は侯爵の重鎮の子弟であり、グリュック成長の暁にはその側近となるべく人材という側面を持つと同時に、いざとなった時の人質にしろという意思表示でもあった。

 時間のある時にはよく様子を見に来て不満がないかに気を配っているヴァレンティンに対しても敵愾心のような者は湧いてこず、かなり信頼できると思うようになって来ていた。それだけに次に発せられたヴァレンティンの言葉は衝撃的であった。


「ああ、最初に言っておくと、これは冗談でもなければ謀反の相談でもない、グリュックが王位に就く事になるかもしれんぞ」


 何も言えなかった、どういう事態なのかまったく知らない所で急展開を迎えている事だけは理解できたが、それ以上の事は何一つ理解できなかった。王都でなにが起きたのか?二人の思考はそこから先には進めなかった。




 会議室では完全に村からのメンバーのみで他をシャットアウトしてのものとなった。今までは疑われる要素を極力排除していたが、ここに来て形振なりふり構っていられないとの判断からであった。


「アストリッド、あなたはどちらに着くの?」


 ヒルデガルドがゆっくりお茶を飲みながら問いかける、場所は会議室だったが空気は戦場のそれであった、帯剣の許可は出しているので、アストリッドも剣を装備しており、抜けば全員を斬る事も不可能ではないであろう事は皆理解していた。

 この中で剣の心得が一応あるのはヨナタンくらいなもので、ゲルトラウデも右手の指を失って以来剣の腕はアストリッドと比べようもないものであり、テオドールなど最初から帯剣すらしていなかった。

 アストリッドにしても絶対の勝算があるわけでもなく、捨て身の死兵と化すとして五分五分といったところか、などと考えていた、狭い室内では速度を十分に生かす事も出来ず急所に一撃を入れ瞬殺する戦法もネタがバレていては効果は半減する、辛うじて意識のあるうちに捨て身でしがみつかれればその隙を突かれ数に押される可能性もある、そしてゲルトラウデ、イゾルデ、ヨナタンは少なくとも命を捨てる事にそれほど躊躇しないであろう事はこれまでの付き合いでだいたい予想がついていた。


「王家に忠誠を誓う、その想いはテオドール様も共有しておられ、謀反など考えるようなお方ではないと、これまでの経緯から信じておりますが、謀反のおつもりでも?」


「ないよ」


 端的だがあっさりと否定して来た、しかし気の抜けたようなとぼけた返事であった、少し苦笑いを浮かべると、さらに問うた。


「なら質問の意図をお聞かせください」


「もし、国王の喉元に剣を突き付けられたような状況で開門要求とか王位をオスカー公爵に禅譲すると言ってきたらどうする?オスカーを国王として忠誠を誓うの?」


 無理やり言わされているのは明白であろうが、それでも王命であると言えば王命にあたる、聞くのが正しいのか拒絶が正しいのか、なんと答えていいのか答えは出せなかった。


「拒否して王が殺されたらどうなりますか?」


 かろうじて絞り出したアストリッドの問い掛けにヒルデガルドがほぼノータイムで即答する。


「グリュックを次期国王に即位させる」


 『簒奪ではないか!』そう言葉に出かけたが、少し冷静に考えれば順当と言えなくもない、謀反人であるオスカー公爵が国王に即位するのは絶対に間違っていると思うのであれば選択肢は自ずと限られてきてしまう。要するに、オスカーを支持するかグリュックを支持するかの完全な二択になってしまうのがだんだんと見えてきた気がした。


「フェルディナント陛下の続投の目はないのでしょうか?」


「喉元に刃を突き付けられた状態からどうやって助け出すの?方法があるなら教えてくれる、実現可能な方法でお願いね」


 ヒルデガルドの返答はあくまで冷徹でありながら理知的であった、そんな都合のいい方法があれば是非教えて欲しい、アストリッドもそう思ってしまったが、正論であるだけに何も言い返せなかった。


「一つだけ条件があるのですがよろしいでしょうか?」


「言ってみて」


 ここまで来ればもう選択肢的にオスカーはありえないのだからどんな要求を突き付けてくるつもりなのか余裕を持って聞いていたが、アストリッドの出した条件はヒルデガルドの予想の斜め下を行くものであった。


「伽を命じるのだけは許してください、最近私を見る目がいやらしい気がして気になってしょうがないんです」


 『見てねーよ!自意識過剰なんじゃねぇのか!』思わず叫びたくなったテオドールであったが、笑いを堪えるアストリッド以外の面々を見ると叫ぶ事でかえって肯定してしまっているような気さえしてしまった。


「ですって、どうする?」


 テオドールに問いかけるヒルデガルドの声は心なしか笑いを堪えて震えているようであった、少なくとも目は完全に笑っていた。


「安心しろ、君に手を出すくらいならイゾルデに手を出すから」


 さすがにイゾルデ以下という宣下はショックだったのかイゾルデを見るアストリッドの目は死んだ魚のようであり、剣を抜こうとするイゾルデを隣のヨナタンに必死に笑いを堪えながら止めていた。

 ひとしきり笑うと、少し悲し気に出発を告げた、一歩間違えれば完全な謀反人であり、ほぼ無防備な状態の王都にヒルデガルドを残していくのは賭けとしかいいようはなかったが、それが最善手という判断の下での一手であった、『後戻りはできないんだな・・・』心の中で呟く一言がより重く感じられた。

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