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レイヴン戦記  作者: 一弧
第四章 王国動乱
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禅譲

 約10万の兵士が見守る中で調印式は行われた。調印の内容は王位をオスカー・フォン・ブリュッゲマンへ禅譲する、証人であるガリシ国王には国王直轄の領地の一部を割譲するという条約が取り交わされていた。

 ガリシ側の証人として調印式に出席していた遠征軍の将軍であるゼルマンにしてもこの条約が仮のものである事は理解していたが、それでも国王に全兵士が見守る中での調印は拘束力を持ちえるものであるが故に零れる笑みを押さえきれずにいた。

 このまま王都オレンボーに進軍してもすんなりと行くとは思えない、そうなった時内乱状態の国を切り取る事が出来れば王国そのものを完全に制圧する事も夢ではない、そんな思いもあり今後を考えると正に笑いが止まらぬ状況であった。


「温情で命だけは助けてやる、感謝するがいい」


 勝ち誇ったようなオスカーの言い分に無言、無表情を貫くがそんな状況で飼い殺しであるならいっそ殺された方がどれだけマシであるかと思われた。しかし王都に上り即位宣言まで行われてはそこからの逆転はより困難なものとなる、自分には最早どうにもできない事を知っているが故に、希望は今まで粗略に扱っていたテオドールしかおらず、それが最後の希望でもあったのだった。


 調印式が終了すると正規軍5万を先頭に王都への行軍は開始された、足取りは重く皆奴隷の行軍を思わせる鈍い足取りであった。正規軍5万の後ろに控えるのは公爵軍5千であったが、そちらは正に凱旋軍のように意気揚々とした行軍となった、特に中心にいたオスカーはこれから就く玉座、これから被る王冠に想いを馳せ足取りの重い正規軍を蹴散らさんばかりに急かすのだった。




 異変はすぐに察知された、王都の城門は正規軍に対し完全に閉ざされており、入場要請にも何の返答もなされなかった。堅牢な城塞都市でさえ王都に比べれば小規模な砦に思えるほど巨大な王都の城壁に対し、どうする事も出来ず立ち往生する正規軍であったが、そこに兵士に脇を固められ幾重にも取り囲まれたフェルディナントが姿を現し大声で城門に向かい声を掛けた。


「開門を要請する、我は国王フェルディナントである!」


 その声を聞くも、開門の兆しはなく、その声に呼応するかのように城門の上より声が掛かった。


「王位禅譲の調印式は済んでいると伺っておりますが、その事実や如何いかに?」


 大勢の兵士の前で大々的に行えば皆に知れ渡るという利点もあるが、当然のようにどこからか情報が漏れ伝わるというデメリットも孕んでいた、しかし新国王も旧国王も手の内にあるとなればそれに逆らえるものなどいない上に正当性を主張できるほどの人物も皆無とあればどうやっても覆る事はないとの計算からであった。


「王位の禅譲はすでに済んでいる、新国王として我に従うがよい」


 オスカーの宣言は自信に満ちており、それを覆せる者など現在の王都にいるとは思えなかった。しかし城門からの返答は意外なものであった。


「兵士諸君、君たちの忠誠はどこにあるのかね?偽王オスカーにあるのであれば王都攻略の剣を取るがいい、我はユリアーヌス様の遺児グリュック殿下を正統なる後継者とし最後の一兵まで王都を守るため戦う者である!共に戦う者よ偽王オスカーの首を取り忠誠を示すがいい!」


 その叫び声に、兵士の数人がヒソヒソと話を始める、「あれヴァレンティン将軍じゃないのか?」「ユリアーヌス様の遺児って事は父親は鴉か?」「てか敵に回すって事は死神が敵に回るってことか」元々オスカーの叛乱劇に少なからず不満を持っていた兵士にとって、この宣言はかなり効果を発揮した。

 5万の兵士が制御不能な集団と化してしまい、もしその5万の正規軍がその矛先を、4万のガリシ軍、5千の公爵軍に向け正面からぶつかり合えばただでは済まない事は誰の目にも明らかであった。

 幸いにも指揮官は処刑済みであるがゆえに、指揮権も決定権も持たない兵士達による反乱は起きなかったが、それでも王都攻略などは到底できる状態ではなかった、攻城兵器の準備もない上に、攻撃命令など出そうものなら、反乱までは行かなくとも逃走する事は十分に考えられたのだから。


 王都の城壁を前にしての睨み合いは続いたが、戦端が開かれる気配は一向に訪れなかった、正直オスカーにもゼルマンにしろどうするべきか判断に迷う所であった。

 むしろゼルマンはここまで状況が膠着状態に陥ったのであれば、撤退しガリシと国境を接する公爵領を切り取る事で今回の手柄とすることも考え出していた。王位簒奪が失敗に終われば公爵家は潰されることが目見見えているためその前になんとか占領してしまうのが最も現実的であると考えていた。

 オスカーにしろ、いざ裏切られてもいいように首都ヘロナを中心にそれなりの兵力は残しておいたので、もし仮に公爵領の切り取りを狙っても、陥落させる事が出来るのはせいぜい村どまりであり、村であれば奪還もそれほど困難ではないため、今は耐え国内の勢力を少しでも多く味方に着けグリュックを圧倒する方針を立てるのが先決であると思われた。なにより有利な点があるとすればユリアーヌスの遺児を謳っているが、父親は成り上がり者として有名な下賤な家柄であり、王者にふさわしい血族とは到底言い難い事がよき攻撃材料になり、しかもまだ幼子に王位を任せるという事は下賤な成り上がり者が実質的な国王になるに等しいという事を強く主張すれば反感を持つ貴族たちは自分を支持する事は間違いないように思われた。問題は目の前のゼルマンをどう納得させるかという事に尽きるのが悩みの種であった。

 オスカーが国王に成れる可能性、現状で利益を確定させるために切るべきか、可能性に賭けるべきか、判断に悩み膠着状態ばかりが続いていたが、そんな微妙な駆け引きの中でフェルディナントは完全に忘れられた状態となっていた。しかも最後の頼りと思っていたテオドールは自分の子を王位に就けるべく暗躍しているという、今まで疑っていた通りの事を実際にやっていたことが証明されてしまったようなものであった。城壁の上で叫んでいたのは間違いなくヴァレンティンである以上この暗躍に加担しているのも紛れもない事実であり、結局皆で自分をたばかっていたという事実が最悪のタイミングで明らかになっただけであった。

 真実は全く違う所にあったが、彼にとってそれが真実であり現実であった、自分の疑心暗鬼が招いたテオドールの造反劇であるという事を彼は最後まで理解する事はなかった。

 駆け引きに決着をつける事が出来ないオスカーとゼルマン、完全に無視されているフェルディナント、そんな膠着状態も公爵領やガリシからもたらされた急報により一気に均衡は崩れる事となった。


「ガリシの村が次々に陥落させられています、すでに5ケ所の村が陥落、村民は根切りにされ一人の生存者もおりません!」


「公爵領の村々で反乱が起き、駐屯兵はその対応に追われています、中には駐屯兵を倒し、公爵様の支配を拒絶する村まで現れました!」


 遠征どころではなく帰り道の確保さえ覚束おぼつかなくなってきてしまっていた。しかも間の悪い事にその情報は同時に正規軍5万にももたらされ、帰り道を完全封鎖したかのように誇張されて伝わっていた。


「偽王を倒せ!」


 誰が叫んだのかは定かではないがその叫びによりたまった感情が爆発するかのようにガリシ軍および公爵軍に向かって無軌道な攻撃が開始された。いつ反乱が起こるか分からない状況であるだけに備えをしており、しかも指揮官不在での無軌道な攻撃であったために効果が十分いあったとは言い難かったが、それでも退路が塞がれつつあるという恐怖感から逃げ腰となっていたガリシ軍にかなりの被害を出し撤退させる事に成功した。




 追撃戦は熾烈を極めたが撤退中の公爵軍を囮にするかのようにしてガリシ軍は離脱を計り出した、正規軍にとって両者とも憎い相手であったが、裏切り者である公爵軍はガリシ軍よりはるかに憎い相手であった、その心理を読み分離した方がガリシ軍の離脱を容易にするという見解からであったがこれが見事に功を奏した結果であった。


「お見事ですな」


 公爵軍切り離しの策を披露した相手に敬意とも侮蔑ともとれる表現でゼルマンは声を掛けた。その言葉にフェルディナントは無言であった。英雄譚で語られたレギナントの話があったが、捕らえられた間抜けなエンゲルベルトの末路は悲惨なものでしかなかった、自分の置かれた状況はエンゲルベルトの置かれた状況よりさらに酷い事は容易に想像がついた。このまま解放されて王都に帰還しても王位を手放すと宣言した者を誰が再度王と認めるであろうか?これまで冷遇したテオドールが牙を剥いてきた以上王都に帰っても待つのは悲惨な末路しかありえない、ならいっそガリシに亡命し正統を名乗り復権の機会をうかがう方が幾分効果的であろうというのがフェルディナントの出した答えであった。

 公爵と心中するより、自分を本国に連れ帰り正統王位を主張させた方が外交的にいいのではないか?そんな提案にゼルマンは乗る事にした、予想よりはるかにキツイ追撃戦を戦いながら侯爵領の切り取りなどできるはずもなく、なんの手柄もなく国に帰れば更迭もありうるだけに国王を虜にしたという手柄があればいくらでも名分が立つという計算あっての事でもあった。

 利害関係の奇妙な一致を見た上での呉越同舟的な同盟であったが、フェルディナントの頭の中には打倒テオドールで満ち溢れていた、今までは排除すべき障害物といった視点で見ていたが、この戦役によって彼の中でテオドールが明確な敵となった瞬間であったかもしれない。

 

 

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