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レイヴン戦記  作者: 一弧
第四章 王国動乱
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小休止の裏側で

 国王によって付けられた執事や侍女達のテオドールを見る目は完全に観察者の目でしかなかった、中にはかなりの場数を踏んだベテランもいたが、それでもテオドール達は異質なものであると写った。

 特に用事のない日は村から連れて来た村人達を交えてカードゲームを行うことすらあり、観察していると村人の一人など「汚ねぇ」「ズルしただろ」等と完全に主従関係を忘れた発言までよく飛び出していた。


「はい、あなたの負けね、罰ゲームとしてエール一樽ダッシュで買ってきて」


 ヒルデガルドの勝利でルヨがパシリにされようとしていた。


「あの~お代は?」


「あなたのおごりに決まってるじゃない」


 満面の笑みで答えるヒルデガルドと、この世の終わりのような顔で走り出すルヨ、そんなやり取りを見るにつけ『無茶苦茶』としか思えなかった。


「よっしゃー!勝った!」


 樽を抱え返って来たルヨがゲームに再参戦し勝利すると歓声を上げた、すると微妙につまらなそうにヒルデガルドは顔をしかめる。


「で、何がいいの?」


「一晩お手当て付きで休暇が欲しいかなぁ、なんて思ってまして」


 女性陣がみな引いた顔をしていると、テオドールは苦笑いを浮かべながら「つけにしといていいよ」と許可を出す。勝った商品が娼館でのお遊び代というのだから、真面目に監視しているのがバカバカしく感じられることがしばしばあった。

 さすがのベテラン監視員もその勝負が出来レースであり仕組まれている事にまで気付くことはなかった、厨房に立つ料理人騎士、馬車を使わず徒歩で登城する将軍、屋敷の庭園を暇つぶしに農園に変えてしまう農夫貴族、王都では彼の奇行は話の種として非常に話題性があったが、その話のほぼすべてが事実である事は側で監視しているからこそ嘘偽りのない真実である事を知っていた。それ故に様々な奇行に隠された真意は非常に分りづらく、見事にベテラン監視員の目を欺くことに成功していたのだった。




 浮かれた顔でマレーヌの宿屋を訪れ、部屋に通されるとまずは女主人のマレーヌが顔を出す、その顔を確認するとルヨは慣れたもので無言で手紙を渡す、短い手紙なのですぐに目を通すと蝋燭の炎にかざしあっという間に灰にしてしまう、今まで何度となく繰り返されてきた伝達の方法であった。


「伝言はいつも通り朝渡すよ」


 そう伝えると、とっとと部屋を退出しようとしたが、ルヨは少しためらいがちに声を掛けた。


「なあ、俺にはよくわかんねえけど、やばいのか?」


 マレーヌは少し見定めるようにルヨを見ると、静かに尋ねた。


「どうしてそう思ったんだい?」


 かなり考えた様子ではあったが、それが言語化できないもどかしさの末にルヨはルヨの言葉で語り出した。


「なんとなくなんだが、余裕がない感じがするんだ、やばい時でさえ余裕がある雰囲気があったのに、今回は全くそういったもんが感じられないんだ、みんな余裕あるようなふりをしてるんだろうけど、なんとなく感じるんだよ」


「ふりをしてるって理解できてるんなら乗ってやんな、それが忠臣ってもんだろ?」


 返す言葉がなかったが、マレーヌはそんなテオに軽く笑いながら思い出すように話を始めた。


「ぼうやもまだまだだね、レギナントはどんな苦境でも最後まで余裕の演技で皆を騙し続けたもんだよ、まぁ私は実は余裕なんてないってのを見抜いていたけどね」


 もしカイが健在だったらクスクスと笑い出したかもしれない、しかし苦境にあっても余裕の演技を続けるテオドールは確かにレギナントの正統な後継者と言えるのだろうと、そんな事も考えてしまった。

 もっとも、ルヨにしてもテオドール達の行く末を案じているからこそ質問が口に出たのであろう事は理解できているだけに、あまり深刻になり過ぎても問題であろうと、完全に矛先を変えた質問をしてみた。


「ところで、今晩は特にいらないのかい?」


「特上の娘でお願いします!」


 切り替えの早さに苦笑いを浮かべながら、あの村の連中はある意味覚悟が完了してるが故に強いのかもしれない、そんな事を考えてしまった。




「朝帰りでご機嫌なご様子で」


 厨房にいるゲルトラウデから早速の嫌味を浴びせられても、まったくひるむことなくルヨは身振り手振りを交えながら返す。


「いや~昨日の娘さ、胸がこんなんあってすごかったのよ!お前さんの3倍はあったと思うよ!」


「確保!」


 ゲルトラウデの号令で厨房で働いていた女達がルヨを取り押さえる、当のゲルトラウデは包丁を取り出し近寄って行く。


「やめて!助けて!冗談だから!」


 数人がかりで地面にうつ伏せに押さえつけられたルヨの上に馬乗りになると、その頬をピタリピタリと包丁を押し付けながら、ゲルトラウデは言う。


「胸なんて飾りです、エロイ人にはその辺の事が分からないんです!はい!復唱!」


 包丁で脅しながら、無理やり復唱させるゲルトラウデをルヨを取り押さえている女達も笑いながら眺めている、しかし監視員からすればありえないほど奇異な光景だった、村人が騎士号を持つ娘をからかい、それで冗談のようなやり取りだけで済んでしまうのは絶対にこの家だけであろうと、そんな事を考えてしまった。

 そんな監視員の目には、馬乗りになって頬に包丁を押し付ける一方で、ルヨの服からこっそりと手紙を抜き取る様子は村の女達に隠れまったく写っていなかった。




 手紙の内容を吟味するとやはり蝋燭の火によって瞬時に灰になってしまった。少し考えるようなそぶりの後で、簡潔に質問する。


「30万対2万、勝てるかな?」


「アストリッドが100人くらいいればなんとかなりそうですね」


 無茶が過ぎると冗談くらいしか出なくなる、そんないい例だったかもしれない。最大でそのくらい戦力差が出ることが予想され、しかもその差はさらに広がる可能性すら出てくる。もっとも安全な方法はテオドールの血縁関係者すべての首を差し出し村の安全を乞う事だろうがさすがに嫌だった。


「正直な話、南方から攻めてくるのであれば平野部が続くため防衛ラインを築く事も困難であり、どうしても数の有利を覆す事は困難となりますからね」


 分かっている話であったが、一気に打開策でも思いついてくれないだろうかと、なんだかんだで頼りにしている軍師に尋ねてしまっていたが、やはりそんな都合のいい名案等は出ないのを再確認するにとどまるのみであった。


「まぁ、そんな気の重くなる話はまたにしようか、とりあえずまだしばらくの余裕はありそうだしね」


 そう言いながら軽く抱き寄せるようにゲルトラウデを引き寄せようとしたが、その日は少し様子が異なった。


「一つ質問よろしいでしょうか?」


 いつになく真剣な面持ちに、この戦争における死ぬ覚悟でも問うつもりなのであろうか?そんな事を考え少し身構えるも、彼女から発せられた問いはテオドールの予想を完全に裏切るものであった。


「やっぱり、巨乳が好きなんですか?」


 あれ?こいつ何言ってるんだ?暗号?そんな暗号あったっけ?高度な禅問答?哲学?そんな疑問が頭の中で次から次に沸き上がり若干パニックになりそうになったが、経緯を聞くと、ルヨの言葉を本気で気にしてのことのようであった。


「いや、あのさ、エロイ人が言ってたよ、おっぱいに貴賎なしって」


 そう回答するテオドールを見るその目は微妙に冷たいものであった。たしかにこの娘はホントに無乳といっていいほどないんだよなぁ、そんな事も考えてしまったが、彼女の冷たく観察するような目を見るとそんな考えさえ見透かされそうで、怖くて考えるのを止めた。

 いくつかある連絡方法の中でこの方法だと確実に夜お忍びでテオドールが尋ねて来てくれるため、密かにこの方法を最も心待ちにするゲルトラウデであり、いつもどちらかというと受け身な彼女がその夜はかなり積極的に攻めに転じてアピールする事に余念がなかった。 

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