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レイヴン戦記  作者: 一弧
第四章 王国動乱
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118/154

戦端

 特に意味はないが王宮へは定期的に登城する事が義務付けられていおり、面倒な事この上なかった、だいたい将軍職といっても普通は指揮する軍を与えられるものだが、そんなものは最初から用意されていなかった。しかも他の将軍は基本的に広い領地を持つ諸侯貴族であり、私兵だけでも相当数用意できるような人物がなるのが通例であり、掻き集めても100人前後の兵しか用意できないテオドールは完全な異分子でしかなった、それでもみな若いが実戦経験もあり死神と恐れられたレギナントの後継者ということでそこまで扱いが悪いわけではなかったが、それでも居心地はあまりよく感じなかった、ひとえに偉そうな人物達に囲まれて若輩の彼一人でいるのが非常に嫌だっただけの話ではあるのだが。


 しかしその日は定期的な登城日でもないのに城からの遣いによって早急な登城が要請された。そろそろ来るだろうと予想していただけに早急に城へと向かった。

 城に向かうのに高位貴族は当たり前のように馬車を遣うが高位貴族の邸宅は城から近く、いちいち馬車を使う事を煩わしく感じていたテオドールは従者に騎士号を持つゲルトラウデとアストリッドを伴い徒歩で登城するのが通例であった。そういった貴族社会においては異端としか思えぬ行動をとる事がより異分子として周りとの溝を作っている事に本人は半ば気付きながらも、そういった貴族社会に馴染み、表層のみの付き合いに神経を摩耗させるくらいならば、溝があった方がよほど気楽であろと考えていた。

 たしかに馬車を使わず徒歩で女従者二名のみを連れて登城する将軍など前代未聞であり、変人と囁かれる原因の一環は間違いなく本人にあった。

 城に到着して通されたのは会議室であり、テオドールの到着は一番ではなかったが早い方であった、しかしその会議の席上にフェルディナントの姿を認めると表情には出さないようにしたが、なんとも嫌な気分になってしまった。


 国王自らが会議に足を運び御前会議の様相を呈するとなると、そこにあるのは国外からの大規模侵攻の可能性がいよいよ高い事が伺えた、そしてテオドールにはすでにどこが侵攻を開始したのかも大凡おおよその見当もついていた。


「皆揃ったようだなガリシが大規模侵攻を開始した、主戦場は公爵領になる事が想定されている、公爵の軍のみでは防衛が厳しいという事で援軍依頼が来た、此度は援軍の陣容を決め即座に援軍を差し向けようと思う、異論はあるか?」


 若干の異論がないわけでもないが、どことなく遠慮が見受けられた。年若き王の提言となるとそれに無碍に反論を行う事にどうしても抵抗が生じて来ていたのであった。


「異論というほどではありませんが、追加で少し考えがあるのですが」


 テオドールの発言に表情には現さなかったが、フェルディナントは不愉快な物を感じていた。自分の提案には足りない点があると言っているように聞こえたからであった。


「言ってみるがいい」


「援軍を差し向けると同時にカリンティアにガリシとの国境を脅かすよう、要請するのはいかがでしょうか?カリンティアへの備えをするとなればエルザス侵攻などと言ってはいられなくなると思われますので」


 その提案を受けるとフェルディナントはハッキリと不快な表情を浮かべた、妻の実家であるカリンティアに援護射撃を求めるのは至極当然の策ではあったのだが、フェルディナントとその妻カトリーンの仲は必ずしも良好とは言い難いものであった、理由はいくつもあったが、やはり子供が出来ない事がその関係に大きく水を差す事となってしまっていた。

 良好な関係とは言い難い妻の実家にに頼み事をするという事が現在のフェルディナントにとっては屈辱感を助長させる事のように感じさせてしまっていたのである。テオドールであれば使えるものは何でも使えばいい上に、攻撃を仕掛けるそぶりをしてもらうだけで全然違うのだから、やってもらうに越したことはないのに、とそんな事を考えていたが、二人の考えの乖離はどうしようもなく広がるのみであった。


「この程度の事で他国に借りを作るのは得策とは思えんのでな、卿はやはり戦争には強くとも外交は少し疎いようであるな」


「はぁ、たしかに」


 あっさりと認めるテオドールの態度が逆にバカにしているかのような錯覚を覚えさせた、嫌味を言われているのに沈黙するのではなく、肯定するのは内心でフェルディナントを馬鹿にしているかのようにも見えなくもないのは事実であった。もちろん本人にはそういった意図はなく、外交まで考えればそんなものなのであろうか?とそんな事を考えて率直に感想を言っただけだったのだが、一度拗れた関係は負の連鎖に巻き込まれ、終着点は見えてくることはなかった。

 結局テオドールの意見は採用されることなく、援軍の将軍も当然のようにテオドールは選ばれず、王都での居残りが決定したところで会議は終了となり、その間テオドールは全く喋ることもなく会議の終了を迎えた。


「お疲れさまでした、やはりガリシですか?」


 控室で待っていたゲルトラウデの質問に軽く「ああ」とだけ答えるとなるべく足早に城を後にした、残っていても碌な事がないのは経験から知っていることであった。城門を潜ると少し気分がよくなったが、やはりあまり気分のいい会議ではなかった。


「帰りに軽く飲み食いしてく?」


 気晴らしも兼ねて提案すると、ゲルトラウデのみならずアストリッドも賛成の意向を示した、こういう時たいてい彼女は『どうぞ』とか『お任せします』とかあまり興味なさそうな態度をとるのがいつものパターンなのだがこの日はやけに積極的に感じられた。何か言いたい事や話したいことでもあるのだろうか?そんな事を考えながら、宿屋と飲み屋が併設されているような酒場へと入って行った。




 彼女達は悪酔いしていた。かなり早いピッチで飲みながら怒りを孕んでいるかのようにしゃべっており、どこかで間諜が聴いていたらそれだけで困った事態になりそうで気が気ではないテオドールを余所に彼女達の語気は更に強くなっていった。


「手柄を立てて閑職に追いやられるなど言語道断!謀反など全く根も葉もないことは私が知っている!」


 よくも悪くも根っからの武人であるアストリッドにとってテオドールという存在はかなり好きになれない存在ではあったが、今回の措置にはかなり憤りを感じていた。ゲルトラウデも普段は気が合わないアストリッドと珍しく意見が合ったので調子に乗って気勢を上げていた。


「今回の援軍も我々に任せれば軽く殲滅できるのに軍権を与えるのを恐れて居残りとは許し難し!」


 別にあんたの許しはいらんでしょう、そんな事を思っていたが出来上がった女性二名に喧嘩を売る気にはなれず、なだめるので精いっぱいであった、どちらが主なのか知れたものではなかったが、そんな事よりも先ほどからの周りの視線とヒソヒソと囁かれる話し声が気になってしょうがなかった、絶対に正体バレただろう、そんな事を考えていたが、もうどうとでもなれといったヤケクソ気味の気分もあり、聞こえないふりを続けることにしていた。


「あの~すいません、レイヴン卿でよろしいのでしょうか?」


 店の主まで出て来て直接聞いてきた。


「いえ、貧乏騎士の三男坊で名は・・・」


「何を言っているんですか!このお方こそ死神の化身と恐れられたレイヴン卿その人です!」


 台無しであった、途中まで言いかけた嘘はゲルトラウデの宣言によってまったく無効と化してしまった。その宣言を受けて店内は大騒ぎとなった、どんな噂が王都に流れるのかそれが心配の種であったが、案外実物が貧相な小男と知れれば噂も沈静化するのではなかろうか?そんな淡い期待を持ちながら、酔っ払い二名を引きずるようにやっとの思いで退散していった。





 屋敷に辿り着く頃にはかなり遅くなっていたが、まだ深夜というほどの時間ではなかった、ただし辺りは暗くなり本来護衛役である剣豪も千鳥足であり、ここで刺客に襲われたらどうにもならなかったかもしれない。


「ずいぶん、ご機嫌なようで」


 彼らを迎えたヒルデガルドの第一声は少し呆れたような苦笑いを含んだものであった、しかし気晴らしになったならそれはそれでいいだろうことも理解しており強く咎める気は全くしなかった、特にアストリッドも同行しているのなら女関係の遊びはまずありえないのだから。

 寝室で二人きりになると、城での会議の様子などが話し合われた、なかなか監視抜きで相談できる空間など限られてしまうのが現状であり、煩わしい事この上ないのであり、そういったストレスが溜まるのもしかたないと割り切っている節すら見受けられた。


「やっぱりマレーヌからの情報は正確だったわね」


「だね、大規模な戦いになれば睨み合いになり、結局大敗を恐れてどちらも打って出られず、停戦に向かう可能性が高いんじゃないかな」


 マレーヌから事前にガリシで兵を集め戦の準備をしている気配があり、侵攻もありうるという情報を得ていた。だからこそ、この事態も十分に想定できており、公爵領への侵攻であれば、そこで公爵とテオドールが何らかの密談でもする事を恐れて絶対にテオドールの出馬はありえないであろうという事でヒルデガルドとテオドールの意見は一致していた。


「順当にいけばそうなるでしょうけど、最悪のシナリオはどんなシナリオなの?」


 彼女の問い掛けに考えるまでもなくすでに答えは用意できていたが、正直言いたくないような悲惨な内容であった。ただし彼女に隠し事が出来ない事も知っていたので軽くため息を吐くと最悪のシナリオについて語り出した。


「エレンの結婚式の時会っただけだけどオスカー、あいつダメだね、まぁ言わなくても似た意見だと思うんだけどね」


 エレンの結婚相手であったオスカーはハッキリ愚物と分かる人物であった、貴族としての意識は非常に高いがその野心があまりにも大きすぎ、それを隠そうともしないような人物であった。謀反の意思ありと大声で言って回りかねないような人物であり、バカとしか思えなかった、仮に謀反を起こすつもりであれば、もっと忠臣顔しながらこっそりと策謀を練ればいいものを、あれでは成功する可能性など皆無といっていいのではなかろうかと思えてしまった。


「まあ、言いたいことは分かるわ、でも戦争の指揮をとる人物は配下の将軍達だし、援軍も駆けつけるなら大敗はないんじゃない?せいぜいちょっと領地を削られるくらいで済むんじゃないかしら?」


「普通に戦えばね、だけど最悪のケースとして、侵攻がオスカーの手引きによるものだったらどうなると思う?」


 最悪中の最悪のケースであろう事はすぐに想像できた、敵国を自国に引き入れるなどバカを通り越した戦略であるが、あのバカならやりかねない、そんな事を考えてしまった。


「レオ公爵にも結婚式の時会ったんだけど、あの人はユリアーヌスが難敵と言うだけあって、なんかやりずらそうなタイプに見えたんだけど、それが急死してあのバカが継ぐとは思いもよらなかったよ」


 テオドールがバカを連呼するのにも理由があった、結婚式の席で縁戚となる相手に傭兵から身を興した家柄をせせら笑うような事を言い、出自を知らず農夫をやっていた事を冗談めいて言うとそれからは完全に見下した態度へと変わり、一番許し難かったのはユリアーヌスの死を『邪魔者がいなくなってお二人にとって幸いでしたな』と言い切った事であった。その発言にはヒルデガルド共々殺気立ったが、気配を感じた周りの従者が気を利かせて連れ出していなければ大惨事を招いていたかもしれない。


「あの急死は本当に病気だったのかしら?」


 ヒルデガルドにしても引っ掛かる部分であった、貴族的な視点で言えば確かにユリアーヌスの死によって自分は得をしたとも言えた、むしろテオドールと共に怒りを感じる方が異質であるのも理解できた、しかし平然と邪魔者と割り切れる精神を持つ野心家にとって実の父であっても邪魔者と感じたなら抹殺する事も十分に考えられるのではないだろうか?そんな事を考えてしまっていた。


「分からないねぇ、ただ侵攻が出来レースだとしたら味方に裏切られた援軍は壊滅、さらなる援軍要請が来てその援軍を率いるのを誰に任命するかだねぇ」


 そんなテオドールの回答にヒルデガルドは少し考えると、問いかけた。


「あなたが、オスカーだったら誰が来てくれるのが一番うれしい?」


「フェルディナントだね、そこで亡き者にすれば自分が国王に成れる可能性が高くなるんだろうからね」


 即答であった、考えていた事であるがゆえに、瞬時に返答が出てきた。


「今一番に考える事は、もしあなたに出撃命令が下った時どう生き延びるかよ、味方が信用できない状況下で生き延びるのはかなりきついけでしょうけど絶対に死なない方法を何重にも考えておきなさいね」


 彼女に激励されるまでもなく何としてもこんな下らない戦いで死にたくはなかった、その為の方針を練るための対策に一片の妥協も許されない事を考えると気が重くなったが、生き延びるためにも気が重いなどと愚痴る事さえ許されない状況である事も十分に理解していた。

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