豪華な牢獄
グリュックとの別離から半年ほど経った頃正式に召喚の使者が訪れ王都へ上る事となった。最初ヒルデガルドが注文した通りに貴族の館が並ぶ一角にその真新しい館は建っていた。
「豪華な牢獄にしか見えないね」
そんなテオドールの言葉をヒルデガルドも鼻で笑うと反応する。
「ホントに村での暮らしはよかったわよね、王都にこんな形で来ると今更ながらにそう思うわ」
その言葉には嫌味の色がありありと浮かんでいた、二人以外にも皆不機嫌な様子を隠そうともしていなかった。
唯一人複雑な表情を浮かべるのはイゾルデであった、彼女にとてフェルディナントは主君ユリアーヌスの弟であり、なんとか和解の道を探れないだろうか?そんな思いが強くあったが、テオドールに謀反の気持ちが欠片ほどもない事を知っているだけに、フェルディナントを弁護する術がなかった、完全な彼の被害妄想に近い物であるのだから。
これがもし、本気で謀反を企んでいるのであれば刺し違えてでも止める覚悟はあるが、村で昼寝をしている時が一番幸せであると公言して憚らず、しかもその言葉に嘘が全くない事を知っているだけにどうしていいのかまるで分らなかった。
もしフェルディナントに誤解であると声を大にして言っても、ここまでの経緯から信じてもらえるとは到底思えなかった、もし自分の言葉を信じるくらいならヴァレンティンによる説得で事なきを得ているのだろうから。
「お待ちしておりました、今後レイヴン卿に仕えるべき陛下より命じられております、なんなりとご命令ください」
屋敷には事前に派遣されていた、相当数の執事や侍女達が待機していた。事前にヒルデガルドと打ち合わせ済みでこのように外部からの人員の補充がなされていることも想定通りであったので特に慌てる事もなく対応する。
「そうですか、これからよろしくお願いしますね」
事前に派遣されている人物たちの何割かは諜報員であろう事はヒルデガルドからも告げられており、それを全て断り村から連れて来た人間のみを屋敷に置けばそれはそれでいらぬ憶測を招きかねないため、あくまで穏便に受け入れるべしということで事前の相談は済んでいた、それでも気分的に愉快なものでない事に変わりはなかったが。
将軍任命、叙勲の式典は豪華に行われて、テオドールは予定通り大はしゃぎを演じて見せた。内心では鬱陶しさしかなかったが、周りから『少し頭が足りない奴』と見られるくらいにはしゃげという指示がヒルデガルドから出ていたため、半ばヤケクソ気味にはしゃいでいた。
その結果なのか、叙勲のあと彼の屋敷を訪れる人間には大きく二種類に分けられた、まず論外ともいうべきなのは将軍就任を『出世』と捉え、そのおこぼれに与ろうという人種であったが、この状況を表層的ににしか捉える事のできない人物達であり、まるで話にならないとヒルデガルドなど最初から笑顔で対応はするものの、まったくなんの役に立たないリストに確実に登録されていたようであった。
逆にこの状況を憂いて協力や自重を促すために訪れた者達も少数だがおり、いざという時の人脈として有効利用できそうな人物としてしっかりと記憶された。
例外的に仕官を求める人物も来たがその人物を見て少し驚きを隠せなった。
「息子がお世話になっております、このたびは王都での御暮らしという事で、もしよろしければこの老骨に最後の働き場所を戴きたく参上いたしました」
「ええ、心強い限りです、よろしくお願いしますね」
周りが驚くほどの即答であった、さすがに側にいたゲルトラウデが遠慮がちにだが注意とも忠告ともつかぬ事を言い出した。
「あの、王様の近侍だった方を側近くに置くのはどうなのかと少し思う所があるのですが・・・」
テオドールとヒルデガルドは軽く笑っているが、当の本人であるグレゴールはむしろゲルトラウデの反応の方が妥当な反応であろうと、そんな事を考えているくらいであった。
「何を心配しているの?」
少しからかうように問うヒルデガルドの言葉に当の本人を目の前にしているだけに口ごもってしまうしかなかったが、逆にグレゴールが問いだした。
「いえ、そちらの方の懸念も当然と思います、側におり毒殺でも狙ってくるのではないだろうか?そんな事を考えるのも当然と思います」
正にゲルトラウデの懸念し、そして言いづらかった事をずばり言ってしまった。
「もし毒殺狙いなら、本人に毒薬を調合させて毒を入れる係りは別の人物にやらせた方が効果的だと思うよ、料理に混ぜるとか飲み物に混ぜるとかいくらでも方法はあるんだしね。ただお家の方はいいんですか?」
「家督は長男に譲り、引退願いを出し受理されております、その点はなんの心配もございません」
ゲルトラウデにしろ順序立てて考えれば彼が毒薬を調合したとしても実行までやらせるのでは効率が悪く、実行犯は屋敷に潜り込ませた別の人物にやらせるのが順当なところで、面と向かって仕官などという疑われかねない事をするのはいかにも整合性がないようにも思えた、しかし裏をかくこともあるだけに完全な信用も置けない、そんな気分であった。
グレゴールにしてみれば疑われることは覚悟の上であったが、恩返しをしたいと言うのが真意であった。長男も次男も問題なく、最後の心配の種であった三男であったが、ゲオルグから来る手紙には喜ばしい内容で溢れかえっていた、誰からも認めてもらえず卑屈になっていたゲオルグを認め信頼を寄せてくれる若い主君に寄せる感情がこれでもかと書き綴られており、村の娘と結婚し子供にも恵まれ村の生活を満喫している様子を知るだけに、家督を譲り後顧の憂いがなくなった自分が息子の分まで恩返しをしたいという思いからの行動であった。
しかし全く疑いのそぶりもなく即答するのは、頭がお花畑ではないとしたらその真意まで読み込んでの考えであり、そこまで読み込めるとしたら国王が恐れるのも理解できると思えてしまった。
同じく仕官を申し出てきたのはこれまた意外なことにエトヴァンであった、彼は彼なりにこの事態の遠因が自分達にある事を理解していた。自分達が商人の口車に乗りテオドールを頼った事により公爵家と縁が出来その均衡のため王家との縁が深まり、地位が上ると同時に危険視されるようになったことに責任を感じていた。
「色々とすまないと思っている、婿も貰えたし盾がわりにしてくれてかまわないんで、せめて償わせてほしい」
非常にすまなそうに言う彼を無碍に追い返す事も出来ず屋敷に逗留する事となったが、たしかに有能とは言い難い存在ではあったが、裏切る心配がなさそうなのは心強いという一面もあり、処遇に関してはどうするか保留状態ではあったが、合流して生活を共にする事となった。
二人の加入により一気に平均年齢を引き上げるかのような変化をもたらしたが、いざという時にハッタリの利く年齢の人物が側にいるという事は心強くもあった、屋敷に配属されていた人間たちは根本的には信用できなかったし、身内の中で最高齢の人物は頑として17歳であると言い張り絶対に譲らなかった、ヨナタンでさえやっと30になったばかりではあまりにハッタリが利かないと言う欠点のある陣営であっただけに色々と選択肢の幅が広がる事が期待できた。
屋敷に付けられた人員、新たに合流した二人にとってこの家の家風は異質なものであった、グレゴールは手紙で多少知っている事もあったが息子が冗談を言っているのだろうと、冗談など言う余裕もなかった息子がのびのびと生きている事を喜んだものだったが、その手紙に書かれた内容に冗談などなく全て真実であった事が判明した。
テオドール自らが厨房に立ち料理を作る様は異質を通り越して何をやっているのか頭が理解できなかった、周りは一切止める事無く普通に手伝って使用人達の分まで調理していた。
「奥様、これはいったい・・・」
グレゴールの問い掛けにヒルデガルドは軽く笑いながら回答する。
「武門の家にとって常在戦場に心構えが必要、戦場に料理人を連れて行けるわけもなく、自らできなくてどうする!って事だそうよ」
最後に悪戯っぽく付け加えた部分から、真意は調理されたものに対する警戒心からの事であるのは予想できた、そんな視点で見て見るとたしかに、テオドールの調理を手伝っているのは村から連れて来た者達ばかりで、外様は厨房に入れないようにしていた。こういった用心深さと味方であると判断した際の即決で懐に入れる判断力が他人から見れば余計不気味に写り警戒心を抱かせるのではなかろうか?そんな事をグレゴールは考えてしまっていた。




