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レイヴン戦記  作者: 一弧
第四章 王国動乱
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猜疑心

 先の戦役以後戦役もなく、非常に安定してはいたのだが、テオドールにとっては安定とは程遠い4年間であった。なにより面倒な外交や社交といった部分に嫌でも拘わらなくてはならなくなり、その結果は日に日に状況の悪化を招いているとしか思えなかった。

 逆に外から見れば、権力の階段を一段一段登って行く敏腕地方貴族、そんなふうに写ったかもしれない、事実宮廷の噂ではとぼけた発言の裏で抜け目なく実利を得る切れ者、そんな評判すら立っていた。

 実際に従姉妹いとこ三人の内一人は国内最大勢力を誇る公爵家に、一人は現国王の側室に、跡取り息子は現国王の甥にあたり、現在の妻は名門伯爵家の令嬢、山中の小領主が十年掛からずその成果を得たという事実だけを見れば極めて権謀術数に長けた人物と写るのも無理からぬ話であった。


 どうしてこうなったのであろうか?そんな事を考えても自分が能動的に動いた記憶はなく、暗躍したのはむしろヒルデガルドとイゾルデくらいのものであろう、それ以外は運がよかったのか、悪かったのか数奇な運命としか思えなかった。

 公爵家からの縁組の申し出に対し、陰謀への加担がなう旨を伝えるべく国王フェルディナント、ヴァレンティン侯爵にはきちんと事前に説明を入れておき、次女、三女にしかるべき嫁入り先、婿、の紹介を願い出ておいた、結果として次女エルゼには名門宮廷貴族の次男が婿入りし、そのまま代替わりし尚書官の役を得る事となった、家格がどれほど上がったのか見当もつかないほどであり、エトヴァンは悠々自適の楽隠居を楽しんでいた。しかし中央との結びつきが強くなってしまった事は否定のしようもなく、何かあるごとに王都へ呼び出され面倒から逃れることができなくなり非常に鬱陶しく感じていた。

 彼の心情として、謀反などまったく考えていなかったが、公爵家と組んでの造反劇をよほど警戒していた節も見受けられたため、呼び出しに応じない事はかえって痛くない腹を探られる結果になりかねないだけに、応じざるを得なかった。

 三女の嫁入り先については落ち着いてからでいいだろうと、のんびり侍女をしながらいい話を待っていたのだが、やって来た話は予想をいくつも超えた話であった、結婚から三年経つも懐妊の兆候が見えず焦った周りから、愛妾を持つことを勧められたフェルデナントが名指しで指名して来たのであった。

 話を直接本人から打診された時は、どうしていいものか理解できないと共にどうしても抑えきれない疑問が沸き起こり尋ねたものであった。


「正直そこまで美人でもないと思いますよ、普通かな?ってくらいだと。もっといい話あるんじゃないですか?すごい美人とか、いい家柄の令嬢とか」


 それに対する回答も結局は身分が低いが故に余計な波風が立たなくて済むというものであった。他国から嫁いできた姫をないがしろにすれば当然国際問題に発展しかねない故に愛妾を持つにしろ、奥方が嫉妬するような美女や、国内において絶大な権力を持つ大貴族ではなにかと問題があるとの事であった。ユリアーヌスの時も思った事だが、権力を持てばなんでも自由になるというものではないという事がしみじみと分かる気がして、なんとも言えなくなってしまった。最もそれも口実であり、人質の一環として王宮に住まわせる目的もあったのだが、さすがにその事は言えなかった。

 結果的に侍女の名目で三女のエルナは王宮を生活の場とする事となった。名目的には侍女だが、実質的に側室である事は明白なため、侍女として誰を付けるのかが問題となった、実質的に貴族階級に属する者など村にはほとんどおらず、行儀作法も付け焼刃な者がせいぜいな中で本人の強い希望もあってアラベラが侍女として王宮に赴く事となった。アラベラが隙あらば王の愛妾の地位を狙っているのはハッキリと勘づいていたが、もうここまでくるとどうにでもなれという投げやりな感情と、本人が人当たりがいい事から、なんとかなるだろうという、微妙に消極的な理由で彼女が選ばれることとなった。

 

 自分の縁故の人間を続々と国の中枢や大諸侯の元に嫁がせ、行く行くは国を乗っ取る事を画策する稀代の梟雄、そんな英雄譚まで流行り出してしまっていた。


「さ~て、王都を陥落させるにはどういう戦術をとるかねぇ」


 ヤケクソ気味に地図上で王都攻略の戦術をゲルトラウデと練っている時がもしかしたら一番精神的に安定していたかもしれないから皮肉なものであった。




 しかし領主貴族を何年もやっていればそれなりに理解もしてきた節もある、『血縁』それに縛られるがゆえにユリアーヌスの遺児は重く、それを抱える事によって否が応でもテオドールの存在感は先代レギナントに比較する術もないほど大きなものとなってしまっていた、もちろん鮮やかな勝利を何度も成し遂げた戦績あっての事でもあるのだが。

 その存在を恐れるが故に縁故のある人物をなるべく側に置き半分は人質として裏切りを警戒するのはある程度理解できたが、息子を差し出せというヴァレンティンの真意は完全には理解できなかった。

 ヴァレンティンに正式な後継者といえる後継ぎがいなく、年齢的にはオルトヴィーンのように後継者に家督を譲り隠居という体裁を取ってもいい年齢なのだが、そうしないのは後継者がいなく、それが出来ないからである事も知っていた、だからといって長男を養子に寄越せと言うのはいかにも乱暴な提案であり、場合によっては露骨な人質として喧嘩を売っていると捉えられても致し方ない節すらあった。


「いつまでたっても腹芸はできるようにはならない主人ですので、単刀直入に真意を言っていただいた方が話が早いと思いますが」


 呆気にとられていたヒルデガルドであったが、すぐに考えを自分なりに纏めた上でテオドールを出汁だしに使い、真意を訊ねた。


「言った通りだよ、儂に後継者がいないのは知っておろう?仮に長男を養子に出しても、ここの領地は娘に婿を取らせるという方法もなくはないしな」


 それだけのはずがなかった、もし仮に言った事がすべて実現しても、侯爵家の分家筋から猛反発が来る事はテオドールでさえ予想できた。そんな事が分からない侯爵なはずもなく、絶対にさらなる真意があるはずであるが、それがなんななのかは分からなかった。


「分家筋が騒ぐでしょうけど、その対策は考えているんですか?」


 ヒルデガルドの質問に対してもほとんど動じる事無く即座に応じる。


「無論だ、分家からしかるべく嫁をとる事を計画している、なにより大きいのは儂の直属の部下は侯爵家に忠誠を誓っているのではなく、儂に忠誠を誓っている、それを成人するまでにきっちり継承すれば文句など誰も言えなくなる」


「内部はそれでおさまるかもしれないけど、真意とは程遠い回答に思われます、御隠しになっている真実を言っていただけないと返答のしようもありませんわ」


 テオドールにしても、引っ掛かる物があったが、言語化する事が出来ずにいる事をヒルデガルドは率直に踏み込んでいった、一対一では絶対に『みなと相談の上で返答します』としか言いようがなかっただろう、本当に助かるとしか言いようがなかった。

 そのヒルデガルドの踏み込みに対し、軽く一息吐くと話始めた。


「恐れているんだよ、公爵家、伯爵家の兵を死神の化身が率いて反乱を起こしたら手の打ちようがないとな、だから侯爵領をやるからそれで手を打って忠誠を誓え、そういう意味だよ」


 すぐには返答できなかったが、あまりにも無茶苦茶であるとしか思えなかった。自分は叛乱など全く考えていないのにいつの間にか謀反人のような扱いではあまりにもひどいではないかと、思わず抗議したくなったが、それ以外にも思いところがあり、抗議より優先させて質問を開始した。


「それって逆効果じゃないんですか?もし言われるままに侯爵領を息子が受け継いだら、伯爵家。公爵家、侯爵家の兵を率いて反乱を起こすのではないかと、余計心配の種を増やしませんか?」


 もっともな疑問であろうと、軽く頷くとその後のプランまで明かし始めた。


「元来の領地であるこの二村なら村長以下部下たちで運営に支障はないであろう?卿には将軍の地位を用意し、常時王都に滞在するよう要請するつもりなのだ」


 開いた口が塞がらないとはこういうことであろうと思われた、完全な籠の鳥にしておかなければ安心できない程に疑われるような事をいつしたというのだろうか?そんな事を考えてしまった。


「その提案は国王から出たものなの?」


 ヒルデガルドの質問は若干の怒気を孕んだものであった、いつでも粛清できる姿勢で手元に置こうとするその方針では身の安全などすべて王の気まぐれに委ねるしかなくなってしまう。


「懸念する気持ちは分かる、それ故の侯爵領なのだ、もし捏造された理由で処刑されようものなら、侯爵領、そして伯爵領の兵が反乱の兵となって王都を襲うという保険なのだ」


 その言葉が真意であろうという事は勘ではあるがヒルデガルドにも理解できた、元々武人として鳴らした人物であり陰謀を好むという話は聞いた事もなく、故に戦場で手柄をたて、謀反を起こす気などサラサラないテオドールを誅殺する事に抵抗を感じての妥協案をまとめ上げたのだろう、そしてその妥協案がたぶんギリギリでの最後通牒でもある事も理解できた。


「いいわ、王都滞在で将軍職に任命されるなら、当然それにふさわしい屋敷は下賜していただけるわよね?」


 その言葉を了承と受け取り、少し安堵の表情を浮かべた後、屋敷の件を確約した。ヒルデガルドの中でこの一件を機にフェルディナントは敵と認定され、状況によっては玉座より引きづり下ろすまでの算段を考え始めていた。

 テオドールはヒルデガルドの決断を完全には理解できていなかったが、彼女が考えてそれがベストであろうと判断したのだろうと、その場ではなにも言わなかった、ただ息子を手放さなくてはならなくなったアルマがどのような反応を示すかそれだけが心配だった。

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